正義の女の子
夢を見た気がする
遠くの方で、誰かが私の名前を何度も何度も
目を凝らすと、雪で目の前が見えなくなって…
「ホシスジさん」
ハッとなって私は目を開けた
目の前には帽子を被った小柄な中年…フドウさんだった
「フドウさん…」
「寝ちゃったからどうしようかと思いましたよ」
体を起こして周りを見渡すと、見覚えのあるようなないような部屋があった
「……は、ヘイさんの家か……」
「はい」
窓を見ると、真っ黒に塗りつぶされていて
ああもうこんな時間なんだなと思い知らされる
ヘイさんは幸い傷が浅く、軽傷ですんだ
本人もすぐにケロッとした顔になり、安心したように大笑いしていた
「あ…アグレ君は?」
「…」
フドウさんは私の問いに指で答えた
フドウさんが指した方向に、縁側の近くで子供のように寝ているアグレ君がいた
「起こしちゃ駄目ですよ」
「わかってる。ってアンタがそれを言うか?」
立たずにアグレ君の近くまで行って、軽く包帯が巻かれた片腕を拾いあげた
ああそうか、これは私が巻いたんだっけか
アグレ君はかすれ傷程度しか怪我がなかったが、ヘイさんより不安そうな顔をしていた
ヘイさんの怪我がたいした事がないものだと知ってもずっと、眉間にしわを寄せて
ずっと怖い顔をしていた
「もうこんな時間ですから、帰りましょうか」
「ああそうだな…」
フドウさんの声が部屋に響いた
私は振り向かずに頷いて答えた
今日はなんだか疲れた…早く帰って休みたい
ん…? ちょっと待てよ
「この子…アグレ君は誰が運ぶんだ?」
「はぁ?!」
私が聞くと、フドウさんは珍しく顔を歪ませた
「……」
「……」
しばらく間があった後。フドウさんは立ち上がって私の方に指を向けた
「おっもぉおおいぃ……!!」
帰り道。何故か私はアグレ君をおぶる事になっていた
「女の子に重いだなんて失礼ですよ」
数歩先でフドウさんはニヤニヤと憎たらしい顔で言ってきた
…段々腹が立ってきた
「フドウさんがおぶればいいじゃないか…! 大体私は運動とかそういうのは苦手で…」
苛々しながら言うと、つい自分の本音が出てしまっている事に気が付いた
ああこんな事この人に言わなくてもいいのに…!
「私は身長がツミコさんより低いですから…
それだったら、無駄に身長が高いホシスジさんの方がいいじゃないですか」
「何が良いんだ何が!」
つい大声を出してしまい、ハッとなって背中に乗せたアグレ君を見てみると
気持ちよさそうに寝息をたてていた
「大声出しちゃ駄目ですよ。起きちゃいますよ」
「ああ…そうだな…」
フドウさんが少し怒ったように小声で言った
少し汗をかきながら、私はアグレ君を背中に乗せてゆっくりと歩き出した
「私の眠っている間。何かなかったか?」
少し気になった事を聞いてみると
フドウさんは前を歩きながら
「何もありませんよ」
とだけ言った
「あっ」
「な、なんだ!?」
いきなり立ち止まって、私の方…というかアグレ君を見て言った
「すごいって言ってました」
「誰が」
「ツミコさんが」
フドウさんの目でなんとなく分かっていたが、聞かずにはいられなかった
でもアグレ君が…
「すごい、尊敬する、かっこいいって言ってましたよ」
「……」
フドウさんはくるりと前を向いて歩き出した
私もそれにつづいた
「す…すごくなんかない…」
元いた場所ではこんな事、何千人もできる
すごくなんてない
私がそう言うと
「でもここではすごい事。彼女の目からもすごい事」
フドウさんは振り向きもせず言った。ハッキリと
「別に自信を持ってもいいんですよ? まあ持ちすぎてもウザイだけですが」
「うざ…え? なんだそれは」
私の問いを無視してフドウさんは歩いた
が、不意に立ち止まり、こちらを見据えた
「あれ? ホシスジさん顔赤いですよ?」
「はっ…ははははあぁ!?」
いきなり変な事を言い出すのでまた大声を出してしまった
フドウさんはまた少し怒った様な目をして、人差し指を口にあてた
私も慌てて口を噤いだ
「若い子に褒められて照れてるんですかぁ?」
「ちっちがっ! これは!」
確かに顔がなんだか熱い気がする
だが風邪とか、そういうのではなく…そう…
「そう! 重い物を運んでいるからだ! 決して照れてなどいない!」
「誰が重いですって」
ぴしっと後頭部を誰かに叩かれた
アグレ君の方をゆっくり見てみると、さっきと同じく寝息をたてていた
「ね…寝言か…はぁ…」
「だから大声出しちゃ駄目って言ってるでしょうが」
フドウさんが冷たい目で言った
もう宿に帰るまで一言も喋らないでおこう…
見上げると、元いた場所と同じ星が空に散りばめられていた
「ホシスジさんホシスジさん!」
「な…なんだアグレ君…?」
翌日。私はいつも通り、街で診てくれと言ってきた人の所へ行こうとしているところ
アグレ君が走って呼び止めてきた
「わっわたしも行きますよ!」
両手で握りこぶしをつくり。勢い良くそう言った
「えっだって君…そういうの苦手なんじゃないのか?」
私は曖昧に言うと、アグレ君が小さく首を振った
「全然平気です! それよりもわたし、もっとホシスジさんの近くで学びたいんです!」
子供の様にニカっと笑うアグレ君を見て、私は何も言えなかった
それに学ぶって…
「ま…学ぶって君…医療を」
「正義を!」
「……」
期待していた言葉とかけ離れている事に
私はガクっと肩が落とした
「あ…そう…まあ君がいいならいいけど…」
眩しいアグレ君の笑顔を見て、私はそれ以上何も言えなかった
「良かったですねー仲直りできて」
「わぁッ!」
気が付くといつも後ろか隣にいるフドウさんがひょこっと顔を出した
「私も行きますよ」
「はいはい…」
私は2人に気づかれないよう、小さくため息をついた
また連れが多くなった…
…まあだからなんだというのだけれど
私達は外に出、青葡萄まで歩き出した
「あっ! 私の事ツミコって呼んでください!」
「え…? なんで?」
「もう! なんでじゃないですよ!」
彼女は口を膨らまして
一人走って青葡萄を目指した
「あっツミコ君! 走るとまたこけるぞ!」
彼女の背中を見ながら、耳に届くくらい大声で言うと
くるりとこちらを見、また明るい笑顔になった
「はい! ホシスジさん!」
第二話終了です
考えも無いにばたばたと書いているので、変なところがいっぱいです