プロポーズ
「ケイシー、ジェレミーから伝言よ。やっていることが一区切りついたら、庭まで来てくれって。」
「わかったわ、ママ。あとこの注文票だけ書いてしまってからすぐに顔を出します。」
どうしたのだろう。
商売相手が来ることはしょっちゅうなので、うちの庭は定期的に整えられているが、お貴族さまのように花園が一面に広がっているなんてことはない。
せいぜい鑑賞用の低い木が数本と、ベンチが一つあるだけだ。
用事になるようなものは、とくに何もない。
そんな場所にわざわざ母を使ってジェレミーがわたしを呼び出すというのは、なんだかとても奇妙に感じた。
庭に続く木戸を潜ると、ジェレミーがわたしを待つのが見える。
「遅くなってごめんなさい。いったいどうしたの。突然こんなところまで呼び出して。」
「ケイシー」
隠し持っていた花束を差し出される。
「結婚してくれないか」
驚いた。なにも言葉が出てこない。
ジェレミーはじっとこちらを見つめてくる。
緊張に顔を強張らせて、微かな不安をグレーの瞳に滲ませて。
見覚えのある光景。
この状況は、あのときと似ているように思えた。
わたしたちの新しい始まりのきっかけになった、あのとき。
あなたがわたしのことを好きじゃないかもしれないなんて、あのころのわたしはどうしてそんな馬鹿げた勘違いをしていたのかしら。
だから、わたしは、最大限の愛を込めて。
「ばか」
「しないわけないじゃない。」
ジェレミーの首に抱きついたわたしの背中を、彼は花束を持っていないほうの手で支えてくれた。
「ありがとう。」
そう言ってわたしを見つめる彼の目はとても暖かかった。
「実は、少し経ったら、遠くの大学に行くかもしれないんだ。僕の父の知人の紹介で。経済学や経営について学んでくるのは、のちのちの僕らに役に立つと思う。是非にこの申し出を受けたいんだ。」
彼はすうっと息を吸った。
「でも、そうしたら、君とは暫く会えなくなる。だから、遠くへ行く前にはっきりさせておくべきだと思った。」
「そうなのね。大学へ行くのはとても良いことだと思うわ。いずれはわたしたちがうちの商売を継ぐことになるでしょう?実は、わたしも経済について学んだほうが良いのだろうかとと思ったことはあったのよ。」
「でも、他国と違ってこの国ではまだ女が学ぶことが難しい。」
実はそうなの。
うちは、かなり特殊な部類。
この商会を作ったのはパパのおとうさまとおかあさま。わたしのおじいさまとおばあさまね。
まだ貧乏で、吹けば飛ばされるような商会をここまで大きくしたのはその二人なの。
おばあさまは寝る間も惜しんで働くおじいさまのために、女主人として完璧に家を仕切りながらも、帳簿をつけたり、手紙を書いたり。
女の身でありながらおじいさまの専属秘書のようなこともしていたの。
これはほんとうに異例なことよ。
普通は女は働かないの。
でも、その伝統があるから、うちでは女主人も亭主とともに働くの。
「ええ、そうね。だからあなたがわたしの代わりに学べることを全て学んできて。いい?」
「もちろん。誓って約束するよ。」
ジェレミーのそういうしっかりしたところを、わたしは心から頼りにしている。
でも、いまは。いまだけは。
「ねえ、難しい話はあとにして、うちに入りましょう。帰って、うちの人たちににプロポーズのことを自慢するの。わたしがお嬢さまから若奥さまに昇格する日は近いってね。」
ジェレミーはからからと笑い声を立てる。
「そういうことなら、僕がただの居候から若旦那に昇格する日も近いな。」
あんなに頼りなかった婚約者の背中は、昔に比べてずいぶんと大きくなった。




