そのとき腑抜けはどうしていたか【前編】
ジェレミー・クラーソンには婚約者がいる。
ケイシー・ストリングスという名の、かわいらしい女の子である。
そして、ジェレミー・クラーソンは思春期真っただ中の男子でもあった。
やがて自分と結ばれるとわかっているかわいい女の子と、思春期男子。
混ぜ合わせたらどうなるかは、一目瞭然。
ジェレミーは、婚約者とまともに喋れなくなってしまったのである。
全く以て腑抜けとしか表しようがない。
さて、ジェレミーは酷く落ち込み、また、後悔していた。
婚約者に「婚約破棄だ!」と叫んでしまったのだ。
全く以て情けない男である。
事の発端は今朝にまで遡る。
本来、今日は久しぶりにケイシーと出掛ける日だった。
ジェレミーも来月には16になる。
兄貴たちのように家業を手伝い始める日は近いのだ。
そんなことになったらきっと自由になる時間は激減し、婚約者と会う時間はなかなか取れなくなるだろう。
だから、ジェレミーはこの日をとても楽しみにしていた。
もちろんケイシーとは常に一緒にいるし、学校から帰ったらそのままケイシーの家にお邪魔するのは日課である。
跡取り娘のケイシーに婿入りするのはジェレミーのほうであり、婚家の人々とあらかじめ交流を深めておくのは自然なことである。
ジェレミーがケイシーに付きまとっているということではない。それだけは断じて否定したい。
ちなみに、家業というのは、ジェレミー自身の家のものではなく、ケイシーの家のものである。
結局のところ、ジェレミーが手伝いをしているあいだ、ジェレミーがいるのと同じ家にケイシーはいるんじゃないのか、という突っ込みはなしである。
男と女ではいる場所も、する仕事も違うのだ。
彼らの住む世界ではまだ”男女平等”とかいう概念は成立していないのだ。
哀れなジェレミーに話を戻そう。
ジェレミーはケイシーと出掛けるのがとても楽しみだった。
どんどん大人びていくケイシーに張り合おうと必死だったので、次兄が女の子を引っ掛けに行くときに着る一張羅を羽織ってみるも、すさまじく似合わない自分に落ち込んで、しばらく立ち直れなかったほどである。
そして帰ってきていた長兄にその姿を見つかり爆笑され、へそを曲げて自室から出てこなかった。
そんなこんなでデート当日、玄関扉からひょいと顔を覗かせたケイシーは、大変にかわいらしかった。
ケイシーは、同年代の女の子たちの中でも大人びたほうである。
やわらかでかわいらしい喋りをするが、頭が良くて物事の本質をきちんと捉えている。
さらに、父親譲りのブロンド髪に、母親譲りのすっきりとした目鼻立ち。
これでモテるなというのは無理な話だ。
ケイシーの両親が一人娘を溺愛するのも納得である。
そして、ジェレミーは、そんなかわいいかわいい婚約者の姿を直視できなくなってしまったのだ。
ヘタレである。
さて、玄関から出てきた婚約者。
たいへんにかわいい。
今はもうジェレミーのほうが背が高いので、こちらを見上げてくる形になるのもたいへんよろしい。
しかし、もうこの時点でジェレミーは婚約者のほうを見れないのである。
何せ、ヘタレですから。
もちろん、婚約者から、「自分が現在着用しているワンピースをどう思うか」を問われても、まともな返事もできない。
だって、ヘタレだから。
こうして、ジェレミーからまともな返事が得られないことに腹を立てた婚約者に詰め寄られ、それに言い返し、言葉の応酬を重ねるうちに、すっかり口論になってしまったのである。
売り言葉に買い言葉、「お前なんか婚約破棄だ!」と叫んで、それを聞くやいなや脱兎のごとく走り去ってしまったケイシーを呆然と見送り、状況を理解できずに暫くぽかーんとしてのち、今に至る。
完全なるヘタレである。




