夫婦喧嘩、再び(こんどは冷戦)
やってしまった。
ジェレミーを怒らせてしまった。
今回ばかりは完全にわたしが悪い。
これまでも喧嘩はいくどもした。
けれど、ここまで大きくしたのは久しぶりだ。
「ケイシー、今度の君の三十の誕生日にディナーに行こう。子どもたちはお養父さんとお養母さんに預けて。」
わたしは、子どもたちの喧嘩を仲裁しながら、
「そうね、わかったわ。」と言った。
「ケイシー、来週の約束覚えてる?」
わたしは、子どもたちにシャワーを浴びさせながら、
「ええ、そうね。そこのタオルを取ってくれない?」と言った。
結果、見事に忘れていたわたしは、当日の夕方にジェレミーに言われ、慌てて準備し、なんとかいまここにいる。
しかし、ジェレミーがこれに関して完全にすねてしまったのだ。
家からレストランで席につき、運ばれてきた料理を口に運ぶ今まで、会話らしい会話を一言もしていない。
わたしたちにあるまじきことだ。
ジェレミーの、わたしへのリマインドのタイミングが悪いのではないかという指摘もあるでしょう。
けれど、わたしは常に仕事をしているか、子どもたちの相手をしている。
自分の時間などない。
ジェレミーはジェレミーで、わたしが子どもたちの面倒を見ていることで仕事ができなくなったため、商会の一切を一人で取り仕切っている。
わたしたちの空き時間を見つけることなど不可能なのだ。
密かに息を吐く。
ほんとうはとても美味しいはずのステーキは全く味がしない。
「ねえ」
口火を切ってみる。
「ほんとうにごめんなさい。悪かったわ、約束を忘れたりして。」
「いや、別に。君も大変だろう。ミッシェルが生まれてからは特に。気にしてないよ。」
ミッシェルはアネッタの三年後に生まれた長男である。
いま三歳だが、すぐに熱を出すのが心配のもとだった。
「ほんとうに?そうは見えないわ。」
「本当だよ。」
「あなたが納得しているなら、何も言わないわ。でも、そうは見えない。改善点があるなら言って。努力して改めるわ。」
「いや、本当に大したことじゃない。」
「言って。言わないなら、わたしはいますぐに席を立って出ていくわ。」
ジェレミーは渋々といった体で口を開いた。
「君が僕に構ってくれない。」
「え?」
「君が僕に構ってくれなくなったんだ。」
なんてこと。
そんな理由のために、この男は、数時間妻と口を利かなかったのか。
「馬鹿ねえ。言ってくれれば良いじゃない。あなたのための時間を作るわよ。」
「でも、今の君にそんな時間があるかい?僕のために時間を取ろうとしたら、それこそ睡眠時間ぐらいしか削るものがないじゃないか。」
「たしかにそうね。」
「僕は君の健康を損なってまで君に構って欲しいわけじゃない。でも、君が僕に構ってくれないのはさみしい。ジレンマだ。」
やっぱりジェレミーは犬に似ているわ。
でも、なんてお行儀のよいわんこなのかしら。
主人の健康にまで気を遣ってくれるなんて。
「わかった、こうしましょう。月に一度は二人で外食する日を作る。あれだけ身を粉にして働いてるのですもの。みんなきっとこれくらいなら許してくれるわ。」
「そうしよう。」
かくして数年ぶりの大喧嘩は無事終結したのだった。
この二人は数日・数週間に渡る喧嘩はしません。
長くて数十分。
数時間口を利かないことは、この夫婦の基準では充分に大喧嘩なのです。




