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あだ名の由来

とうとう番外編の本数が本番を超えました。



「ジェレミー、お茶を淹れたわ。」


「ああ、助かる。」


ここのところ激務続きだった夫は、すっかり疲れ切ってソファーにもたれかかっている。


「君には参ったよ、K。いつだって僕がそのときどきで一番欲しいものを分かってるんだ。」


わたしはティーカップをソファーの前のローテーブルに置き、自分はジェレミーの隣に腰かけた。


「その呼び方は久しぶりね。」


じっさい、そのあだ名を使うのはほんとうに久しぶりだった。


結婚してしばらくはまだときどき使っては二人だけで楽しんでいたけれど、うちを継いで…特に娘のアネッタが生まれてからは、そんな余裕もなくなってしまった。


「どうして作ったんだっけ。」


「忘れたの?あなたが『マイケル・エドマンドの推理』に憧れたのよ。」


「マイケル・エドマンドの推理」はわたしたちが子どものころに流行った大衆小説だ。

マイケル・エドマンドが助手のレーヴィントンと共に、さまざまな事件を解決していく。

そのなかで、マイケルとレーヴィントンが麻薬取引を行っている組織に潜入するシーンがある。

本名を使うと正体がばれてしまったときに自分の身に危険があることから、「M」と「L」というコードネームを使うのだ。


「そうだった。懐かしいな。」


「そういえば、このまえ十数年ぶりに作者が新刊を出したみたいよ。」


「なんだって。てっきりあのシリーズは終わりになってしまったんだと思っていたよ。読みたいなあ。でも、あんなに人気だったんだ。なかなか手に入らないだろうなあ。」


「あなたが読みたがると思って、発売日に一冊買っておいたわ。」


ジェレミーは興奮のあまりわたしに抱きついて、頬にくちづけた。


「K、最高だ!」


「問題は、あなたにそれを読む時間があるかということね。」


ジェレミーは深く息を吐いてうなだれ、わたしの肩に頭を乗せた。

くるくるとカールを描く栗毛が視界の端にちらちらする。


「最近は本当に忙しいんだ。空前絶後のコーヒーブームでどこもかしこもコーヒーを仕入れたがってる。うちの商家はかなり前から取り扱っているから、他の商家より信用がある。つまり引っ張りだこだ。」


わたしは深く頷いた。


「ええ、ほんとうにすごいわ。前は、一般的な飲み物とはいっても、コーヒーを飲むのは若い世代が中心だった。なのに、いまとなっては老若男女みんな飲んでるわ。」


「コーヒーの取り扱いをはじめた義父さんと義母さんは慧眼だ。」


「ほんとうにね。でも、祖父母には随分と反対されたときいたわ。」


「そうだったのか」


「父はコーヒーを飲んで、これはいけると思ったそうなのよ。でも、祖父母はあまり好きな味ではなかったみたい。」


「まあ、たしかに好みの別れる味だよな。子どものころ、コーヒーが好きな君に張り合って、君がコーヒーを飲むときは苦手なのを我慢して必死で飲んだ。」


「そんなに必死に飲むものではないでしょう。」


「いつからか、君は店でコーヒーを頼まなくなったね。」


「デートのたびにお腹を壊されては、堪ったものではないわ。」


「はは、違いない。」


ゆるやかな沈黙が下りる。

しばらくして、ジェレミーが寝息を立てはじめた。


寄りかかられている左肩に、ずっしりと重みを感じる。


なんという場所で寝ているのだ。

女の細腕では寝台まで運ぶこともままならない。


ただ、仕事でとっても疲れているジェレミーを起こしてしまうのも忍びないような気がして。

ケイシーは、もうすこしだけ肩を貸してやることに決めた。



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