第9話
アデル様はこの1ヶ月毎日私にご飯を持ってきてくれる。
私のけがは、思っていたより‘もんのすんごくやんべぇ’(メイドさん談)らしく、1ヶ月経ってようやく自分でベッドから体を起こせるようになっていた。
そんな私に、飽きもせずアデル様は食事を持ってきてくれるのだ。
アデル様が、部屋の中に入ってくると、一面に知った匂いが漂った。
これは…もしかして…?
「――ほら、今日の昼食はリヴェリアの大好きなコーンスープだ」
「…!本当ですか!」
アデル様が蓋を開けると、中から湯気がふわふわ漂いながら甘いコーンのいい匂いがしてくる。
やった!コーンスープだ!1番お気に入りのご飯だ!
今すぐにでもスプーンに手を伸ばしたいけれども、ここは我慢をして、まずは手を合わせる。
「いただきます」
そそくさとスプーンを手に取り、スープを掬って口に運ぶ。まろやかで優しい味わい。やはり美味しい。
ごくん
とスープを飲み込むと、お腹のあたりへスープが移動しているのがわかる。
スープと一緒にパンをちぎって食べると、それもまた美味しい。
手が止まることはなく、いつの間にかお皿の上は空っぽになっていた。
我に帰って、ハッとアデル様の方を見ると優しい笑みを浮かべている。
「美味しかったか?」
「……はい」
最近アデル様にあの笑みを向けられると、心臓がバックンバックンする。
そういえば、最近この胸のバックンバックンの正体が分かった。
最近メイドがおすすめだと言っていた、恋愛をテーマにした小説があって、それを読んで理解した。
あの小説にはこう書いてあった。
*****
『あぁ!愛しのマリアンヌ!僕は君のことを考えると夜も眠れない!胸も痛くなる!ずっと君のことしか考えられない!あなたのことしか見ていない…!そう…僕は…君のことが…』
哀愁を漂わせながら、明日彼とは違う男と結婚することになるマリアンヌは愛しの彼にこう言うことしか出来なかった。
『……大好き…でしょう?』
哀れな男は、彼の方を一度も振り向かずに去っていく彼女に手を伸ばすことさえできなかった…
*****
『あいしゅう』?とかよく分からない単語や、意味があっているか怪しい単語がたくさんあるが、それでもこの192文字を読むのに私は1時間かけた。だから、この文章の大体の内容は理解できる。
そしてこの『哀れな男』の『夜眠れない』『胸が痛い』『ずっと相手について考えている』『相手のことしか見ていない』を私も感じていた。
「つまり私は、アデル様のことが大好きなんだと思うんです。」
私が1時間かけて、達した結論。どうしてか、周りにいた人たちが皆目を丸くしていたように見えた。
「?知っている。」
即答されてしまった。
表情も全く変わらない、いつも通りのあがり気味のキリリとした眉だ。
さすが、アデル様はなんでも知っている。
その後、シュリーさん達に肩をぶんぶん揺すられながら
「家族として!家族として大好きなんですよね!!?」
かぞく…家族。
絵本にもその言葉はよく出てきているのでイメージはわかるのだ。
子供と、それを産んだ親が家族というもので、親は親の親にとっては子供だし、親の親の親にとっては孫なのだ。(ものすごくややこしいな…)
…ん?だとすると、アデル様が私を産んだということ…?
思わず脳内に、昔神界から見た母と子供の映像が、アデル様と私の顔で流れ込む。
アデル様なんてピンク色のエプロンを着て、満面の笑みで私を抱っこしている。
『可愛い可愛い私のリヴェリア~♡アデルお母さんでしゅよ~♡』
『バブーババブー!』
『あんらー!いい子でしゅねー♡』
「………」
考えちゃいけないことを、考えてしまったので全力で無視しようと思う。
「はぁ…」
脳内を通り過ぎた衝撃的な映像に、つい、ため息が出てしまった。すると、
「お嬢様っ!!それはどういう意味の’はぁ…‘ですか?!!」
シュリーさん達の顔の圧がすごくて、ただならぬ雰囲気だったのでとりあえず、
「…家族って意味の‘はぁ…’です!」
と言うと、みんな安堵の息を漏らしていた。
「危うく旦那様が犯罪者になるところだったよ…」
と言う声がどこからか聞こえてきた。犯罪者の意味はわかるが、なぜアデル様が犯罪者になるのかは分からなかった。
もっと言葉を勉強しないといけないなと思った。




