あの時の(第3者視点&*からはアデル視点)
沢山の兵士たちが涙を流しながら感謝をしている。その視線の先には、黒髪・赤目のカリスマの雰囲気を漂わせる2人が手を振っている。
「まさか私が生まれた時から始まった戦争に参加させられるとは…」
呆れながらため息をついたのはアデル・ヴァレス。隣では皇太子であり父親のギデルが苦笑を浮かべている。
先代王の時から不仲であった隣国が、皮肉にもヴァレス王国の高潔なる後継が生まれたその次の日にヴァエス王国侵攻を宣言した。
侵攻開始からはや15年。両国の兵達の疲れは目に見えるようであった。戦場となった国境から聞こえてくるのは戦に奮う叫び声ではなく、もはやうめき声。どちらの軍の兵達も戦う意志などとうに見失い、ただただ機械的な無意味な争いを繰り広げていた。
アデルの祖父である(温厚な性格しか取り柄のない無能の)王は、弱い頭を捻りに捻って出した必勝(?)策『息子と孫(王位継承者)を戦場に遣って兵達を鼓舞しよう作戦』を思いつき、それによってアデルとその父・ギデルはこの戦地へと向かわされたわけである。
「本当に、お祖父様はよくこのような案を出されましたよね。この国の皇太子である父上はまだしも、私はまだ15歳の子供です。このような戦場でできることは限られていると思います。」
いつもほぼ口を動かさない息子が自分の父親への皮肉を流暢に語るものだから、ギデルも思わず笑ってしまう。
「そう言ってくれるな。国王が決定した案は絶対、だからな。」
なんだか含みのあるような物言いに若干違和感を抱きつつも、アデルは国境付近の要塞で、戦場の様子を観察する。
覇気というものは一切感じられず、疲労のためにただよろよろと動く兵達。あちこちにある、死体に躓いて転ぶ者さえいる。
「それは戦争も終わらないわけでしょう。」
「そうだ。しかもこの長期戦だ。流石に隣国もこれ以上の援軍を費やすことはやめたらしい。で、あればこちら側があと少し戦力を投入するだけでこの無意味な争いは終わるのだが…」
「国王はそれを嫌がっていると」
「「ハァーーー…」」
親子らしい、揃ったため息が聞こえた。
「まぁ、だから私は…」
ギデルが何か言おうとした時、
ヒューーーーーーーーーーーーーーードォン
大きな爆発音と共に要塞が大きく揺れた。隣国側がヴァレス王国の後継者達がいることを知って、最後の気力で大砲を打ってきた。
それはそうだ。
けれども、『兵士の士気を上げるためにはその戦場まで赴き、姿を見せなければならない!』とかいう王の命令が降ったのだからしょうがない。
本当に、あの国王は、一体何がしたいのだろうか。
「父上!」
「ああ…まさか、まだあそこまでの武器を持っていたとは…」
先程まで下でアデル達の方に手を振っていた兵士たちが動かない。
近くの観察兵が大声で叫ぶ。
「二発目!来ます!」
ヒューーーーーーーー
「くそっ、逃げようにもこの要塞から降りるには時間がかかりすぎる…」
「アデル…!こっちへ来い!」
そう言って父親は子供を自分の体で大きく包んだ。
ドカン!
大きな爆発音。先ほどとは違い、正確に的中したために、要塞の一部が崩れ落ち、後継者達はその崩壊に巻き込まれていった。
2人はどちらも意識を失い、冷たくなっていく。
神界では、天秤を持つ者・この世の歪みを裁くデア神が歪みを察知する。
「あぁ…いけませんね。これは。さぁ。リヴィ。あなたの初仕事です。今まで私たちが教えてきたことを、存分に生かしてください。」
そう言いながらデア神は足にくっついて離れない緑色の目の小さな神の頭を撫でた。
「はい!デア様!」
小さな神は神らしくない無邪気で明朗快活な笑みを浮かべながら、自慢のしなやかでふわふわした羽を大きく広げて、下界へと降りていく。
彼女は癒しを司る神。この戦争が始まって5年後に、この戦争を終わらせるという使命を持って生まれた。他の神と違って、感情を持っていたために少し逸れもの扱いをされてきたもの、その力の大きさは本物であったために、この神界でも絶大な権力を持つデア神の元で、生まれてからずっと、修行をしてきた。
下界の地獄絵図を見て、一瞬怯んだものの、
「私ならできる!怖くない!」
深呼吸をして体に力を込める。暖かく優しい緑色の光が彼女の張り巡らされる。それが頭の先からつま先までにできたその瞬間。
「今!」
光は戦場全体に広がっていく。
先程まで、涎を垂らして焦点も合わせられず動いていた兵士たちの目に生気が宿る。
疲れ果てて王の命令もないままに、敵国の後継者に大砲を打ってしまった指揮官が我に帰る。
腕に大きな傷を負い、麻酔なしでの腕切断が今にも行われそうだった兵士の傷が一瞬で消えていく。
その光は、あの親子にも届いた。
「ち、父上…」
「あぁ…何が起こっているんだ…?」
先程までぴくりとも動かなかった2人が大きな瓦礫を避けながら元気に歩いて、崩壊した要塞から出てきた。
一発目の大砲で倒れた兵士たちもピンピンしていて、何が起こっているのかさっぱりわからないという顔をしていた。
アデルはふと、上を見た。
息が止まるかと思った。白い髪をたなびかせ、輝くようなエメラルドの瞳を持った少女。指を組んで緑色の光をあちこちに飛ばしている。
醜い感情が渦巻くこの戦場で、唯一の清らかな存在。
直感で分かった。彼女は神であると。そして彼女から続々と放たれる光は敵味方関係なくどんどん人々の疲れをとっていった。
「女神…」
そう言って上から視線を外さないアデルに気づいた、ギデルもまた空を望むが、空は至って普通の青い空である。
「何が起きてるんだ?アデル…」
そう尋ねると、父親の方を振る向きもせず、アデルは言った。
「神が…神がこの世界に舞い降りました…」
何度見ても、ギデルの目には何も映らない。周りの兵士たちに尋ねてもそんなものは見えないという。
「私には何も見えない…しかし、この不思議な現象は神以外に誰がなすことができようか。」
ギデルは剣を空へと振り上げ、大地をつんざくような大きな声をあげた。
「ヴァレスの兵士たちよ!聞け!神は我々の味方だ!今!この場で!この戦い、終わらせてやるぞ!」
そう言って、臣下の制止も振り切って、馬に乗り敵の方へと向かっていった。
それに鼓舞され続々とそれに兵士たちが続く。
アデルが一瞬父の方を向いた瞬間に少女は消えていなくなっていた。
後ろ髪をひかれつつもアデルもまた、父に続いて敵陣へと向かった。
一般人の指揮官が、敵国であっても仮にも皇族に大砲を自己判断で打ってしまったこともあって、そこから隣国が侵攻を中止し、和平協定が結ばれるまではそう長くかからなかった。
その後、父は15年にもわたる侵攻に終止符を打ったという実績から、国王の座をさっさと渡すよう要求。気弱な国王は言われるがままに隠居させられることとなった。
これに伴って、アデルもまたこの国の皇太子という称号を得たのだが、彼の頭にはずっと、あの懸命に光を放ち人々を癒やし続けている彼女の姿が焼き付いていた。
*****
「様、…アデル様?」
目の前にあの時の少女が座っている。不思議なことに、あれから10年の月日が経っているというのに、あの時と同じ容貌であるが。
けれども、うちの腕利きの料理人達の作った料理のおかげか、顔色も戻ってきたようで、気のせいかもしれないが2歳ほど成長したようにも見えた。
「あぁ、すまない。少し考え事をしていた。ほら、今日の昼食は――」
心配そうな目でこちらを見てくる女神、リヴェリア。人間ではないのだろう。私たちよりはるか上の存在。もう一生会えないと思っていた。
だからあの日、藁袋の中にリヴェリアが入っていたことには心底驚いた。
しかもボロボロになって震える小さな手で私の手を取った。その時決意した。今度は私が彼女を守ろうと。
幸いなことに彼女はこの城を気に入ってくれている。リヴェリアへの待遇に、今の所彼女は違和感を持ってはいない。
まだ人間社会についてそこまで深く知らないから、これが普通だと持っているだけかもしれないが、たとえ自分がどれだけ愛されているのかを理解して、この城を出て行こうとしたとしても、私は絶対に離してやらない。絶対に。




