第6話 メイドの戯言(シェリー視点)
「お嬢さ…リヴェリア様、寝られましたね。」
「そうですね。」
老人を差し置いて、若い衆3人はベッドで眠る姫に夢中だ。全く。そのようにお客様の顔はまじまじと見るものじゃないと、半ば強制的に引きずってリヴェリア様の部屋から連れ出したものの、外に出ても次の仕事に行こうともせず座り込んで喋っている。
「いや〜、それにしてもリヴェリア様、」
「「「可愛い……!」」」
「本当に愛らしいわ!今は寝ていらっしゃるけど、起きていらした時の、お嬢様の瞳を見た!?まるで翡翠を磨き上げたような深緑の瞳!光がさすと微かに金色を宿すあの宝石のような瞳!たとえ宝石であろうとあの瞳にはきっと敵わないわ!」
「「分かるわ〜!」」
「それも素敵だったけれどあの絹のような白いお髪も素敵だったよ〜!一筋たりとも乱れず、絹のようになめらかで、月光をそのまま糸に紡いだような美しさで〜、触れたら消えてなくなってしまいそうな儚い存在を醸し出していたね〜!!リヴェリア様のヘアメイクをするのが私、楽しみでしょうがないな〜!」
「「それな〜!」」
「でもでも!あのお嬢様のお人柄もとっても可愛らしいと思いませんか?!先ほどなんてスープをお飲みになられた後、ご自分のお腹に『お腹はいっぱいになった?』と聞いてらっしゃったんです!それに‘お嬢様という名前じゃない!‘と、ご自分のお名前をおっしゃった時は少し舌足らずでいらっしゃって…本当に守って差し上げたいです!」
「「守りたい〜!!」」
待てども待てども、3人のおしゃべりが終わることはなかった。
リヴェリア様がやって来られるのは想定外だったから、通常予定での私たちの仕事はまだたんまりと残っているというのに。
「マリー!メリー!リリー!!先ほどからあなた達は本当に何を言っているのやら…」
少々ため息をつきつつも彼女たちに次の仕事に行くようさりげなく促す。
「え〜!もっとリヴェリア様の近くにいたい〜!」とみんな文句を言っていたがさすが皇室のメイドというだけあるか、3人はすぐに切り替えて自分たちの持ち場のある方へ向かっていった。
皇室の使用人がいくら大勢いると言っても、1人が欠けるだけでその作業効率は大幅に下がるのだから、そうでないと困るのだが。
さて、3人衆は仕事場に戻らせたし、私もお嬢様のところに戻らなければ。
旦那様に言われたのだ。なるだけリヴェリアを1人にしてくれるな、と。
ベッドで寝ているリヴェリア様の隣に椅子を持ってきて座る。可愛らしい寝顔をされているが、時折小さな物音に体が反応することがあった。
その様子があまりにも不憫でしょうがなかった。
それに気づいたのは、汚れまみれの服を脱がせてお風呂へ向かおうとした時。
体の至る所に痛々しい傷がついていた。どう考えてもこんな小さな子供にすることではない。
実の親か、…もしくは奴隷商人か何かなのかは分からないが、いずれにせよ、リヴェリア様は愛情込めて育てられてはいないはず。
恐怖で支配したのだろう。この傷がその理由だ。
ところで…一つ疑問点があった。
リヴェリア様はそこらのスラム街の子供達のようにガリガリに痩せているわけではないということ。
あそこまでの傷を負わせる家庭であれば、食べ物もほとんど与えていなかった可能性が高い。それに、リヴェリア様は‘空腹’の意味さえ知らなかった。咀嚼方法さえも。一体どうやって今まで生きてこられたというのか。
けれどもリヴェリア様は、健康体型とはいえないが、顔は頬がこけているというわけでは無かったし、体も肋骨が浮き出ているということはない、6才くらいの女の子であるならば、ケガのことを一度抜きにして考えると、そこまでおかしくない体型だった。
食ベるということを理解しないままに食事をとっていた? 点滴等のみで栄養補給を行なっていたとか…?
…余計な妄想はやめよう。リヴェリアお嬢様の口から聞く。それが1番正確だ。
「…やめ……ま…って」
リヴェリア様が眉間に皺を寄せて、苦い声で寝言を言った。どうにも苦しそうだったので、思わずベッドから投げ出された小さな手を優しく握った。
「スゥ…スゥ…」
よかった。落ち着いたようだ。
ふと、頭の中にあの光景が思い出された。
『シェリー様!口の中が…喜んでる!』
ふふっ…。
口のスープをこぼしながらも、無邪気に私の目をキラキラと見つめてくるお嬢様を見て、心がとても暖かくなった。
『どれだけ金がかかってもいい。何を犠牲にしてもいい。絶対に、彼女を助けるんだ。』
人に関心を持たないあの旦那様があんなに目を見開いて焦った顔をしたのはいつぶりだっただろうか…。
リヴェリア様が起きられる直前まで、自分の仕事をわざわざリヴェリアお嬢様のベッドの隣でしていたほどだ。アデル様と、リヴェリア様の間に何があるというのだろうか、という疑問が一瞬浮かんできたが、すぐに消し去った。
ほんのりと温かい自分の右手に目をやる。
小さな手。けれど、指先が鞭で痛ぶられたかのように傷ついている。
私はただただ、不幸に苛まれ続けた純粋な彼女を幸せにしてやりたい、心底そう思ってしまった。




