第3話 いいこ。
(…こない)
日が昇って少し経ってから、いつも女の人はやってくるのだが、今日は日が落ちてもやってこなかった。
あたりがすっかり暗くなった頃になってやっと女の人がドアを開けた。
いつもは嬉々として今日何をするかを語り始めるのに、今日はただ気持ちの悪いものを見るような目でただ私を見下ろしている。
「…気持ち悪い。なんでお前は生きているんだい?!私は今日までお前に食糧ひとつどころか水だって一滴たりともやってない!雨だって降ってない!…普通の人間はこの環境じゃ今生きていないのに!それに、なんだかお前、初めの時より、小さくなっていやしないかい?…………気色が悪い!!!早く来い!」
女の人は顔を真っ青にしながら、私の腕を掴んで、引っ張り出した。……痛い。今まで受けた傷がジンジンと痛んでいる。けれども女の人が怖くて、その声を出すことさえもできない。いつも女の人たちが口論をしている隣の部屋を通り過ぎて、家のドアを開けた。
一面は夜の黒色に染まっている。左右にはこの家と同じように今にも倒れそうな木造の家が狭狭と立ち並んでいる。
あんなに切望していた外の世界の初めが今までいたようなあの薄暗い世界と同じ真っ暗なもので少しショックを受けたのも束の間、いきなり後ろから口に布をつけられて、大きな藁袋に入れられて何かに乗せられた。
息苦しく、まともに身動きもできない。
「んーー……!」
声を出そうにも体に力が入らず叫ぶことさえもできない。
「はぁ。動くんじゃないよ。そうでないと…また、殴るからね。」
私は女の人にまた殴られないように、ただ私はその藁袋の中でじっとしているしかなかった。
外からは男の人が合流したのか、2人の声が聞こえる。
「なんであんなになるまで放っておいたんだ!細くなりすぎて、前より小さくなって見えてしかたがねぇ!」
「だってアンタが言ったんじゃない!アレは飯はいらないって!」
「…ちっ。まぁ死ぬ前に捨てられてよかった。幸運なことに今は秋だから、あいつももしかしたら木の実を食って生き延びれるかもしれんな。」
「まぁすぐに冬が来るけどね。」
「その時には俺たちはすでにこいつを捨ててるんだから…こいつを殺したことにはならないだろ?」
いつものような大きな声でなく小声で、彼らは淡々と話をしていた。
……私は何を言っているのか半分は分からなかったけれど、何かまた怖いことだということはよく分かった。
しばらくして乗り物のスピードが落ちる。私の入った藁袋が持ち上げられ、少し歩いたところで無造作に落とされた。
『ガサッ』
落とされると同時に葉っぱの音がした。そういえば「ホーホー」と、鳥の声も良く聞こえる……森の中なんだろうか?
「お前、悪く思うなよ。そもそも、あいつらが俺を騙したのが悪いんだからな。」
男の人の声が聞こえた後、彼らの乗り物の音が遠ざかっていった。
(いつ、あの女の人たちは来るんだろう、なんで私を袋に入れて、どこかに放り出したんだろう)
何も分からないけれど、私は女の人にまた殴られないように、ただ静かにこの袋の中で目を瞑った。
外でたくさんの足音と話し声が聞こえて、ふと目を開く。どれくらい時間が経ったのかわからない。いつの間にか外は明るくなったようだ。
周りからは神界でもよくみていた動物たちの声がとてもよく聞こえてくる。
外に出たいけれども、いつあの女の人がやってくるか分からない。体に力を入れることもままならないし、もしまた打たれてしまったら…。
ふと、落ち葉を踏み分けながらこちらに向かってくる、1人の男の人の足音がした。
『殿下!お気をつけください!何が入っているやも、わかりません!』
遠くから男の人の一際大きな焦り声が聞こえる。
…私の入った袋の前で足音が止まった。シュルシュルと藁袋の紐が解かれる。
「…大丈夫だ。」
明るい日の光が入ってくる。藁の袋の外で、まるでその瞳の中に炎を閉じ込めたような真っ赤な綺麗な瞳をした男の人が言った。
あの焦り声の男の人に返事をしているのか、それとも、私に向かって言っているのか分からなかったけれど、ただ私はその優しさのこもった穏やかな声とともに差し出された大きな右手を、最後の精一杯の力で震えながら掴んだ。
「そうだ。良い子だ。」
心の安らぐ温かい声で男の人は言って、私を藁袋の外へ優しく抱き上げた。彼の深い黒色の髪がこのオレンジ色に染まった森の中で一際目立っていた。私はその男の人の腕に抱かれて、緊張の糸が切れたのかいつの間にか私は‘気絶‘してしまっていた。




