第15話 愛している
「私が好きなのは、愛しているのは貴女だ。」
アデル様の大きな手が、机を越えて私の頬をするりと滑った。
「今私の触れている、貴女だ。」
「でも、貴女は私の力に魅了されただけで…!」
「…私が部屋に入る前、いつも名前を言うと名前を返してくれるところが愛おしい。コーンスープが大好きと言う感情を表情に全て出してしまうところが愛らしい。私の贈ったぬいぐるみを毎日整えることを日課にしているのが可愛らしい。たまに寝ぼけた時にベッドを空の上の雲だと言い張る姿も。嫌いな食べ物が出てきても料理人が悲しむからと、笑顔で食べ切る姿も。木に止まる小鳥たちを静かに見守る後ろ姿……」
「も、もう分かりましたから…!」
止まらない私への褒め言葉に思わずアデル様の言葉を遮った。
けれど、今度はかえって私の口の上にアデル様の大きな手が置かれた。
「リヴェリア。君を、愛している。」
唇から手が離れ、そのまま、あの指輪の入った箱を取り出した。
「君のことを、愛しているんだ。」
アデル様の言葉から、結婚というものが、私の考えているものと違うことはよくわかった。
全く、先ほどまで自分の推理力を賞賛していたのはどこの誰と言うのか。
それにしても…この見ずともわかる顔の火照りをどうしたものか。
アデル様の言葉を聞くほどに、耳を中心として顔全体が熱くなっていた。
チラと壁に立てかけてある鏡を見ると、顔は他の人が見ても確実に分かるような燃えるような真っ赤に染まっている。
その理由は私でもわかる。いや、最初から本当はわかっていたのかもしれない。
ただ、初めての気持ちだったから前に一歩進むのが怖かったのかもしれない。
‘愛している’の意味を、私は知っている。
アデル様に、言葉を返そうとしても、どうもいつものように喋れず、口の中をもごもごしてしまう。
やっと音になった声も、あまりにも弱々しいものだった。
「私は…私も、あ、あなたのことを愛しています…!」
自分でも、おかしいと思ってしまうほど、震えながら、アデル様の両手でしっかりと握った。
「………」
アデル様は何も答えない。もしかして私が何か間違えてしまったのか。何を間違えたのか、私が慌てていると頬に柔らかい感触があった。
振り返ると文字通り目と鼻の先にアデル様がいた。
「な、何をしたんですか…?」
「口づけだ。」
「‘口づけ’…?」
初めてきく単語に頭を傾ける。
アデル様が少し驚いた表情をした後、少年のような無邪気な笑顔を見せた。
「そうか…。口づけを知らないか…!」
一瞬横を向いてクスッと笑った。咳払いで気を取り直し、もう一度私の唇に、指を押し当てた。
「リヴェリアの頭と体に、‘口づけ’がどんな気分になるものなのか…これから、よく教えることにしよう。」
唇から指が離れると、その指はアデル様の唇に押し付けられた。私のあかい口紅が唇からはみ出すように擦るつけられている。机に手をついているから、アデル様より私の方が目線が高くて、アデル様がジッと私の方を上目で見つめる。
その姿になぜか思わず固唾を飲んでしまった。胸の動悸がおさまらない。
何だか、未来の自分に恨まれるような、言ってはいけないことを言った気がした。
そんなことを考えているうちに、アデル様は私を机椅子のスペースから、場所の余裕のある空間に移動させた。
「左手を、出してくれ。」
先ほども差し出された指輪が流れるように左手の薬指をくぐっていく。
「この指輪は…私たちが一生を共にすることを周りに知らせるための、婚約指輪、というものだ。」
「こんやく、指輪…」
左手にピッタリとハマった婚約指輪。手の角度を変えれば、緑と赤の装飾の石たちがテラテラと輝いた。
「愛している。リヴェリア…いや、リヴィ。」
私の体が、膝をついたアデル様に包み込まれる。
私も、アデル様の背中に手を伸ばした。
「私もです…アデル様。」




