第10話 久しぶりの
コンコンコン
日が上ってしばらく経った頃、扉の向こうからいつも通りノックの音が聞こえた。シュリーさんが起こしに来てくれたんだろう。
「はい。」
「アデルだ。」
最近聞かなかった返答。初めて声を聞いた人なら少し無愛想にも感じられるアデル様の声だ。
「…!私はリヴェリアです。」
ドアの向こうでクスリと優しい声が聞こえた。
「…知っている。ドアを開けても?」
「どんときてください」
私はベッドから降りて、ドアを開いてアデル様をお迎えする。
アデル様に救われて3ヶ月。アデル様に私は久しぶりに会った。
というのも、アデル様はいつもお仕事が夜遅くまでであるゆえ、私の寝ている間しか来れなかったのだ。
毎日、下界のことをたくさん学んで疲れ果てている私の寝顔だけ見ていたらしい。
いつも欠かさず綺麗なお花やアクセサリーをベッドの脇に置いていて、その花も宝石も、いつもアデル様の瞳の色を連想させる赤色で、なんだかこしょばゆかった。
「もう完全に歩けるようになったようだな。」
そう言いながらアデル様が部屋の中央にある食卓に朝ごはんの一式を置いて椅子に腰をかけた。
皿の中に何が入っているかは分からないが、美味しそうなカボチャの匂いがした。
湯気も立っている。今日の朝ごはんはカボチャスープだろうか。
「はい!美味しいご飯のおかげです!」
その向かいに私もすとんと腰を下ろした。
私の傷だらけだった体は、3ヶ月の間にどんどん力を取り戻してきて、今では歩くのはもちろん、走り回ったりしても、全く支障が無くなっていた。もう、自分で食事をとりに行くこともできるのだけれど、シュリーさん達が、それはメイドの仕事だから、と許可してくれなかった。
「そうか。良かったな。」
そう言ってまた私の頭を暖かくて優しい手で撫でる。胸がまたきゅぅと苦しくなる。けれど全く痛くなくて、気づけば心が温かくなっている。
アデル様と一緒に私の部屋に来た他の人たちもみんなにこやかな笑顔を浮かべている。
毎日ご飯が食べられて、笑顔を向けられて、いろんなことを知って…これが幸せなんだな、としみじみと思いながら、予想通りのかぼちゃスープを飲んでいると、少し間を空けてアデル様が口を開いた。
「それで、本題なんだが…ひとつ、リヴェリアにお願いがあるんだ」
アデル様がベッドから降りて、改まった姿勢でこちらを見つめてきた。
お願いというのは、あれだ。誰かに頼み事をすることだ。この場合、アデル様が私に何か頼み事があるのだろう。
私は胸をドンと張って、自信気に言った。
「はい!なんでしょう?」
私は今までこうしてアデル様のお家に住まわしてもらっている。
下界のことを学んで行くうちに気づいたことだが、私は今、この家に住まわせてもらっているのだ。下界では、何かして貰ったら、その恩を返さないといけないそうで、私も色々とシュリーさんの手伝いなどをしてみたのだが…。
なぜか、何か手伝いをしようとしても全力で断られてしまうから、(※小話参照)このご恩を返すために、アデル様がお願いをしたいというなら、私はそのお願いを全力で叶えるしかない!
それにアデル様の家に来てから分かったことだが、私は神界から追放されたのにも関わらず、まだ『癒しの力』を使うことができるのだ。『癒しの力』と言っても花瓶に刺されている花一本を元気にすることしかできないけれど。
でも、それは神だった時もほぼ一緒で、あの時以降はずっとこれくらいの力しか使うことができなかった。
あの頃は辛かった。どれだけ人々の救済を願う声が聞こえても、こんな力では1人として救うことができない。毎日毎日彼らが私のすでに失った癒しの力を求めてきても、何もできない自分の不甲斐なさに落ち込む日々。幸か不幸か、アデル様はもちろんお家の人たちは私が神界から追放された神だってことを知らないけれど、もしかしたらこの力で何か手助けできるかもしれない。
だから、アデル様のお願い、全身全霊で答えてみせる。




