第一章3 『強欲』の境界街
魔物の死骸から離れ、歩き出してかなり経った。
どこへ向かっているのかもわからない、帰り道すらあるかないか分からない。
「……この辺り、街が多いよね。」
ポツリと呟く。それを拾ったラウラが答えを回答。
「あー、ここ、第1層だからね!」
「第1層?」
足を止めるゆきね。いろはとの会話を思い出す。そんなゆきねに声をかける姉妹。
「『強欲』の層ですよ。欲がなければ奪われる、交易や略奪、商売に取引。とにかく欲しがらなくちゃいけないんです。」
「欲がなければ、奪われる…」
こんな私に一体何を欲しがれ、と言うのだろうか。そう思いながら、少し大きな街につく。
「ついたっ!ここが境界街!次の層との境目!」
石と金属が混ざった建造物が、段々状に連なっている。街だけが、まるでネオンライトのように、異様に明るい。宝石のように輝く光が照らしている。
「街…だ。…ちゃんと…人も、いる。」
胸を張っているラウラを無視し、街に目を凝らす。悪魔、亜人、魔物に近しい存在。誰もがせわしなく動き、叫び、笑い、交渉している。驚いているゆきねに声をかけるのはエルネ。
「境界街っていうのは、7つの層それぞれの中心都市のこと。上の層…人間界や下の層にも繋がってて行き来できるよ。人間界は色々あって今は行けないけど。」今は人間界に戻れないという話を聞き、少し落胆気味だが…通りの角で、怒鳴り合う悪魔が目に入る。
「どけ!それは俺の契約だ!」
「うるせぇ!奪ったもん勝ちだろ!」
と、突然衝撃波が発生。衝撃波に耐えながら目を凝らすと…怒鳴り合う2人の悪魔の間に、光のようなものが見えて。
「アレは…」
「え?喧嘩だよ喧嘩!強欲の層だとよくあること!魔力ぶっぱなすだけの下級魔族だけどね!」
聞きたいことはそうではなかったのだが、関係ない話に乗って聞きたいこともついでに聞けた。…魔力。魔力なんて見えるわけがなかったのだが…魔界に来たから、見えるようになってきているのだろうか。現に目を凝らせば光…魔力が見える。
「…止めないの?」
ラウラに問いかける。しかしラウラは平然と振り返り─
「止める理由ある?」
「…強欲の層では、"欲を主張した方が正義"。正義だとか善悪は、魔界に意味を成さないよ。」
…人間界より、よっぽどわかりやすい。だからこそ…恐ろしい。と、視線を感じて。
辺りを見回すと…悪魔たちが、ゆきねを値踏みするように見ている。
「…見られてる?」
「当然です。人間なんてそうそうやってきません。餌にも金品にも奴隷にもなる。…ですが、今は私たちがついていますから。」
ゆきねの前に立つ姉妹。周囲の視線が少しそれる。
「強欲の層には、暗黙の掟があるんだよ!」
「…掟?」
「同行者に手を出すのは、"それなりの覚悟"が必要なんですよ。」
淡々と語る2人。全くついていけない。
「覚悟って?」
「報復、決闘、契約破棄、命の清算!」
満面の笑みで即答するラウラ。全然安心できないと思いつつ、魔界基準なら安心なんだろうと強制的に納得させる。
「…アレは?」
街の奥の、大きな縦穴を見つめる。
「アレが層を移動する洞穴!…ところで人間さん、お名前聞いてなかった!」
「…え。……私は…白咲、ゆきね。」
話題をそらされた気もするが、まぁ仕方ないので自己紹介。
「ゆきね…ゆきねちゃんかぁ!よろしくね!ゆきねちゃん!」
「よろしくお願いします。」
挨拶してくる姉妹。やはり2人からは敵対心を感じずにいて…
「ところでゆきねちゃん!……スイーツ買いたいから、ちょっと待っててね!」
有無を言わさずに駆け抜けるラウラ。代わりに隣に立つのはエルネで。
「姉さん…仕方ないですね。行きましょう、ゆきねさん。せっかくですから、売店くらい見ていきましょう。」
呆れ果てたような声色で、独り言をぼやくエルネ。エルネに連れられ、いくつかの売店を見て回る。ワームの幼体?だろうか。それを串焼きにしたもの、髑髏でできた趣味の悪いアクセサリーなど。どれも買いたいとは思えないものだった。
「ホントにここ、安全なの?」
ふと疑問を投げかける。好奇の目で見られてばかりで息苦しい。
「比較的安全…油断は禁物ですが。…こんなふうに。」
エルネとのすれ違いざまに、悪魔が地面に倒れる。エルネの手元には財布が二つ。元々のエルネの財布と、見知らぬ財布だ。
「盗もうと言うのであれば、逆に奪われる覚悟もできていますよね。」
と、倒れた悪魔の財布をパクったまま進んでいくが…裏路地から3人の悪魔に取り囲まれる。
「おい。ソイツ、アンタの連れか?」
「…一応、同行者という形にはなりますね。」
軽く言うが、悪魔は距離を詰める。
「じゃあ、少し借りるぞ。」
手が伸びる。ゆきねの肩に。
「っ…!」
いやだ。
触らないで。
来ないで。
そんな感情を浮かべながら、頭のなかで考える。
もしこの人が、私に触れたのなら。そのまま動けなくなってしまえばいいのに。
───そう思った途端、世界が、動きを止めた。
身体が固まる。指先一つも動かない。声が出ない。呼吸はできる。ただ、身体が脳の命令を拒否する。
…まるで、体を無数の手で押さえつけられているかのような感覚。
「─そこまで。」
ラウラが、悪魔の腕を掴んでいた。
「あたしたちの連れなんだよね。……邪魔しないでくれる?」
純粋な威圧感。凄まじい圧に、悪魔たちはたじろぐ。エルネも立ちふさがり、悪魔たちが撤退していく。
……数秒経って、ゆきねの身体に、力が戻る。
「っ…はっ……!」
息を吸い込み、せき込む。全身から冷や汗が出ている。
「なに、今の…?」
誰にともなくつぶやいた言葉に、エルネが答える。
「…おそらく能力、ですよ。あなたの。意識的ではなく、無意識的なのでしょうけど。」




