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第99話 三人だけの鑑賞会


10月31日。

展示エリア改装の最終日。メイたちは、最後の微調整に追われていた。


入口のリーフレット置き場を整えていると、篠原の大きな声が響いた。


「おい、アキラ。もうちょい下だな!」


脚立の上で照明を調整していた男性スタッフが、言われた通りに器具の向きを変える。


「はい、ストップ!……そこならパネルが光らないからな」


脚立を降りたアキラが、展示された写真を見上げてぽつり。


「この写真、いいっすね。焚き火の前の女の子たち……」


すると篠原がニヤリとして突っ込んだ。


「お前、ただ女の子とキャンプ行きたいだけだろ?」


「いや、そんなことじゃないっスよ!」


展示エリアに笑いが広がる。そのやりとりを耳にしていたメイも、思わずクスッと笑った。


「ほら、笑ってないで次いくぞ!」

篠原が軽く手を叩いて、次の作業へとみんなを促した。



ディスプレイやブックレストの微調整も手際よく進み、昼過ぎにはBGMのチェックも終わった。

展示エリアの写真展会場は、ついに完成を迎えた。


入口に立ち、篠原とメイが会場全体を見回す。


白い壁には葉や木のモチーフをあしらったシールが散りばめられ、展示の世界観を引き立てている。

自然を感じさせるディスプレイの数々も、違和感なく空間に溶け込み、ダーク系の木目調のブックレストが落ち着いた雰囲気を添えていた。


左手にはアマチュアカメラマンたちの写真が並び、右手には凛々花の写真が展示されている。

そして会場奥の中央には──今回の写真展のキービジュアルとなる、凛々花の『木陰にしゃがむ女の子』が堂々と飾られていた。


展示エリアの中央には、背中合わせのソファがいくつか並べられており、来場者が腰掛けて選書を手に取れるようになっている。


「……完成、かな」

篠原がぽつりと言った。


「はい。ありがとうございました」

メイも深くうなずいた。


そのとき、遅番で午後から出勤してきた詩音が、展示エリアに入ってきた。


黒猫のカチューシャを頭にちょこんとのせ、首には小さな鈴のチョーカーをつけている。


「おはよう〜、メイちゃん」


「……その格好」

思わず見つめるメイに、詩音はにこにこと胸を張った。


「ふふっ、今日はハロウィンだからね!カフェスタッフは全員コスプレすることになってるの」


「あ……そっか、ハロウィンか」

メイは小さく笑って肩をすくめた。

「忙しくて、すっかり忘れてたよ」


少し肩をすくめるメイの横で、詩音はきらきらした目で会場を見渡した。


「うわー、すごい!ホント、森の中の写真展だね!」


「うん、なんとか間に合ったよ」


「仕事終わったら、ゆっくり見に来ようかな。じゃあ、またあとでね!」


詩音は、お尻につけた黒猫の尻尾を揺らすように、軽い足取りでカフェの方へ向かって行った。


「よし、オレたちも道具を片付けて、引き上げるぞ」

篠原がアキラたち二人の男性スタッフに声をかけた。


◇◇◇


メイが遅めの昼ごはんを控え室で食べ終えた頃、葛城書店の淳子が店内側の扉から入ってきた。


「メイちゃん、お疲れさま〜。本の搬入、終わったわよ」


写真パネルの前に置く選書は、それぞれ3冊ずつ。

購入希望者が出た場合は、ラフォーレのレジでも販売できるようにしていて、その本を淳子が自ら持参してくれたらしい。


「淳子さんが直接、持ってきてくれたんですか?」


「ええ、うちも人手不足だからね」

淳子はそう言って、軽く笑った。


「展示、見せてもらってもいい?」


「もちろんです。私も一緒に行きます」


ふたりは展示エリアへ向かった。


会場を見回した淳子が、感心したように口を開く。


「よく三日でここまで仕上げたわね」


「篠原さんたちが頑張ってくれて……」

メイは少し誇らしげに答えた。


会場奥に飾られた『木陰にしゃがむ女の子』の写真の前で、淳子が足を止める。


「やっぱりこれ、いいわね。……何というか、空気が澄んでるわ」


その後も淳子とともに展示会場の導線や細かい箇所を見て回ったメイは、すべてのチェックを終え、小さく息を吐いた。


「あとは明日を待つばかりね」淳子が微笑む。


「ですね。今回はオープニングイベントとかないから、少し安心してます」メイも頷く。


「今のメイちゃんなら、どんなイベントあっても大丈夫じゃないかしら」


「いや、勘弁してくださいよ〜」


ふたりは顔を見合わせ、和やかに笑った。


◇◇◇


カフェ・ラフォーレ リーヴルスのラストオーダー直前、凛々花が店に入ってきた。

レジには、黒猫のカチューシャをつけた詩音が立っている。

「あ、凛々花ちゃん!」

その格好と、柔らかく微笑む表情のギャップに、凛々花は小さく瞬きをする。


紅茶を注文したあと、凛々花はたずねた。


「詩音ちゃん。メイちゃんはもう帰っちゃった?」


「ううん、まだいるよ。展示エリアで資料まとめなきゃいけないって、頑張ってる」

詩音はそう言って微笑む。


「呼んでこようか?」


「ううん……忙しそうなんだね。大丈夫」


凛々花は小さく首を振った。


──そして、営業時間が終わる頃。


展示エリアから出てきたメイが、店内の一角に座っている凛々花を見つけた。

他にお客さんのいない空間で、凛々花は紅茶を飲みながら本を読んでいる。


「凛々花ちゃん、来てたんだ。ねぇ、展示エリア、見て行ってよ」


「でも、もうお店、終わっちゃうよ」


凛々花がそう言ったそのとき、会話を耳にした詩音がカウンターから出てきた。


「凛々花ちゃんは特別だから。帰りは裏からになっちゃうけどね」


小さく笑った拍子に、頭の黒猫カチューシャがふわりと揺れた。



凛々花とメイは一緒に展示エリアへ向かった。


展示エリアに足を踏み入れる。

昨日と違って、凛々花は素直に目を輝かせていた。


「わぁ……やっぱりすごい。森の中みたい」


その様子を見て、メイもほっと胸をなでおろす。


ちょうどそのとき、締め作業を終えた詩音がやってきた。

「お先に失礼しまーす」というバイトの声に「おつかれ〜」と応えながら、黒猫のコスプレのまま、ふたりのもとに合流した。


「詩音、まだ着てるんだ、それ」


「エヘへ…なんか気に入っちゃって」


頭をかく詩音に、凛々花も自然と微笑んだ。



三人だけの展示エリア。

営業を終えたばかりの静かな空間に、自然と笑い声が響く。


まずはアマチュアカメラマン側の写真から、順に見て回る三人。


「この写真、なんかいいよね」

詩音が指さしたのは、焚き火の前で談笑する女の子たちの写真だった。


「タイトルは……《火のそばで、まだ話してる》かぁ」


「うん、あったかい感じがするよね」

メイがうなずく。


その横で、凛々花はブックレストに置かれた本を手に取って、静かにページをめくっていた。


詩音は次の写真の前に立つ。

「タイトルは……《夜と朝の、すき間で》か…」


夜明け前の山頂から広がる大パノラマ。

雲海の手前に、ひとりぽつんと立つ登山者の影がある。

まだ光の届かない空を見上げるその姿が印象的な一枚。


「こっちのは、This is 大自然!って感じ」


「綺麗な写真だよね……でも、詩音、こっちも見て」

メイが反対側の壁へ誘う。


「こっちは……あ、これ、凛々花ちゃんの写真だよね?」


草原の小さな牧場で、干し草を口にするポニー。

その手前、牧柵の外から手を差し出す父と子の後ろ姿。

空は広く、穏やかな夕暮れ時。背景には青みがかった山々が連なり、いかにも平和な風景。


「ポニー、かわいい!」


「私も最初はそう思ったんだけど……柵がね」

メイが小さくつぶやく。


穏やかな写真だが、張り巡らされた柵が、どこか違和感を残している。


「……確かに。柵のこっちと向こう側……」

詩音も、しばし写真に見入った。


「ポニーがね、仕方ないんだよ、って言ってたの」

凛々花がぽつりとつぶやく。


「言ってたかぁ……深いね、凛々花ちゃんの写真」

詩音が感心して笑う。


二人が次の写真へ移動する中、凛々花はそっと淳子の選書コメントに目を落とした。



『たよりたいけど、たよれない』

(著:野間 智葉子/エッセイ)


〜選書理由〜

小さな命に、癒される。

でもその癒しが、彼らの“生きるための姿”だったとしたら──


この本には、動物と人との“優しいけれど、まっすぐではない関係”が、静かな言葉で綴られています。


この写真のポニーが見せる表情に、どんな感情を読むかは、きっと人それぞれ。

わたしは少しだけ、悲しくなりました。

でも、たぶん、それでいいんだと思います。



凛々花はページを閉じて、ほぉ……と小さく感心の息をもらした。



ふらっと歩き出した詩音が、『木陰にしゃがむ女の子』のパネルの前で足を止めた。

タイトルは『名もなき場所』。


「やっぱりこれ、すごいわぁ……真っ直ぐ胸にくるんだよね」


「これ、私のお気に入り!」

詩音が振り向いて笑うと、凛々花もニコッと微笑んだ。


──それは、どこかいつも通りの笑顔。

本当の気持ちを隠すような、少しだけ距離を置いた笑み。


その表情を見て、メイはふと胸の奥がきゅっとなる。

目を伏せて、小さく息をついた。


「……凛々花ちゃんさぁ、ホントは“すごい”って言われるの、苦手?」


「……よくわかんない」


「……そっか」

メイはそっと視線を落とした。


すると詩音が、鼻息も荒く凛々花の両手をぎゅっと握った。


「いや、すごいもんはすごいんだよ、凛々花ちゃん!」


猫耳のカチューシャに、その大げさな眼差し。

凛々花はニコッとした笑顔のあと、プッと吹き出すように笑った。


その様子を見て、メイの胸にふわりとあたたかいものが広がっていた。



詩音が展示エリアをぐるりと見渡しながら言った。


「でも、やっぱり展示って、こうやってちゃんと見て回ると、いろんな世界があって面白いね」


「うん。いろんな人に見てもらって、何かを感じてもらえたらいいな……」

メイも同じように会場を見回しながらつぶやく。


その言葉に想いを馳せるような余韻が生まれたところで、詩音がぱっと振り向いた。


「ねえ、このあとご飯行かない? 決起集会ってことで!」


「決起集会……?」メイが首をかしげる。


「うん、明日からの写真展が大成功するように祈願する会!」

詩音は両手を広げてにっこり。


「いいね、それ!」

メイが笑顔を凛々花に向ける。


「凛々花ちゃんも行こうよ!」


凛々花は少しだけ迷った表情を見せたあと、

「ちょっと待ってて」と言ってスマホを取り出し、電話をかけた。


「……もしもし、ママ? あのね、今日のご飯だけど……」


様子を見守るメイと詩音。

やがて、凛々花が電話を切って振り向いた。


「……うん。行く」

小さくうなずきながらそう言う。


「決まり!」

詩音が手を叩いた瞬間、三人の間にふわっと明るい空気が広がった。


◇◇◇


矢鞠駅近くのファミレス。

詩音が先にドリンクバーで飲み物を取って戻ると、満面の笑みで手を上げた。


「明日からの写真展の成功を願って……カンパーイ!」


三人はコーラやアイスティーの入ったグラスを合わせた。

氷の軽い音が、なんだか特別な夜を告げるみたいに響く。


「そういえばね、昨日、梓ちゃんに会ったよ。葛城書店で」

メイが思い出したように言う。


「ほぇ〜、何か買いに来たのかなぁ?」


「月刊ミュー、買ってたよ。UFO特集の」


「えっ、梓ちゃん、UFO好きなんだ。意外かも!」


クスクス笑うふたりの会話に、凛々花がふわっと入ってきた。


「ねぇ、グルキャンって何?」


「えーと……グループで行くキャンプ、だと思うけど……」

メイが首をかしげる。


「ただで行けないところ?」


「え?」


「梓ちゃんが言ってたよ」


「……凛々花ちゃん、梓ちゃんと話したんだ」

詩音が目を丸くする。


「うん。『ただじゃいけない』って言ってたよ」


「え? なんだろうね、それ……」

メイは首をかしげる。


「よし、梓ちゃんに聞いてみよっか!」

詩音がスマホを取り出し、にやりと笑った。


◇◇◇


梓は自分の部屋で、キャンプの動画を流しながらくつろいでいた。

そのとき、スマホがピコンと鳴る。Rainの通知だ。


──グループ「Rain」に、凛々花が追加されました。


「……は?」


画面を見ていると、すぐに詩音のメッセージが飛んできた。


詩音:凛々花ちゃん参戦だよ!

凛々花:こんばんは


続けて、メイからのメッセージ。


メイ:ただで行けないところってどこ?


「……なんだこいつら?」


そうつぶやいた瞬間、三人の自撮り写真が送られてきた。

ファミレスらしいテーブルで、顔を寄せて笑っているアップの一枚。


梓:いま3人一緒?


詩音:うん

メイ:そうだけど

凛々花:一緒だよ


「お前ら、一緒ならしゃべれよ……」

梓が思わず声に出す。


そこに、さらなるメッセージが飛んでくる。


凛々花:グルキャンおもしろい?


「うっ……あいつ、しゃべったな……」


詩音:え? なに、グルキャンって?

メイ:UFO特集、面白かったね

凛々花:ただでおいとくんだよ

詩音:グルキャンがただなの?



ぐちゃぐちゃな会話に、梓は一瞬あきれた。

けれど、気がつけば吹き出していた。


梓:訳がわからん


そう誤魔化すように返信する。


なんだか、この先思いやられそうな気配がした──



ここまで読んでくださってありがとうございます!

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