第94話 秋の日の庭先で
仕事を終えたある日の夕方。
メイと詩音は、メイの自宅のリビングで、ささやかな「第4回キャンプ計画会議」を開いていた。
夕食は、途中で買ってきたスーパーのお弁当で手早く済ませた。
テーブルの上には、開けたばかりのポテトチップ。のり塩。
袋をのぞき込むたび、塩の匂いがふっと立つ。
ふたりは指先を交互に入れながら、次のキャンプの話に花を咲かせていた。
「麓高原キャンプ場って、チェックインは午前8時30分なんだ……」
スマホで情報を見ながら、メイがぽつりと言った。
「かなり早くから入れるんだね」
詩音はキャンプ計画帳の『スケジュール』と書かれたページをめくりながら、相づちを打つ。
「せっかく遠出するんだから、途中、どこか寄って行ったりしたいなぁ」
「私、富士宮焼きそば、食べたい!」
ぱっと手を上げて、元気よく詩音が言う。
「それ、いいね!高原ソフトクリームも食べたい!」
「夜ごはんの買い出しも必要じゃない?」
思いついたことを次々に言い合いながら、詩音はノートに書き込み、メイはスマホでルートや所要時間を確認していく。
なんとなく、旅の地図ができていくような時間だった。
「じゃあ、1日目は大体こんな感じで……キャンプ場に入るのは12時過ぎ……と」
詩音は手元のノートにペンを走らせながらつぶやいた。
「二日目の帰りとかは、どうする?」
メイの問いに、詩音がぴくりと反応する。
ペンを置き、思いっきり立ち上がると、テーブル越しにメイの方へ身を乗り出してきた。
「あのね、せっかくだから行きたいところがあるんだ!」
「どこ?」
メイが首をかしげる。
「えっとね、本栖湖から身延に抜けるドライブコース!」
「本栖湖から……えっ!もしかして、それって……」
「そう!──例の、あの場所!」
「──ゆるキャンの聖地巡礼コース!」
二人の声がぴったり重なった。
「それ、すごくいい! 私も行きたい!」
「でしょ、でしょ!」
「帰りのコースに入れちゃおうよ!」
パッと空気が華やぐ。ふたりのテンションは、一気に高まった。
「これで、あと富士山ドーンが見れたら最高だよ〜。富士山……雪帽子かぶってるかなぁ」
詩音が遠くを見るようにつぶやく。
「富士山で雪化粧してないと、なんか“完全体”じゃないもんね」
「雪化粧……ユキ……雪……!?」
メイの表情が、だんだんと曇りだした。
「ねえ詩音。道に……雪って積もらないよね?」
「え? 11月中旬だから、大丈夫じゃないかな?」
「でもさぁ、朝霧高原って標高高いんだよね。私、雪道とか走ったことないし……」
楽しかった空気が、一瞬だけ真顔モードに切り替わる。メイの声には、少し不安がにじんでいた。
「冬用のタイヤはあるんだけど……履き替えた方がいいかなぁ……どうしたらいいと思う?」
「うーん……私も朝霧とか行ったことないしなぁ……」
詩音は少し考えてから、ぽんっと手を打った。
「あっ、お父さんに聞いてみよう!」
「詩音のお父さんって……チェロ奏者の?」
「違うよ、チューバだよ。
このところ、ずっと家にいるの。今朝もテレビで映画観てたし」
詩音はそう言ってスマホを手に取ると、「ちょっと聞いてみよっか」とすぐに電話をかけ始めた。
スピーカーモードに切り替えて、軽快に話し出す。
「もしもし、お父さん?」
『あぁ、詩音か。どうした?』
「今度ね、私たちキャンプに行くの。でね、11月中旬の朝霧高原ってさ、雪って降るのかな〜って」
『11月中旬か。朝晩は氷点下ってこともあるけど、雪はそうそう降らないんじゃないかな』
その言葉を聞きながら、メイの頭の中で勝手に妄想が暴走する。
(氷点下……道路、真っ白……ツルツルに凍結……スリップ……)
みるみるうちに、メイの顔から色が失せていく。
『実はね、メイちゃんが雪道走ったことないって言ってて。冬用のタイヤがいいかなって話になってさ』
『ああ、大丈夫だとは思うけど……まあ、“備えあればなんとやら”だからな。履き替えておいても損はないな』
「履き替えるって、どこでやるの?」
『ガソリンスタンドとかカーショップでもできるけど……ホイールはついてる?』
「ホエール……?クジラ?」
「詩音、それ“ホイール”ね」
メイが小声で笑いながら突っ込む。
『あはは、詩音は車のこと分かんないからなあ。メイちゃんも一緒にいるの?』
「うん。じゃあ、代わるね」
スマホをメイに手渡しながら、詩音がニッコリ笑った。
メイは少し緊張しながら、スマホに顔を寄せた。
「もしもし、こんばんは。はじめまして……」
『こんばんは。メイちゃんのことは、いつも詩音から聞いてるよ。で、冬用タイヤはホイール付きかな?』
「はい、付いてます。昔、父が買ったものが、そのまま物置に入ってます」
『それなら……ちょっと早いけど、今週末でよければ、私が交換しようか?』
「えっ、本当ですか……?」
『うん。来週いっぱいまではこっちにいるから、大丈夫だよ』
「ご迷惑でなければ……お願いします!」
『いいよ〜。なんか楽しみだねぇ』
電話の向こうから伝わる穏やかな声に、メイも自然と笑みがこぼれた。
その後、タイヤ交換は今度の日曜日の午前中にお願いすることになった。
「じゃあお父さん、お願いね〜!」
詩音が明るく言って、電話を切る。
「……なんか、よかったのかなあ」
メイがぽつりとつぶやくと、詩音はすぐににっこり笑った。
「大丈夫だよ。お父さん、車いじるの好きだし。
それに、前に“メイちゃんの車、ライオンのマークだったよ”って言ったら、すっごく興味深々だったもん」
「そうなんだぁ……」
メイは少しほっとして、深く息を吐いた。
「でね、帰りのドライブコースなんだけど……」
「あっ、そうだったね。本栖湖だと……」
キャンプ計画会議は、いつのまにかドライブの計画会議に変わっていて、ふたりの声はますます弾んでいく。
「うーん、これってもはや──旅だよね!」
詩音が顔を輝かせて言うと、
「……うん、そうかもね」
メイもふわりと笑った。
リビングからは、ふたりの楽しげな笑い声が、隣の和室まで届いていた。
畳の上に並べられたキャンプ道具たちは、そんな声に包まれるように、静かにそこにたたずんでいた。
まるで、自分たちの出番を、そっと耳を澄ませながら待っているかのように。
◇◇◇
秋の陽射しが心地よく降りそそぐ、日曜日の午前中。
メイは庭の物置の扉を開けていた。
中には、車関係の道具や部品がぎっしりと詰まっている。
奥のほうに、カバーに包まれた冬用タイヤも積まれていた。
金属の匂いや、少し埃をかぶった工具の感じがどこか懐かしくて──
メイはふと、過去の記憶に引き込まれそうになる。
そのとき。
ブゥゥン……と、野太いエキゾーストノートを響かせながら、一台の白い車がメイの家の前に滑り込んできた。
大きなシングルフレームグリルが印象的な、白のアウディSQ5。存在感のあるSUVだった。
「メイちゃーん、おはよー!」
助手席のドアが開き、詩音が明るい声で降りてくる。
続いて運転席から姿を現したのは、細身でメガネをかけた、品のある男性だった。
どこか穏やかな空気をまとったその人が、小豆沢壮太──詩音の父だった。
「メイちゃん、お父さんだよー」
詩音が手をひらひらさせて紹介する。
「おはようございます。はじめまして……今日は、よろしくお願いします」
少し緊張しながら、メイはぺこりと頭を下げた。
「おはよう。よろしくね」
壮太はにこっと笑った。
その優しげな笑顔に、メイの肩の力がふっと抜けていくのが、自分でもわかった。
「あの……車、このへんに入れちゃってください」
メイの案内で、壮太はアウディを玄関前にゆっくりと移動させた。
エンジンを切って車を降りると、ふとメイの家を見上げた。
「……懐かしいなぁ」
ぽつりとこぼれたその言葉は、すぐに詩音とメイのやりとりにかき消された。
「詩音、今日って仕事なんじゃない?」
「うん、遅番だから大丈夫!手伝いに来たよ!」
「ありがと」
メイが笑ってそう返すと、壮太もふっと表情を緩め、気を取り直したようにメイの車の方へと歩き出す。
車のまわりをぐるりと回りながら、感心したように言った。
「……プジョー208。しかもGTiかぁ。いいなぁ」
「でしょ、お父さん。かわいいでしょ!」
詩音が得意げに言う。
「かわいいだけじゃないぞ、これは。そこそこ速いホットハッチ……楽しそうな車だ」
「私の父も、そんなこと言ってました」
メイが少しうれしそうに口を開いた。
「タイヤは……17インチか。あ、パイロットスポーツ4履いてるんだ……」
そう言いながら、壮太はしゃがみ込んでタイヤを眺めたり、窓越しに車内をのぞき込んだり。
目を細めてニヤつくその姿は、まるで少年のようだった。
そんな様子を、メイは少し不思議な気持ちで見つめていた。
並んだ二台の車を見比べながら、ふと思ったことを口にする。
「……並べてみると、大きいですね。このアウディ……」
「ああ、SQ5って言ってね……」
壮太が説明を始めようとしたところで、詩音が割って入った。
「去年、買ったんだよね、お父さん」
「……まぁ、中古だけどな」
「買うときにさ、お母さんにめっちゃ言われてたんだよ。『そんな高いのダメ!』って」
詩音がメイに話しかけるように言うと、
「はいはい、秘密ばらし禁止〜」
「だって事実だもんねー!」
壮太は少しバツが悪そうに笑いながら、娘を茶目っ気たっぷりにたしなめる。
そのやりとりがなんだか微笑ましくて──
メイはそっと笑った。
(お父さんか……なんか、いいな)
「それはそうと……スタッドレスタイヤ、見せてもらおうかな」
壮太がそう言うと、メイはうなずいて、物置の方へ壮太たちを連れていく。
物置の中には、タイヤカバーに包まれて、平積みにされたタイヤが4本。
カバーを外すと、タイヤの間には丁寧に段ボールが挟まれていた。
「きれいに保管してあるね」
壮太が感心したように言う。
「父も、車が大好きだったんで……」
「わかるなぁ……この物置の中を見ただけで、お父さんがどれだけ車好きだったのかが伝わってくるよ」
そう言いながら、壮太は「よいしょ」と小さく声をあげて、タイヤを一本ずつ外へと運び出していく。
「スタッドレスも……ミシュランか。いいチョイスだなぁ……」
そんな独り言をつぶやきながら、タイヤの状態を丁寧に確認していく。
「……溝はあるし、ひび割れもなさそう。
製造は……2019年の、11月あたりかな」
「え、そんなことまで分かるんですか?」
メイが驚くと、壮太は地面に置いたタイヤの側面を指差した。
「ここ。ほら、“4219”って書いてあるでしょ?
これは2019年の第42週、つまり10月の後半から11月あたりに製造されたってことなんだ」
「へぇ〜……!」
「すごーい、そんなの初めて知った〜!」
二人の素直なリアクションに、壮太はどこかうれしそうに微笑んだ。
壮太はアウディのラゲッジスペースから、油圧ジャッキや十字レンチを取り出して、プジョー208のそばに並べた。
メイも軍手をはめて、準備完了の構え。
一方、詩音は……何をしていいのか分からず、そわそわとその場をうろうろしていた。
「詩音は、外したタイヤを洗ってくれるかい?」
そう言いながら、壮太がホイールクリーナーとゴム手袋を手渡す。
「ラジャー!」
敬礼のポーズをしながら、待ってましたと言わんばかりの声をあげる詩音。
「じゃあ、右の前からやっていこうか。
ついでに、タイヤのローテーションもやっていくからね」
そう言って、壮太は“左後輪”と書かれた養生テープ付きのスタッドレスタイヤを取り出し、油圧ジャッキを車体の下に当てて、ぐいっと持ち上げていく。
その横顔に──
メイはふと、父の面影を重ねそうになる。
右前のタイヤを外し、壮太がスタッドレスタイヤを取りつける。
メイも、レンチやロックナットをタイミングよく手渡し、そつなくサポートしていく。
「メイちゃん、サポート上手いね」
「そうですか?……父と一緒にタイヤ交換してたときも、こんな感じだったかなって……」
そう言って、外したタイヤを詩音のところへ転がして運ぶ。
「来た来た〜」
詩音はホースで水をかけながら、ゴシゴシとタイヤを洗っていく。
「詩音、拭き終わったら“右前”って書いて貼っておいてね」
壮太が養生テープを手渡す。
「はーい!」と、元気に答える詩音。
「次に戻すときは、あのタイヤを左後ろにすればいいんですよね?」
「その通り。摩耗をなるべく均等にしたいからね」
やり取りは軽やかで、笑い声が時折風に乗って庭先に広がっていく。
壮太は、タイヤのローテーション位置に気をつけながら、一本ずつ丁寧に交換していく。
メイは、その横で壮太が持ってきた電動エアポンプを使い、取りつけたタイヤに空気を入れていく。
詩音は洗い終えたタイヤをせっせと拭きあげ、位置を書いたテープを貼っていく。
それぞれが自分の役割をこなしながら──
穏やかで、息の合ったチームワークで、作業は順調に進んでいった。
最後の一本のナットを、壮太がトルクレンチで「カチッ」と締め上げると、軽く腰に手を当てて言った。
「よし、交換終了だね」
「……あとはチェック走行だけど……メイちゃん、やる? それとも……僕がやろうか?」
「お父さん、メイちゃんの車、運転したいんでしょ?」
詩音がニヤニヤしながら突っ込む。
「え、いや……ほら、何かあったらいけないしな〜って……」
壮太はちょっとごまかすように笑った。
そんな様子を見て、メイも自然に笑みを浮かべる。
「はい、お願いします」
「私もいく!」
詩音が真っ先にプジョーの後部座席に潜り込む。
助手席にはメイ。
壮太が運転席に乗り込み、カチッとシートベルトを締める。
ドアを閉めた瞬間、ふと──久しぶりに助手席で誰かと並んで座る感覚が、胸の奥に少しだけじんわりと広がった。
静かにエンジンがかかり、銀色のライオンのエンブレムが陽にきらめいた。
「マニュアルシフト、久しぶりだなぁ」
壮太はゆっくりとクラッチをつなぎ、慎重にプジョーを走り出させた。
ギアの感触を確かめるように、静かに住宅街を抜けていく。
「ドライブ出発だー!」
後部座席の詩音が、はしゃいだ声を上げる。
車はやがて大通りに出て、滑らかに流れに乗った。
「後ろの席、意外と居心地いいね」
詩音が身を乗り出すように言う。
「……何だか、乗り心地が良くなったような……」
メイもそう感じていた。
「だろうね。このタイヤ、インチダウンしてあるから」
「インチダウン……ですか?」
「そう。このスタッドレスは、ホイールとタイヤサイズを17インチから16インチに落としてあるんだ。
その分、タイヤの厚み──扁平率を上げて、外径をほぼ同じにしてる。
厚みがあるぶん、クッション性が増して、乗り心地も少し柔らかく感じるはずだよ」
壮太は前を向いたまま、穏やかに説明してくれる。
「あとね、スタッドレスはノーマルよりグリップ力が落ちるし、制動距離も長くなるから。
運転するときは、気をつけるようにね」
「はい。……わかりました」
メイはまっすぐに前を見ながら、しっかりとうなずいた。
車は片側二車線のバイパスに入った。前方が開けて、空が広がる。
「メイちゃん、少し……踏んでもいいかな?」
「どうぞ、どうぞ」
「じゃあ──踏むよ」
アクセルが深く踏み込まれた。
エンジン音が鋭く響き、208GTiはぐんと前へ跳ねるように加速した。
「おー、やっぱ速いね〜!」
壮太が無邪気に声を上げる。その横顔は少年のようで──
助手席のメイは、その様子を思わず笑顔で見つめていた。
一瞬だけ、壮太の姿が、自分の父に重なって見えた。
「お父さん、あんまり飛ばしちゃダメだよ〜」
後部座席の詩音の声に、メイは胸の奥で弛んだ何かがキュッと戻るのを感じた。
「わかったよ」
壮太は苦笑しながらアクセルをゆるめる。
「でも、いいね、この“猫足”。
硬いのに、ちゃんとしなやかに動くっていうか……」
「そう言われると……なんか、うれしいです」
まっすぐ前を向いたまま、メイは小さく笑った。
父のことを褒めてもらったようで──心の奥が、すこしあたたかくなった。
ぐるりとひと回り。チェック走行を終えたプジョーは、再びメイの自宅の前に戻ってきた。
三人は車を降りて、軽く背伸びをするように身体をほぐす。
「タイヤのほうは、問題なさそうだね。……あとはナットの増し締めをして終わりかな」
そう言った壮太に、詩音が首をかしげた。
「お父さん、納豆めし……食べるの?」
「納豆じゃなくて、ナット、ね」
「……あっ」
そのやりとりを聞いたメイは、こらえきれずにぷっと吹き出した。
ほんのささいな聞き間違いに、笑いが広がっていく。
そんな中、壮太はトルクレンチを手に、車の足元にしゃがみ込む。
一方、詩音とメイは外したノーマルタイヤを二人がかりで物置まで運んでいった。
「よし、これでオーケー」
壮太は手をパンパンと払いながら立ち上がった。
「本当に……ありがとうございました」
メイは深々と頭を下げる。
「いえいえ。運転までさせてもらって、むしろ楽しかったよ。こちらこそ、ありがとう」
壮太はにこやかにそう言って、ちょっとしたいたずらっぽい表情を見せた。
「そうだ、詩音。メイちゃんも、今度のバーベキューに誘ったら?」
「えっ? バーベキュー?」
「なんだ、忘れちゃったのかい。今度の土曜日、家でやるって言ってたじゃないか。僕が海外行く前に、みんなでやろうって」
「あっ、そうだ……それで私、土曜日のシフト空けたんだった!」
「まったく……」
壮太が呆れたように笑う。
「メイちゃん、よかったら来ないかな?」
「メイちゃん、来てよー!」
詩音が勢いよく声をかけてくる。
「え……私、行ってもいいんですか?」
「もちろん。大勢のほうが楽しいし。無理にとは言わないけど、どうかな?」
「お姉ちゃんも、おばあちゃんも、きっと喜ぶよ、メイちゃん!」
「それなら……お邪魔しようかな」
メイは少し照れながら、そう答えた。
壮太は安心したように、にこっと微笑んだ。
「何なら詩音、他の友達も呼べばいいじゃないか」
「じゃあさ、梓ちゃんと凛々花ちゃんも誘おうよ!」
詩音がうれしそうにメイの方を向いて、わくわくした顔で言う。
その姿を見ながら──
メイは、少し照れくさそうに笑っていた。
(詩音の家族と、バーベキューかぁ……)
そんな思いを胸に抱きながら、秋の陽射しが三人を優しく包んでいた。
◇◇◇
その日の夜。
メイはベッドの中で、じっと天井を見つめていた。
来週末のバーベキュー。
楽しみな気持ちと、ちょっとした緊張が胸の奥で揺れている。
詩音の家族にはもう会っているし、会話もしている。──きっと、大丈夫。
そう言い聞かせるように、ふぅっと息を吐いて、そっと目を閉じた。
でも──
まぶたの裏に浮かぶのは、今日の昼の風景だった。
タイヤを交換する後ろ姿。
運転席でハンドルを握る横顔。
やさしくて、穏やかな佇まい。
そのひとつひとつに、知らず知らず──父の姿が重なっていく。
……けれど、そこで思考が止まった。
その先へ進むことが、どうしてもできない。
ゆっくりと目を開ける。
暗い部屋の天井が、ぼんやりと視界に浮かぶ。
「……まだ、ちょっと無理かな」
ぽつりとつぶやき、メイは体の向きを変えた。
布団の中で、小さなため息がひとつこぼれる。
そしてもう一度、まぶたを閉じた。
今度は何も考えないように、ただ静かに──
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