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第74話 ラフォーレ送別会 〜ごちそうナイト〜


送別会、当日。

夕方の遊歩道。まだ空には少し明るさが残っていた。

メイはスマホ片手に地図アプリを頼りながら、矢鞠駅の反対側へと足を進めていた。


「AMERICAN BAR PARO」――目的地の看板が、商店街の一角にライトアップされているのが見えた。

間違いない、あそこだ。


近づくと、“OPEN”のネオンサインがチカチカと光り、ウィンドウには古い洋画のポスターやボトルがずらりと並んでいた。

ちょっと背伸びしたレトロな雰囲気。見てるだけで、少し気持ちが浮き立ってくる。


木のドアには『本日貸切』の札がぶら下がっていた。

「……ちょっと早かったかな」

腕時計を見るけれど、まわりには誰の姿もない。


おしゃれなお店にひとりで入るのは、やっぱり緊張する。

でも、このまま外で待っているのも気まずい。


意を決して、メイはドアに手をかけた。

中からふわりと漂ってきたのは、アメリカンダイナーらしい香ばしい匂い。


「いらっしゃいませ」

若い女性スタッフの声が、少し明るく響いた。


店内はパーティー仕様になっていて、左右反対のL字型にテーブルが組まれ、そのまわりに椅子がぐるりと並んでいる。

奥にはカウンターがあり、その向こうが厨房になっているようだ。


「こんばんは……」

声が小さくなってしまったメイに、今度はカウンターの奥から、落ち着いたやさしい声が返ってくる。


「いらっしゃい。ラフォーレの方かな?」


黒縁メガネに口ひげ。髪を後ろでひとつに束ねたその男性は、たぶん店のマスター。

年の頃は五十代後半。物腰は柔らかく、笑顔はちょっと俳優みたいだった。


「はい、送別会で……」

「聞いてるよ。一番乗りだね」


(……なんか、ジョニーデップっぽいかも)

そんなことを思いながら、メイは促されるまま、L字形に組まれたテーブルの端――入口のほうに近い席へと腰を下ろす。


目の前に広がるのは、まるで映画のセットみたいな店内。

正面には古びたギターやベースが何本かディスプレイされ、左手の壁には色あせたレコードジャケットがずらり。右奥にはアメリカのナンバープレートやネオンサインが光っている。


壁も天井も、ぜんぶ「好き」が詰まった宝箱みたいだった。


店内には、どこかで聞いたことのある懐かしい洋楽が、心地よく流れている。

思わず口元が緩む。


「……なんか、ステキだな」


ふと、背後のドアが開いた。

入ってきたのは鈴原店長――いや、店長と呼ぶのをためらうくらいの美しい装い……


フェミニンなワンピースに身を包んだ姿は、いつもとまるで印象が違っていて。

店に入っただけで、ぱっと空気が華やぐ。


「メイちゃん、早いわね〜」


「店長……お疲れさまです」


その綺麗さに思わずかしこまってしまうと、彼女はにっこり笑って、


「今日は“店長”はやめて〜」と、いつもの雰囲気とは違う、ちょっとお茶目な声で言った。


大きめのバッグを持ったまま、奥のカウンターの方へ歩いていく。


「チーフ、今日はよろしくね」


「ありがとね、あっちゃん」


――あっちゃん?


意外な呼び名に、メイはちょっと驚く。

その違和感を消化しきれないうちに、またドアが開いた。


「うわ〜、すごい!テーマパークみたい!」


元気な声と一緒に現れたのは、もちろん詩音。

目を輝かせながら店内を見回している。


鈴原店長とはまた違った意味で、場が明るくなる。


「もー詩音、そこ立ってると入れないから」


後ろから沙織の声が飛んできて、軽く詩音を押しのけながら中へ入ってくる。そのうしろにユキの姿も。


「メイちゃん、早かったね」

詩音がメイの横にちょこんと座る。


「いや、今来たとこ」


「メイが一番早いんじゃないかって、話してたとこなんだよ」

沙織は大きい紙袋を椅子に置いて言う。


「なんです、その荷物?」


「 例のやつだよ」

「ああ、アレかぁ」


「ちょっと置いてくるわ」

そう言って振り返ると、敦子に声をかけながらカウンターの奥の方に姿を消した。


「すごく、いいお店……」

そう言ってユキがメイたちの前に腰を下ろそうとした時に、またも木製の扉が開く。


「こんばんは」


「お疲れさま〜」


続いて入ってきたのは、京子と美智子。カウンター脇の落ち着いたテーブルへと、敦子の手まねきで進んでいった


それからは、木製の扉がひっきりなしに開き、ひとり、またひとりと、ラフォーレの顔ぶれがそろってきた。


椅子を引く音や、笑い声が次々と重なっていく。American bar PAROの店内は、おしゃべりの声でいっぱいになっていった。



店のアンティークな時計の針が4時を示そうとしたちょうどその時、最後のひとりが扉を開けた。


「こんばんは、時間ぴったりよね〜」


笑顔で現れた柳森さん。

その姿に、店内がまた少しだけ華やいだ気がした。


こうして、アルバイトの子たちも含めて――

カフェ・ラフォーレ リーヴルスのスタッフが、全員そろった。


◇◇◇


今夜の送別会は、飲み放題付き。

それぞれが頼んだグラスが出揃った頃、BGMがふっと絞られる。


「……コホン」


咳払いひとつ、詩音が立ち上がった。


「皆さん、お疲れさまでした! これより、送別会を始めたいと思います!」


背筋を伸ばしてきりっと言うと、続けて、


「まずは、乾杯の音頭を――鈴原店長に、お願いします!」


「はーい」


そう軽やかに返事をして、鈴原店長が生ビールのタンブラーを手に立ち上がる。


「皆さん、お疲れさまでした。応援してくれたスタッフのみなさんがいたからこそ、ラフォーレのオープンは成功しました。本当に、ありがとう」


そう言って、グラスを少し掲げた。


「では、いきますね。かんぱ〜い!」


「かんぱ〜い!」


店内に一斉に声が響く。


そのタイミングにぴたりと合わせて、PAROのチーフが音量を上げた。

流れ出したのは、Earth Wind & Fireの「September」。


イントロが流れた瞬間、思わず歓声が上がり、自然と手拍子が巻き起こる。


「鈴原店長、ありがとうございました!」

詩音が続けると、


「ちょっと待ってー、詩音ちゃん」


鈴原店長が軽く手を上げて、やわらかく笑う。


「今日は“店長”はやめましょ〜よ〜」


鈴原店長が笑いながら言う。


「えー、じゃあ何て呼べば……あっ、“敦子さん”とか?」


「もちろんよね、淳子ちゃん?」


と隣にいた柳森さんにウィンク。


「そうそう。今日は無礼講よ」


「じゃあ、柳森さんも“淳子ちゃん”でいいですか?」


「そりゃ悪ノリしすぎだろ〜」

沙織がすかさずツッコミを入れる。


「なんでもいいわよ〜」

淳子さんも楽しそうに笑った。


店内は、一気ににぎやかさに包まれる。

こうして、なごやかでちょっぴり照れくさい送別会が、笑顔でスタートした。


◇◇◇


BGMが切り替わる。

Cyndi Lauper の「Girls Just Want to Have Fun」。

店内が、ぱっと華やいだ。


一品目 オードブルプレート。


テーブルに運ばれてきたのは、色とりどりの前菜。

タコとエビとアボカドのフレッシュマリネに、サーモンと生ハムのテリーヌ。カクテルオリーブのピクルスも添えられていて、小さなお皿の中がまるで宝石箱のようだった。


「このマリネ、美味し〜い!」

明美が思わず口に手を当てて声を上げる。


「テリーヌも最高です」

すかさず、隣のくるみが笑顔で続く。


「このくらいで驚いてちゃだめよ〜」

向かいの席の敦子がニヤリとしながら続ける。


「チーフの料理ってほんと美味しいのよ」


「ちょっと、あっちゃん。あんまりハードル上げないでよ〜」

カウンターの奥から、PAROのチーフが冗談っぽく返す。


「淳子さんもよく来るんですか?ここ」

京子が尋ねると、


「よくってほどじゃないけど、時々敦子先輩と来てるわ」


「なんかすごいツーショットですね……清楚系お二人で、めまいがしそう」

明美がポワンとした声でつぶやく。


「そんなことないわよ〜」と笑う淳子に、チーフがすかさずのっかる。


「だけどね、淳子ちゃん、飲むとすごいんだから……!」


「ちょ、チーフ!やめてってば〜!」


カウンターの方を振り返って、椅子ごと前のめりになる淳子。

その必死な姿に、店内が一斉に笑い声で包まれる。


(なんか……知らない淳子さんが見れたかも)


メイは、ちょっと遠めの席でそう思いながら、そっと梅酒ソーダを口に運んだ。



二品目 カルパッチョ風サーモンサラダ。


大皿いっぱいに盛られた、彩り豊かな一品。

プリーツレタスの上に、黄パプリカとプチトマト。そしてその上に、薄くスライスされたサーモンが美しく並べられている。


「わあ、すごいボリューム!」

くるみが立ち上がって、手際よく取り分けをはじめようとしたそのとき――


「ちょっと待って〜!」

隣の席の明美が、スマホを構えて制止。サラダを上からパシャリと一枚。


そのまた横で、志麻が「あーっ!」と突然叫んだ。


「どうしたんです、志麻さん?」

明美が振り返る。


「さっきのオードブル……撮り忘れた……」

肩を落とす志麻。その様子に、くるみも思わず笑ってしまう。


「オンスタとかやってるんですか?」


「ええ、美味しいものを食べたときだけ、ね……」

ちょっと悔しそうに言う志麻。


「私、撮ってますよ?さっきの」

くるみがそう言ってスマホを差し出すと、


「た、頼む……お願い」

と、手を合わせる志麻。


そのやり取りを見て、明美がふっと笑う。

「志麻さん、そういうとこ意外〜」



三品目 じゃがいもとソーセージのソテー。


香ばしく焼き目のついたソーセージと、ほくほくのじゃがいも。

見た目はこってりだけど、クレソンのさわやかな香りが食欲をそそる。


店内には、The Policeの「Every Breath You Take」が流れ始めていた。

そのリズムをなんとなく指先で刻みながら、詩音が空になったグラスを覗き込む。


「メイちゃん、次、何飲む?」


「えーと……カルピスサワーにしようかな」


「じゃあ私も!」


そう言って、詩音は声を上げる。

「すみませーん、カルピスサワー、ふたつ!」


注文を済ませたあと、ふと店内を見まわす。


「カレー風味だよ、これ!美味しい!」

アルバイトの子たちがテンション高めにソテーを頬ばりながら盛り上がっている。


そのすぐそばでは、明美とくるみにオンスタの撮り方を熱心に教えている志麻。

カウンターに近い席では、白ワインを片手に、淳子と美智子と敦子が笑い合っている。


いたるところに、小さな笑い声と、あたたかな会話の輪。

その光景を見ながら、詩音はふっと微笑む。


「……なんか、みんな楽しそうだね」


「うん。やってよかったよね」

メイも隣で笑って、そっとグラスを手に取った。



四品目 ネギとシラスの和風ピザ。


カリッと薄焼きのクリスピー生地に、刻みネギとたっぷりのシラス。

香ばしい香りがふわりと漂う。


店内にはStevie Wonderの「Isn’t She Lovely」が流れている。

どこか懐かしく、優しいリズムが心地いい。


ピザをひと切れ手に取りながら、沙織が言った。


「それにしてもさぁ、ユキの営業スマイル、すごくない?」


隣で、いつもの無表情で柚子レモンサワーを飲んでいたユキが、ちらりと視線を向ける。


「うん、すごいと思う。あの変わりようは……」

メイが相槌を打つと、沙織がニヤリと笑う。


「じゃあ、スマイルいってみようか。さん、にー、いち、どーぞ!」


無茶振りにも関わらず、ユキはスッと顔を正面に向けて、

にこっ。


……ただし、口角だけ。目は完全に無。


「なんか、違くない?」と詩音が笑いながら首をかしげる。


「……本番じゃないと、無理」

すっと笑顔を引っ込めて、平常運転に戻るユキ。


「ある意味、プロフェッショナルだ……」

沙織のコメントに、詩音とメイが吹き出した。



五品目 香るにんにく醤油のメカジキのステーキ。


ふっくら焼き上げたメカジキに、とろりと絡む香ばしいにんにく醤油のタレ。

食欲をくすぐる香りがふわりとテーブルに広がった。


店内に流れ始めたのは、Totoの「Africa」。

デヴィッド・ペイチの歌声が空間にほどよい深みを与えてくれる。


「このメカジキ、お酒が進むわね」

冷酒をお猪口で口に含みながら、京子がぽつり。


「京子ちゃんって、日本酒とかすごく似合うわよね」

向かいの席の淳子が、微笑みを浮かべながら応じる。


その斜め前、美智子が白ワインを一口飲んでから、ふと尋ねた。


「そういえば淳子さん、敦子さんの後輩だったんですよね?」


「そう、吹奏楽部のね。敦子先輩、トランペットのパートリーダーだったのよ。すっごくカッコよかったの」


「何言ってんのよ〜淳子ったら」

照れたように笑いながら、敦子が肩をすくめた。


「たしか……麗佳社長も吹奏楽部でしたよね?」

と、美智子。


「そうなのよ」

と、敦子は少しだけ目を細めて話し出す。


「弱小だった部を、全国大会金賞に導いたカリスマ部長。私たちは後になってから知り合ったけどね」


「後になって……?」

美智子が首をかしげる。


「ええ。“ブランシェ”っていう、吹奏楽部のOG・OBが集まった楽団があってね」


懐かしそうな目で天井を見ながら、敦子は続ける。


「高一の文化祭でその演奏を聞いたの。体育館でね。“半月の舞姫”っていう曲。冒頭のトランペットがすっごくカッコよくて……それで、私、心を奪われたの」


その表情に、テーブルの誰もが耳を傾ける。


「もう、絶対卒業したらブランシェに入るって決めたわ」


「淳子さんも、その演奏を?」と京子。


「私は入学前だったから聞いてないけど……その演奏がきっかけで、卒業後に入った先輩も多かったそうよ」


「へえ……素敵な話ですね」

と、美智子が感嘆の声を漏らす。


「まさに、運命の出会いって感じよね」

敦子が、ワイングラスを指先でくるくると回しながら言った。


「麗佳さんと出会って、誘われて、こうして一緒に働いてるなんて、あの頃は想像もしてなかったけど」


「人と人の縁って、不思議ですよね」

京子がぽつりとつぶやく。


その言葉に、美智子の視線がふと泳いだ。

──頭に浮かんだのは、広瀬 梓。カフェ・ル ルポ・ド・ニーチェで初めて会ったときの、あの姿。


(人の縁、か……)

グラスを傾けながら、美智子はそっと目を伏せた。



六品目 ローストビーフ デミグラスソース添え


PAROのチーフ特製デミグラスソースは絶品。濃厚なのにくどくなく、後を引く美味しさ。

しっとり柔らかいローストビーフにたっぷり絡めて、付け合わせのマッシュポテトとも相性抜群。


アルバイトチームは、さすがに若さ全開の食欲だ。ミホがローストビーフを頬いっぱいに詰め込みながら、「これ、ヤバい! ヤバすぎる!」と連発している。


「ミホちゃん、さっきから“ヤバい”しか言ってないよ」

虹香がローストビーフを取り分けながら笑うと、隣の亜里沙も「うん、ミホちゃん、絶対食レポ向いてないよね」と追い打ちをかける。

「だって本当にヤバいんだもん!」


ミホはモグモグしながら必死に弁解。

その様子に、バイトチームのテーブルから明るい笑い声がはじけた。



BGMが、NENAの「99 Luftballons(ロックバルーンは99)」に変わった頃。

詩音たちの席では、いつの間にか「栞事件」の話になっていた。


「あの時、ホントどうなるかと思ったよ」

沙織がグラスを片手に振り返る。


「明美ちゃんが“電車止まってる”って言った時は、びっくらこいた……」

柚子レモンサワー四杯目のユキが、淡々とつぶやく。


「……こいた? ユキ、飲み過ぎじゃない?」

沙織が笑いながら突っ込む。


「でも、あの時、梓ちゃんがいてくれたから、なんとかなったんだよ」

詩音がぽつりと言う。


「梓ちゃん? ああ、あのバイクの子ね」

「うん、もう神様かと思ったもん。マジで」


「でもさ……なんか、もう昔のことみたいだね」

メイの言葉に、ふと間が空く。


「いろいろ、忙しかったからねえ」

沙織がしみじみと返すと、


「時は金なり。タイムイズオーバー、オーバー・ザ・レインボー……」

と、ユキが遠い目で言い出した。


「……ユキ、大丈夫? 詩音化してるよ?」

沙織が笑う。


「ちょっとー! それ、どーゆー意味!」

詩音がツッコミを入れると、みんながどっと笑った。

メイも、くすっと笑ってグラスを傾ける。


和やかに、賑やかに──まだまだ送別会は終わらない。



ここまで読んでくださってありがとうございます!

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