表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/147

第73話 新しい一歩の、はじまり


グランドオープンフェアが終わって、二日目の午後。

九月になってしばらく経つけど、外はまだまだ夏の暑さが残っていた。


メイはネイビーの夏スーツに身を包み、大きめのトートバッグを肩にかけて、公園の中を歩いていた。

午前中はふれあい文学館でいつもの仕事。午後からは、カフェ・ラフォーレ リーヴルスに向かう予定になっている。


スーツは少しだけカジュアル寄り。職場には違いないけれど、カフェの空気にはそのくらいのゆるさがちょうどよかった。



スタッフ用の通用口から「おはようございます」と声をかけて中に入ると、ちょうど沙織が休憩中だった。手にしたおにぎりを、もぐもぐと頬張っている。


「──あ、沙織さん。お疲れさまです」

「メイちゃん、おはよう。今日はこれからこっち?」

「はい。グランドオープンフェアの報告書を書かないといけなくて」

「それはそれで、また大変ねぇ」

「お昼、まかないじゃなかったんですか?」

「うん。たまにはお米、食べたくなるのよ」


そう言って、おにぎりにもうひと口。メイはなんとなく見とれてしまう。


「おいしそう……中身、なんですか?」

「ミートボール」

「へぇ〜!ボリュームありますね」

「ふふ。カフェスタッフは体力勝負よ!」


そんなやりとりを交わしながら、メイは「じゃあ、失礼します」と軽く会釈して、店内へと向かっていった。


店内に入ると、ちょうどお昼の混雑がひと段落したところらしく、ほんの少しだけ空気がゆるんでいた。

ホールには静かな会話とコーヒーの香りだけが残っている。


ふと視線を向けると、店の奥。詩音が、美智子さんと向かい合っていた。

美智子さんはタブレット片手に、店内を指差しながら何か説明している。詩音は、真剣な顔でそれを聞いていた。


──頑張ってるな、詩音も。


そう思いながら、メイは静かに奥の展示エリアへと向かっていった。



展示エリアは、グランドオープン仕様の華やかさから、いつもの静かな展示スタイルに戻っていた。


メイは奥のパーテーションで仕切られた小さなスペースに入り、椅子に腰を下ろす。

ここは、スタッフ用の控え室ではないけれど、メイが作業をするときによく使っている“ひとりの場所”だ。


バッグからノートパソコンを取り出し、引き出しの中から必要な資料を引っぱり出す。

役所や文学館との連携もある関係で、報告書の作成は地味だけど欠かせない仕事のひとつ。


──めんどうだけど、ちゃんとやらなきゃ。

そう思いながら、パソコンに向かってキーボードを叩き始めたそのとき。


「お疲れさま〜」


ひょこっとパーテーションの上から詩音が顔をのぞかせた。


「あ、詩音。お疲れさま」


「今、大丈夫?」


「うん。詩音は休憩?」


詩音はニコニコしながら、するりと中に入ってくる。


「うん。美智子さんに、こってり搾られてるよ〜」


「そんな感じだったね。さっき、見てたよ」


「あら、見てたのね〜」


おどけた口調で言いながらも、詩音は少しだけ真面目な顔になる。


「でもさ、話を聞いてると──美智子さんとか、本当に大変だったんだなって」


「うん。あの人、ほとんど全部仕切ってたもんね」


「うん。だけど、来週にはいなくなっちゃうんだよね。

ーー美智子さんも、京子さんも……」


そう言ったあと、詩音はふと視線を落とした。

いつもはにぎやかな彼女の顔に、ほんの少しだけ影が差す。


「そっか。オープンまでの応援スタッフだったもんね」


「うん。残るのは、沙織さんと、ユキちゃんと、わたしの三人だけ」


「今日も半分しかいなかったもんね」


「うん……なんか、ちょっと寂しくなるな〜」


ぽろっとこぼれたその一言。

しんとした空気が、ふわっとメイの胸にも入ってきた──と思ったら。


「──そこでね!メイちゃん!!」


「うわ、どうしたの?」


急にぱっと顔を上げた詩音。

突然のテンションに驚くメイに、満面の笑みで迫ってくる。


「送別会、開こうと思うんだ!」


さっきまでのしんみりした空気はどこへやら。ドヤ顔でこちらをじっと見つめてる。


──そのドヤ顔はすごいけど…


「送別会かぁ。いいね、それ」


「でしょでしょ!あとで店長に相談してみようかと思って!」


「でも、いつやるの?」


「来週の月曜!あのAIシステムなんとかの関係でさ、午後は半日営業になるじゃん?」


「ああ、なるほど。そこなら時間取れそうだね」

「でしょー!」


すっかりウキウキモードの詩音。


「あ、ごめんごめん。仕事中に。

  メイちゃん、今日って何時まで?」


「えっと…… 五時までかな」


「わたしも早番だから、どこか寄ってかない?ご飯でもいいし」


「うん、いいよ」


「やったー!じゃあ、またあとでね!」


言うが早いか、詩音はスキップでもしそうな勢いで去っていった。


メイはその背中を見送りながら、ふっと小さく笑う。


──送別会かぁ。なんか、ちょっと楽しみだな。


◇◇◇


夕方。

ラフォーレを出た二人は、並んで矢鞠駅の方へと歩いていた。

風が少し涼しくなってきて、ほんのり秋の気配が混じっている。


「店長に話したらさぁ、『ふふ、ラフォーレ主催じゃなくて、個人の集まりってことでしょ? それなら全然かまわないわよ』って言ってたよ〜」


詩音は、柔らかく優しげな口調で、鈴原店長のモノマネをしながら話す。


「……似てないなぁ」

クスッと笑いながら、メイがつっこむ。


「まあでも、会社が主催ってなると、いろいろ面倒だからね」


「そうそう。美智子さんにも話したんだよ。そしたら、『分かった。ありがとう。京子さんたちにも伝えておくよ』って」


今度は美智子のつもりで、やや低めの声と表情で再現してみせる詩音。


……が、あまりの似てなさに、メイは思わず吹き出す。


「詩音、モノマネ、下手すぎ」


「およよ。そうかなぁ〜?」


二人で笑いながら、ゆっくりと歩く。


ひとしきり笑ったあと、メイがふと聞いた。


「……で、場所はどうするの?」


「店長がね、知り合いのお店に聞いてくれるって。でね、そのお店がすごいの! 飲み放題で、しかも──」


勢いよく語り始める詩音。

メイは「それはすごい!」と相づちを打ちながら聞いていた。


夕暮れの街に、楽しげな二人の声がやわらかく響いていた。


◇◇◇


翌日の朝。

ラフォーレ・リーヴルスの更衣室。

壁に、一枚の手書きポスターが貼られていた。



\ 送別会のお知らせ /

9月16日(火)16:00から

場所:アメリカンバー PARO(貸し切りだよ!)

会費:5000円(飲み放題で時間無制限なり!)

幹事:沙織ちゃん

会計:ユキちゃん

総監督:わたし

自由参加でーす。希望者は、わたしまで!



「……いつのまに、幹事になってるのよ」

ポスターを見つめながら、沙織がぼそりとつぶやく。

その隣でユキも、「会計……知らなかった」と小声でつぶやいた。


「“わたし”って、すぐ分かりますよね」

と、明美が苦笑まじりに言うと、沙織が返す。


「こんなテンションで書くの、詩音しかいないでしょ……」


思わず三人、吹き出してしまう。


「でも、なんか……うれしいです〜」

明美がちょっと照れくさそうに笑った。


そこへ、「おはよー!」「おはようございます」「なになに? これ〜?」

と、次々にアルバイトの子たちがやってきて、

更衣室は朝からにぎやかな空気に包まれていった。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ