第66話 繋がりゆく、記憶たち
中央高速道路。
麗佳はセージグリーンのボルボを走らせていた。
行き先は山梨県にある、ある企業の本社。新規事業の打ち合わせに向かう途中だ。
走行車線を淡々と進んでいたとき、隣に並んだミニバンがふと視界に入った。
後部座席にいた小さな女の子が、窓のこちらをじっと見つめている。
目が合った、その瞬間。女の子はにぱっと笑って、小さく手を振った。
麗佳の口元が、自然とほころぶ。
そして――その笑顔が、ある記憶の扉を静かに開いた。
***
あの日も、たしか、穏やかなお昼だった。
奏恵の家を訪ねると、玄関先からすでに騒がしい気配がしていた。
「お邪魔しまーす」と声をかけて中に入ると、リビングはまさにてんやわんや。
裕子も二人の娘を連れて来ていて、奏恵と二人、四人のちびっこたちに翻弄されていた。
「いらっしゃい、麗佳。ちょっと手、貸して!」
奏恵は、次女・マイのおむつを替えながら顎でリビングの奥を指す。
その先では、長女のメイがフォークでスパゲティを巻こうとして、思いっきりこぼしていた。
その横を、裕子の次女・詩音がキャッキャと笑いながら走り回り、裕子が必死に追いかけている。
いちばん上の歌音だけが、お行儀よくスパゲティを食べていた。
「まあまあ……」と苦笑しながら、麗佳はまずメイのこぼしたパスタの処理に取りかかる。
その様子を見ていたメイは、恥ずかしそうに奏恵の足に隠れた。
「メイ、麗佳おばちゃんに、ご挨拶は?」
「……おばちゃん、かよ」
思わず小声でつぶやいた麗佳に、詩音をようやく捕まえた裕子が笑って言う。
「まあ、私たちもそういう歳ってことよ」
恥ずかしさで固まってしまったメイに、「大きくなったね」とそっと声をかける。
すると、詩音が近づいてきて、ちょっと得意げに言った。
「おばちゃん、こんにちは!」
「こんにちは、詩音ちゃん」
笑顔でそう返すと、釣られるように、メイもそろりと近づいてきた。
「……こんにちは」
はにかんだその目元が、まるで奏恵そっくりだった。
***
ミニバンはスーッと加速し、麗佳のボルボの前方へと消えていった。
もう後部座席の女の子は見えない。
「……いい加減、戻らなきゃな」
ひとりごとのように呟いて、麗佳は再びハンドルを握り直した。
◇◇◇
裕子は自宅の仕事部屋で、雑誌のコラムの仕上げをしていた。
そんな時、ドアをノックして歌音が顔を出す。
「お母さん、私のラフォーレの招待状ってどこ置いたっけ?」
「歌音、今日は仕事休みなの?」
「うん、昨日のイベントで出たから今日は代休。ちょっと確認しておきたいことがあって」
「……それなら、レターボックスの横の棚で見たわよ」
「あ、そっか、ありがとう。仕事中ごめんね」
そう言って歌音はドアを閉めた。
ふっと笑って、デスクに立て掛けた赤い封筒に目をやる。
カフェ・ラフォーレリーヴルス、グランドオープンセレモニーの招待状。
少しの間、仕事の手を止めて封筒を見つめていた。
ふと、デスクの引き出しの奥の方から、別の封筒を取り出す。
かなり古い封筒。切手は貼られているが、消印は押されていない。
あの日……葬儀が終わったあと、奏恵のご主人から手渡された一通の手紙。
中の便箋を取り出す。かわいい便箋に奏恵の丸っこい文字が綴られていた。
笑みを浮かべながら目を通す裕子。
最後のひと言。
『……だから、私が退院するまで、麗佳のことを頼むね。』
「……いつまで頼まれたらいいのよ」
裕子は、遠い笑みをした。
手紙をしまい、引き出しに戻す。
「早いとこ仕上げなくっちゃ……」
裕子は再びキーボードを叩き始めた。
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