第63話 Laugh & Silence
ソフトオープン翌日の、カフェ・ラフォーレ リーヴルス。
朝から若手スタッフたちは大騒ぎ。
「ねえ見て見て、これオンスタに載ってる!」
「#ラフォーレリーヴルス」で検索すると、来店客らしき投稿がずらり。
みんなそれぞれスマホを片手に、見せ合っては「これ可愛い〜!」「これ、うちら写ってない?」と大はしゃぎ。
まるで女子高の休み時間みたいなにぎやかさ。
「Yatthooニュースにも出てましたよ!」と、アルバイトのミホ。
「え、マジで!?」「急上昇ワードにも入ってるってー!」
拍手と歓声が起きる。
公式オンスタグラムにも、スイーツやコーヒー、キッシュの写真、店内の雰囲気、働くスタッフの姿がずらり。
「これ、誰が撮ったの?」と沙織。
「本社から来てたみたいですよ」
明美がスマホを見ながら答える。
「そういえばいたよね、カメラ持った、それっぽい人」
詩音がそう言って、スクロールしていた指を止めた。
「あ、これ!」
画面に映っていたのは、詩音とメイの制服ツーショット。
詩音はばっちり笑顔、メイは少しはにかんだような表情。
「わ、メイちゃん可愛い〜!」
「うわっ……オンスタに自分の写真載ったの…初めてかも」
顔を赤くして俯くメイに、詩音は「じゃあこれ、永久保存ね!」とにやにや。
一方、沙織はユキと昨日来ていた高校生たちとのスリーショットを発見。
「……あ、これ見て」
沙織がスマホを差し出す。画面には、昨日来ていた無表情な高校生ふたりとユキのスリーショット。
「昨日の子たちだよね?」
写真の中、ふたりの高校生は控えめに笑っていて、その横でユキは驚くほど朗らかな笑顔。
「……ユキ、めっちゃ笑ってるじゃん」
「これ、営業用の顔。撮られそうだったから」
ユキは相変わらずの無表情で、さらっと言う。
「……そういうとこ、すごいよね。ほんと」
沙織は感心するばかりだった。
「鈴原店長って、ほんとキレイだよね」
「うん、でも実物のほうがもっとキレイ」
「てか、柳森さんとのツーショット、ヤバくない?」
「ヤバいヤバい、雑誌の表紙みたい〜!」
「あ、この沙織さんも可愛い〜!」
バイトのくるみがスマホを差し出し、みんなが一斉にのぞきこむ。
「いや、それほどでも……ってか、店長と柳森さんの後に私の名前出さないで〜!」
沙織は顔を覆ってうずくまり、まわりは大爆笑。
一方そのころ、窓際のカウンター席。
お姉さんチームの京子は静かにその様子を見ていた。
「みんな楽しそうよね。私、SNSとか、あまり見ないんだけど……」
京子がぽつりと言って、隣の志麻を見る。
志麻は真剣な顔でスマホを見つめていた。
「私は、案外チェックしてるわよ」
志麻はさらりと答える。
「へぇ〜、そう?……意外ね」
京子が目を丸くすると、志麻は肩をすくめた。
そう言いながらもう片方を見ると、そこでは美智子がスマホ画面を見つめながら、何やらぶつぶつ。
「誰だよ、こんな写真あげたの……」
スマホを見つめながら、小声でぼそっとつぶやく美智子。
不意をつかれて、慌てて作った笑顔、どう見ても変顔だ……。
誰も見つけないように…との願いもむなしく、
「美智子さんも写ってます〜!」
すぐ隣から、無邪気に明美の声。
「……勘弁してよ、ほんと」
美智子は顔をしかめ、そっと頭を抱える。
そんな賑やかなやりとりを見守りながら、京子はクスッと笑った。
そのとき、にこやかにフロアへ入ってくる鈴原店長。
「すごい反響ね。みんないい感じに写ってるわよ」
「ですよねー!」
声をそろえるスタッフたち。
「じゃあ、そろそろ昨日の反省会、始めましょうか」
わらわらと、みんなが席に集まり始めた。
——そのころ。
本社の社長室のデスクで、草薙麗佳が新聞を読んでいた。
ル ポ ドゥ レヴ・コーポレーション本社。
所在地は横浜市のソレリア北駅。
近年、再開発が進み、駅周辺には大型商業施設やオフィスビル、タワーマンションが立ち並ぶ。歩道には街路樹が続き、少し歩けば緑豊かな公園もある、ほどよく洗練された街だ。
ふたつの地下鉄が交差する拠点駅でもあり、都心へのアクセスも良好。
その駅から徒歩5分の場所に、本社ビルがある。
草薙が数年前に購入し、全面改装を施した5階建てのビル。外観はコンクリート打ちっぱなしを基調に、ところどころレンガをあしらったブルックリンスタイル。控えめながらも、確かな美意識が感じられるデザインだ。
社長室は5階にある。
白いレンガ壁に木目のデスク、革張りのソファ。天井の配管はあえてむき出しのまま、無骨な中に温かさのある空間だ。観葉植物が控えめに置かれ、窓際には小さなラウンドテーブルと椅子。落ち着いた色合いで統一された、静かで整った部屋。
麗佳は静かに新聞をめくっていた。
紙面には、草薙麗佳のインタビュー記事が写真入りで大きく掲載されていた。
見出しには、太字でこうある。
『本は、終わらない』
記事には、こう記されていた。
「紙の本は、もう古い——誰もがそう言い始めている。
だが、ページの手触り、沈黙の時間、読んでいる人をそっと包む空気——
それらすべては、まだこの世界に必要だ。
ブックカフェ『ラフォーレ・リーヴルス』は、そんな思いから生まれた……」
「本は、終わらない……か」
麗佳は、ふっと短く息を吐き、新聞を静かに閉じる。
それをデスクの端に、音も立てずにそっと置いた。
スマホを取り出し、SNSをチェックする。
ここにも、たくさんのラフォーレの記事が流れていた。
スイーツやコーヒー、制服姿のスタッフたち。
その生き生きとした姿に、わずかに目を細めた。
──トントン。
そんなとき、社長室のドアが控えめにノックされる。
「失礼します」
静かに入ってきたのは、秘書の浜岡理子だった。
浜岡理子。前任の鈴原敦子が『カフェ・ラフォーレ リーヴルス』店長として異動したことに伴い、後任として抜擢されたのが理子だった。
以前は、品川にある系列店『カフェ・ル・ジャルダン・デ・リスト』の店長を務めていた。
理子の視線がデスク横の新聞に触れる。
「記事、もうご覧になってましたか」
「……ああ」
「SNSでも話題になってます。反響、すごいですよ」
麗佳は少しだけ視線を落とし、理子の言葉を噛みしめるように静かにうなずいた。
「……理子のおかげだな」
すぐに小さく首を振って、静かに言った。
「いえ、私はただ、昔の知人に少し声をかけただけで……。何もしてません」
麗佳はわずかに目を細めると、ことさらに穏やかな声で言った。
「いや……ありがとう」
理子は一礼し、踵を返しかける。
……その背に、草薙の声が届いた。
「……理子」
ぴたり、と歩みが止まり、彼女が振り返る。
麗佳は少しだけ表情を和らげて、問いかけた。
「今の仕事、どうだ?」
「はい。……楽しくやらせてもらってます」
「そうか。それはよかった」
理子は、ふっと目を細めるように微笑んだ。
「まさか、麗佳さんとこうして一緒に仕事ができるとは思ってませんでした」
そう言って、再び静かに一礼し、社長室を後にする。
扉が閉まると、室内にはふたたび静寂が戻った。
麗佳はわずかに息を吐き、手元のスマホに目を戻す。スクロールしていたSNSの画面。
ある写真に、ふと指が止まる。
詩音と、もう一人のスタッフのツーショット。ラフォーレの制服を着て並ぶその写真…
──平瀬 メイ。
ぽつりと、その名前を声にした。
そして、目を伏せるようにスマホを伏せ、ゆっくりとデスクの脇に視線を移した。
そこには、数枚の写真が立てかけてある。
笑顔で肩を組む社員たち。
その隣には、かつて吹奏楽団「ブランシェ」でともに奏でてきた、若き日の仲間たち。
一番手前には、小さな1号店の外観写真。
そして——
わずかに光の届かない奥の、影になった場所。
色褪せた一枚の写真。
大学時代、「ブランシェ」の演奏会のあとに撮ったスリーショット。
写真の中の三人は、黒のボトムに白いブラウスを着て並んでいた。
胸元には、ブランシェのマークが小さく刺繍されたピン。
クラリネットを持った裕子は落ち着いた笑みを浮かべ、麗佳はテナーサックスを横に構え、少しだけ得意げに立っている。その真ん中には、麗佳に少し寄りかかるようにして立つ奏恵が、はじけるような笑顔でオーボエを抱いている。
写真立ての縁を指でそっとなぞる。
そこにあるのは、もう二度と帰らない“時間”だった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!




