第59話 走り出す!オープンへ
8月28日、朝。
連休明けのカフェ・ラフォーレ リーヴルスには、久しぶりに少しだけ緊張感のある空気が流れていた。
カフェフロアには制服姿のスタッフたちがぽつぽつと集まりはじめ、それぞれが身だしなみを整えたり、おしゃべりをしたりしている。メイも、きちんと制服に袖を通し、入口近くで落ち着いた表情で待機していた。
「おはよう、メイちゃん!」
元気な声とともに、詩音が駆け寄ってくる。笑顔は、いつも通り全開。
「おはよう」
メイが小さく返すと、詩音はぴょこんと前に立って、言った。
「昨日さー、あのあとさ、嬉しくてずっと入ってゴロゴロしてた〜!」
「え?」
思わず聞き返すメイ。
詩音は、満面の笑みで続ける。
「ほら、買ったじゃん、寝袋!
あれね、部屋に帰ってから開けて、そのまま中に入って、ずーっと転がってたの! 横に、右に、左に、くるくる〜って!」
その様子が目に浮かび、思わず笑ってしまうメイ。
……でも、実は私も、帰ってすぐ寝袋に潜って、そのまましばらくじっとしてたんだった。
何がそんなに嬉しいのか、自分でもよくわからなかったけど。
──そんな自分を思い出し、ふふっと苦笑いに変わる。
「早くキャンプ行きたいな〜」
詩音がふと、遠くを見るような目で言った。
けれど、すぐに「いやいや」と首を振る。
「……でも今はおあずけ! グランドオープンまでは封印!」
「うん。まずはそこ、だね」
お互いに軽くうなずき合う。
「……がんばろう」
「うん、がんばろっ」
ふたりの声が重なったそのとき、美智子の声がフロア全体に響く。
「そろそろミーティング始めるよー!」
メイと詩音は顔を見合わせて、笑みを交わしながら、そろって歩き出した。
◇◇◇
カフェフロアは、ミーティング用にテーブルと椅子が再配置され、スタッフたちはそれぞれ好きな席に腰かけていた。
制服姿で集まるその様子には、日常とちょっとだけ違う緊張感が漂っている。
「おはようございます。では、ミーティングを始めるわね」
鈴原店長の柔らかな声で、朝のミーティングが始まった。
「まずは、今後のスケジュールの確認から。グランドオープンまで、一週間ちょっととなりました。みんな、気合い入れていきましょうね」
ホワイトボード代わりに設置された電子掲示板に、日程が表示される。
「9月1日は、地元のテレビ局が生中継に来る予定。お昼の番組だから、早めに準備しておいてね。
そして9月3日は、ソフトオープン。抽選で招待したお客様を迎えます。
そして、いよいよ9月6日がグランドオープン本番です」
軽くざわめくスタッフたち。
緊張も、期待も、みんなの中に確かにある。
「さて、今日の作業についてだけど――レセプション後の反省会で出た課題をもとに、新しく用意したPOPの設置、それから作業動線の再確認をお願いします」
鈴原店長は少し間を置いて、ふと思い出したように言葉を続けた。
「それから……これはグランドオープンとは直接関係ないけれど、先に話しておくわね」
スタッフたちの視線が集まる。
「近々、店内の本の管理をデジタルとAIで行う新システムの稼働が予定されています。
……みんな、本の背に貼ってあるシール、気づいてた?」
「え、あれって……ただのラベルじゃないんですか?」と明美。
「実は中にICチップが仕込まれていて、どの本がどこにあるか、どれくらい読まれているかが、手元の端末でわかる仕組みになってるの」
「図書館みたい……!」とくるみ。周囲から小さなどよめきが起きる。
「そうね。でも、ただの管理だけじゃなくて、おすすめの本の表示とか、アプリと連動してパーソナルな提案もできるようになるそうよ。
本社の意向で、“近未来型ブックカフェ”のモデル店舗にしていく方針なの。実際、連休中に本社のシステム部門のスタッフが来て、設置工事をしていたの」
「えっ、あの連休に? 知らなかった」と沙織。
確かに、棚に取り付けられた電子ペーパーのような表示パネルや、天井の出っ張りが気になっていた。
「あれはカメラよ。さりげなく設置してるから、気づかないでしょ。棚ごとの閲覧状況を分析するために使うの。
解析は棚ごとの“混み具合”を見る程度。個人は特定しないから安心してね」
「……システム部門って、あるんですね?」とアルバイトのミホがつぶやく。
「あるのよ。小規模だけど、すごく優秀な部署よ。もともとは別会社だったんだけど、麗佳社長とそこの社長が協力関係になって、そのままグループに入ったの」
鈴原店長は、ほんの少しだけ目を細めた。
「ブックカフェ向けのオリジナルシステムのプロトタイプが、いまちょうど形になってきたところ。
まずは棚単位の閲覧傾向や滞在時間の目安を可視化するところから。将来的にアプリ連携で“おすすめ”を出す予定よ」
「すごいね〜」とざわつくスタッフたち。
「まあ、今すぐ私たちが何かするわけじゃないけど、そのうち、それが日常になると思うわ。
……とはいえ、まずは目の前のグランドオープン。現場の完成度が、未来の土台。 ね?」
そう言って鈴原店長は、ぱん、と手を叩いた。
「ということで、今日はPOPと動線確認、よろしくお願いします。じゃあ、持ち場に分かれて!」
スタッフたちが立ち上がり、それぞれ作業へと散っていった。
◇◇◇
その日の夕方。
仕事を終えた梓は、パソコンをシャットダウンし、椅子にもたれかかる。
そのとき、スマホが短く震えた。
グループRain――メイからのメッセージだった。
「9月6日のグランドオープン、来てね」
添付されていたのは、電子招待状。
開くと、そこには「広瀬梓 様」の文字。優先入場の案内だった。
その直後、続けて詩音からのメッセージ。
「私の晴れ姿、見てほしいー!来ないと、逮捕しちゃうぞっ!」
画面を見つめていた梓は、思わず小さく吹き出した。
「……ったく。どんな罪だよ」
呆れたような、でもどこかあたたかい笑みを浮かべて、梓はスマホに手を伸ばし、短く返事を打った。
『わかった、行くよ』
送信の瞬間、メッセージがふたつ同時に返ってくる。
「やったー!」
「よろしくねっ!」
窓の外から差し込む夕日が、ふわりと部屋を照らす。その光は、ほんの少しだけ、いつもより眩しく感じられた。
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