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第51 話 ラフォーレ リーヴルス、内覧会


内覧会 当日——


AM 7:40|更衣室にて


「おはようございまーす!」


扉が開くたびに、明るい声とともにスタッフが続々と更衣室へ。

掛け合いの笑い声、開いたロッカーの扉、ジャージを取り出す音――

少し早めの朝なのに、空気はなんだか活気にあふれている。


「なんかさ、今日から始まるって感じしない?」

沙織が、畳んだTシャツを手に取りながら言った。


その隣で、詩音もジャージの袖を通している。


「うん。なんか、ドキドキしてくるよね」

「でも――楽しみ。早くこのお店、みんなに見てもらいたいな」


そう言って、詩音はニコッと笑った。



AM 8:00|カフェのフロアにて


カフェスタッフたちが、ジャージ姿でカフェフロアに続々と出てくる。

掃除用のクロスを手にしたり、床を軽くモップがけしたり、開店前らしい慌ただしさと空気の温度が混ざり合っていく。


その中に、ひとり――ビシッとしたスーツ姿のメイが、店内に入ってきた。


内覧会は、公式な行事。

矢鞠市ふれあい文学館の代表として参加するメイは、濃紺のシンプルなスーツに、薄いブルーのシャツを合わせていた。

髪はいつもよりきちんとまとめられていて、足もとはローヒール。どこから見ても“きちんとした人”。


「うわっ、メイちゃん、なんか……秘書課って感じじゃん!」


すぐに気づいた詩音が、笑いながら声をかける。


「え、なにそれ……やめてよ、照れるって」


メイは思わず鞄を持ち直して、むずがゆそうに返した。


その隣で、ユキがぽそっと言う。


「……私が男なら、惚れそうです」


「え、それはなんか、嘘っぽい」


沙織がすかさずツッコミを入れる。


それを聞いた詩音が、ぷっ、と吹き出す。メイもつられて吹き出した。



AM 9:00|ただいま準備中


「10時までにセッティング、終わらせるよー!」


美智子の声が店内に響いて、スタッフたちの動きにも少し勢いがつく。


厨房では、トレーに並べられたキッシュやサンドイッチが、

小さなごちそうみたいにきれいに整えられていく。


フロアでは、掃除を終えたばかりのテーブルを、

立食パーティー用に並び替えるスタッフの姿があちこちに。


そんな中、詩音と沙織は、店の奥でマイクスタンドの位置を調整していた。


「詩音、もうちょい左寄せてー」

「このくらい?」


詩音がスタンドをぐいっと動かしたその瞬間。


ぐらっ。


「あっ……わっ!」


マイクスタンドが傾いて、ガシャッと音を立てる寸前——

詩音の足がスッと出て、ぎりぎりのところで止めた。


「……セーフ」


その姿に、まわりから拍手が起こる。


「……ナイス足技」

すぐそばで見ていたユキがぽつり。


「そのへん、なんだか超一流だよね。ほんと」

沙織が、ちょっと感心したように笑う。


「えへへ〜、ありがと〜」


詩音はスタンドを立て直しながら、ちょっと得意そうに笑った。



AM 9:20|展示エリアにて


店内では、準備がぐんぐん進んでいた。

フロアのテーブルは立食スタイルに組み直され、キッチンからはコーヒーの香ばしい香り。

スタッフたちはまるで合図を決めていたかのように、自然と持ち場について、テキパキと動いている。


そのタイミングで、入り口のドアが開いた。


「みんな、今日はよろしくね!」


柳森さんが、ふわりとした笑顔で店内に入ってきた。

軽く手を振りながら、そのまま展示エリアの奥へ向かってくる。


そこでは、メイがリーフレットの束をそろえたり、案内用の掲示物を微調整していた。


「おはよう、平瀬ちゃん」


「あ、おはようございます」


顔を上げて、メイが軽く頭を下げる。


「それにしても……ほんと、相変わらずみんなてきぱきしてるわね」

柳森さんが、展示の端に目をやりながら言う。


「ですよね。ここのスタッフ、ただ者じゃないですよ」


メイが、掲示物の角を直しながら笑う。


「ほんとね。フォーメーションというか、阿吽の呼吸というか――

誰が指示してるわけでもないのに、ぴたりと動きが揃ってる。

さすが、各店舗から集められた精鋭だなって、改めて思うわ」


「そうですね」


メイは、展示パネルの位置をもう一度だけ見直してから、ふっと息を吐いた。



AM 10:00|最終ブリーフィング


「全員、カフェフロアにお願いします」


鈴原店長の声で、スタッフたちが集まってきた。

カウンターの奥から、厨房から、展示エリアから――

カフェ・ラフォーレ リーヴルスの立ち上げを支えてきたメンバーが、ひとつの輪になって並ぶ。


内覧会直前の最終ブリーフィングが始まった。


まずは美智子が、今日の流れを手際よく説明していく。

受付、案内、展示の説明、軽食ラウンドのタイミング。

それぞれの立ち位置と役割、来賓の中でも要注意の人物……。


「段取りはちょっと複雑だけど、気を抜かずに。

しっかりやっていこう。大丈夫、いつも通りでいいからね」


美智子の言葉に、背筋がすっと伸びる。


続いて、鈴原店長が一歩前に出る。


「ありがとう、美智子ちゃん。……さて、みなさん」


その声は、いつものやわらかさと芯の強さが同居していた。


「今まで、皆さんが一生懸命作ってきたこのお店――

カフェ・ラフォーレ・リーヴルスが、今日からいよいよお披露目になります。

内覧会ということで、お偉い方々もいらっしゃいますが……

皆さんには、いつものように、楽しくやっていただければそれで十分です」


どこかふわりとあたたかくて、それでいて引き締まる空気がフロアを包んだ。


その言葉を聞きながら、メイは思った。


(この二ヶ月……ほんとに、あっという間だったな)


不安だった。うまく立ち上がるのか、途中でなにか大きなミスが出ないか。

でも、そんな心配は必要なかった。


さすが、各店舗から選ばれてきた精鋭チーム。

スケジュールをどんどんこなして、気がつけば、もうここまで来ていた。


(ほんとに、すごいチームだ)


メイは思い浮かべる。


筆頭は、もちろん鈴原店長。

そのすぐ横には、リーダーシップの塊みたいな美智子さん。

華があって、ちょっと抜けてるけど場の空気を明るくしてくれる詩音。

何気ないところでちゃんと目を配っている沙織さん。

本の知識なら右に出る人はいないユキちゃん。

そっと空気を和らげてくれる、穏やかな京子さん。

どんな時でも落ち着いている志麻さん。

ぽわっとした顔して、実は誰よりも動きが速い明美ちゃん。


(私はカフェスタッフじゃないけど――

この場所で、この人たちと一緒にやってこれたこと、きっとずっと忘れない)


「……では、詩音ちゃん――いえ、小豆沢副主任。一言どうぞ」


鈴原店長がにこっと笑って、詩音にバトンを渡した。


「じゃあ……もうちょっと寄って〜」


詩音が真ん中に手を差し出す。


そして、なぜか真顔で一言。


「カメレオンには、負けないように!」


……一瞬の静寂。


「……?」


ぽかんとした空気が流れたそのとき、ユキが口を開く。


「たぶん、“今日は役割が頻繁に入れ替わるけど、みんな柔軟に対応してがんばろう”って意味かと……」


「あたりー!」


ドヤ顔でうなずく詩音。


「ユキはこれから、詩音の専属通訳だね」


沙織があきれ半分に笑うと、輪の中にふわっと笑いが広がった。


詩音の差し出した手に、次々と手が重なる。

メイも、その上にそっと手を添えた。

柳森さんも、鈴原店長も、その輪に笑顔で加わっていく。


「ラフォーレ、いくよー!」


詩音の声が、空間いっぱいに響いた。


「おーっ!!」


フロアが、一瞬、ライブ会場みたいに盛り上がった。



AM 10:30|草薙麗佳、登場


セージグリーンのボルボXC40が、すっと店舗前に滑り込む。


運転席から降りてきたのは、このラフォーレ・リーヴルスを運営する『ル ポ ドゥ レヴ コーポレーション』のトップ――草薙麗佳社長。


ドアを開けて店内に入ってきただけで、空気が少し変わった気がする。


「おはようございます!」


スタッフたちが次々に頭を下げる。


「おはよう。みんな、手は止めなくていいからね」


そう言って、草薙社長はそのまま店長の鈴原敦子と並び、挨拶原稿の最終チェックに入った。


「……やっぱ、かっこいいよね」

「ね。歩き方から違うもん……」


少し離れた場所で、詩音と沙織がぽそぽそと話していた、その時。


「そこ、手ぇ止まってるよ」


美智子のひと声が飛んだ。


「はいっ!」「すみませんっ!」


ふたりは慌てて持ち場に戻る。


草薙社長はそんなやり取りも、軽く目を留めただけで、すぐに視線を戻していた。



AM 11:00|昼食休憩


テーブルに並んだ軽食は、キッシュにオープンサンド、カップに入ったサラダ。

招待客に出すために用意した料理を、スタッフも今日はそのままいただく。

紙皿とカップの音が小さく重なり合って、午前中の慌ただしさがようやくひと息ついたようだった。


メイ、詩音、沙織、ユキの4人が、スタッフ用のテーブルを囲んでいる。


「なんかさ、バタバタだったね、午前中」

沙織がコーヒーをひとくち飲んで、背もたれに軽くもたれた。


「メイちゃんの方の展示エリアはどう?」

詩音が向かいから声をかける。


「うん、ほぼ大丈夫。あとはちょっと整えて……このあと受付に行くよ」


「受付は、メイちゃんと詩音だっけ?」

沙織がスケジュール表を見ながら首をかしげる。


「はい。最初だけで、途中から交代しますけど」


「……今日は、副市長と、教育委員長も来る」


ユキが静かに言った。


その言葉に、テーブルの空気がすっと静まる。


「受付、偉い人とか来ると、ちょっと緊張するな……」


メイがポツリとつぶやくと、詩音がふっと笑って、


「大丈夫だよ、メイちゃん! 任せておいて!」


まっすぐで、どこか根拠のない自信に満ちた声だった。


その顔を見て、メイは思った。


(……なんか、この流れ、前にもあったような)



PM 12:20|いよいよ本番


「そろそろ招待客、入るよー!」


美智子の声がフロアに響いた。


カフェスタッフたちは、すでに制服に着替えて、店内のあちこちでスタンバイ中。

揃いの制服がピシッと決まっていて、どこか背筋もいつもよりしゃんとして見える。


受付のカウンターには、メイと詩音が並んで立っていた。


そして詩音は――ガチガチだった。


「ど、どーしよう……メイちゃん、あたし、手が動かない……」


名札を持つ指先が震えている。


「あと、なんか口の中がカラッカラ……笑おうとすると、顔が変な感じする……」


(……うん、やっぱりラジオの時と同じだ)


そう思いながらも、メイ自身もぎこちない笑顔のまま、ガチガチになっていた。



PM 12:30|招待客入場


店の扉が開き、最初の招待客が受付へと歩いてくる。


メイは名簿を見ながら名前を確認し、ネームプレートと案内リーフレットを丁寧に手渡す。


その横では――さっきまで“手が動かない”と言っていた詩音が、すっかり切り替わって、にこやかに来場者を迎えていた。


「ようこそお越しくださいました〜! こちらどうぞ〜!」


明るい声、自然な笑顔。

動きにも無駄がなくて、すでに“接客モード全開”だった。


(ほんと、詩音って……本番、すごい)


思わず感心しながら、メイの緊張も少しほぐれていく。


エントランスでは、沙織、ユキ、明美がウェルカムドリンクを丁寧に配っている。


フロアの奥では、鈴原店長や柳森さん、草薙社長が、来賓客と軽く言葉を交わしながら、店の雰囲気をあたためていた。


いよいよ、ラフォーレ・リーヴルスの内覧会が始まった。


PM 1:00|オープニング スタート


ラフォーレ・リーヴルスのカフェフロアに、スタッフたちが静かに横一列に並ぶ。

みんな制服の襟を少しだけ直したり、エプロンの裾を気にしたり――緊張していないふりをしていても、表情にはほんの少し、こわばりが残っていた。


そんな中、カウンター脇に立つ京子さんが、軽く一礼してマイクを手に取る。

声はやわらかくて落ち着いていて、聴いている側の肩の力を少し抜いてくれる。


「皆さま、本日はお忙しい中、カフェ・ラフォーレ リーヴルスの内覧会にお越しいただき、誠にありがとうございます。

ただいまより、ささやかではございますが、オープニング セレモニーを執り行わせていただきます。


本日の司会進行を務めさせていただきます、スタッフの野上京子と申します。

どうぞ、最後までよろしくお願いいたします。」


マイクは草薙社長へと渡された。

社長は一礼して、いつも通り、落ち着いた口調で話し始めた。


「皆さま、本日はようこそお越しくださいました。

当店“カフェ・ラフォーレ リーヴルス”は、“本と人との出会い”をテーマに、この矢鞠市の街に根ざす場所として準備を重ねてまいりました。

今日、こうして皆さまに最初にご覧いただけることを、大変うれしく思っております。」


社長の挨拶が終わったタイミングで、すっと動くスタッフがいた。

列のなかから、ユキと志麻が音もなく離れていく。

ユキは受付へ、志麻はそのまま厨房へと戻っていった。

間もなく、受付をユキと代わった詩音が、入れ替わるようにスタッフの列に加わる。


受付にいたメイも、このタイミングで展示エリアの方へと向かっていた。

すべて打ち合わせ通り。ごく自然な動きだった。


続いて、副市長の祝辞が述べられた。

その間にも、美智子は来賓の動きをさりげなく確認し、沙織が一歩だけ体の向きを変えて、後方の人の視界を確保する。

明美は列の一番端に立ちながら、遅れてきた来場者に笑顔でドリンクを手渡している。


セレモニーの締めの言葉は、ふたたび京子さんの声で。


「これにて、オープニング セレモニーは終了となります。

どうぞ引き続き、店内をご自由にご見学・ご歓談くださいませ。

軽食や展示もございますので、お時間の許す限りお楽しみいただければ幸いです。」


スタッフたちが一斉に動き出す。

列は静かにほどけ、それぞれの持ち場へ――


誰も声を出さず、それが当たり前の如く、ごく自然に。



PM 1:30|自由見学スタート


オープニング セレモニーが終わり、少しずつ店内が動きはじめる。

草薙社長が、副市長をはじめとする来賓数人と談笑しながら、ゆっくりとフロアの奥へ歩き出す。

柳森さんはすでに本棚コーナーで、おじさまたちに囲まれている。

鈴原店長のまわりにも、やっぱりスーツ姿の男性たちが集まっていた。


それをカウンターの中から見ていた沙織が、ぽつりとつぶやく。


「……あの美人ツートップに集まるのも、当然だわね」


すぐ隣で軽食用のカップを並べていた志麻が、肩越しに言った。


「キレイなだけじゃないわよ。人を惹きつける力、すごいんだから」


店内には、コーヒーの香ばしい香りが広がってきた。

ロゴ入りの紙ナプキンが添えられた試食皿やカップが、ひとつずつ、丁寧に並べられていく。


そこへ、さっきまでセレモニーの司会をしていた京子が戻ってきた。


「司会、お疲れさまです」


美智子が声をかけると、京子は少し照れたように笑って、ぺろっと舌を出した。


「ちょっと噛んじゃった。バレてないといいけど……」


「全然わからなかったですよ! いつもの京子さんって感じで、すごく安心しました」


そう言ったのは詩音だった。

明るく笑う彼女に、京子は小さく手を振って応えた。


「ありがと、詩音ちゃん」


そしてそのまま、エプロンをつけ直して、ひょいっと厨房へ。


◇◇◇


一方、展示エリアでは――


「お待たせしました〜」


明美が奥の通路からひょこっと顔を出し、メイのそばへと駆け寄ってくる。


「お疲れさま。これ、展示用の案内リーフレットね」


「ありがとうございます……なんか、メイさんと二人っきりって、ちょっと珍しいですよね?」


「そういえばそうかもね」


「なんか新鮮です」


明美はそう言って、少しだけ照れたように笑った。


ちょうどそのタイミングで、スーツ姿のおじさまたちが展示エリアに入ってくる。

メイと明美は息を合わせるように、それぞれリーフレットを手に取り、自然と動き出した。


「こんにちは。こちらの展示エリアでは、今回ふれあい文学館からの提案として……

矢鞠市の童話作家、おばあちゃん先生の『森のうたうきつね』をテーマにした展示となっております」


すこし緊張しながらも、丁寧に説明するメイの横で、明美は来場者を笑顔で奥へ誘導していた。

リハーサルなんてなかったのに、不思議と呼吸が合っている。


数人の招待客を前に、言葉を重ねていくうちに、メイの声にも少しずつ自信がにじんでいった。


(……なんか、ちゃんと話せてる)


自分でも少し驚くくらい。

その話に、来場者たちは真剣に耳を傾け、何度もうなずいてくれた。



PM 2:10|軽食タイム、いざ開幕!


この日のカフェフロアは、“立食パーティー風セミビュッフェ”スタイル。


白木のテーブルには、カットされたミニキッシュやサンドウィッチ、ピックに刺したカプレーゼ風のトマト&モッツァレラが、色とりどりに並んでいた。

店の看板スイーツである焼き菓子は、乾燥を防ぐアクリルケースの中に。

セルフで取っても、スタッフがトレイで巡回しているのを取ってもOKというスタイルだ。


ドリンクコーナーでは、オリジナルブレンドのコーヒーやアイスティー、自家製レモネードがセルフで楽しめる。

アルコールはなし。それでも、華やかで、どこか上品な空気が流れている。


そんなカフェフロアに、立ったまま談笑する招待客の姿が増えてきた。

あちこちに人の輪ができ、通路を縫って歩くのも少し難しいほどのにぎわいだ。


そのあいだを、詩音と沙織が軽食のトレイを手に、すり抜けるように歩いていく。


「詩音、あそこのお客さん、サラダ欲しいって」


「サラダ切れてるー!」


カウンターの奥から、志麻の落ち着いた声が返ってくる。


「今出すから、ちょっと待ってて」


そのすぐそばで、美智子がトレーにアイスカフェオレを乗せながら沙織に声をかける。


「窓際の3番テーブルも、アイスカフェオレご希望。頼むよー。……私、こっち行くから」


そのまま、ドリンクいっぱいのトレーを片手に、すっとフロアへ消えていった。


「……アイスカフェオレって今日のメニューにないよね?」


沙織がぼそりと呟くと、カウンターでミルクを泡立てていた京子が、くすっと笑って答える。


「内覧会だと、ね〜。メニュー外も出てくるのよ」


「詩音、サラダ出たよ」


志麻がサラダ入りのカップをトレーに置く。


「サラダきたー! ありがとっ!」


詩音はそれを受け取って、くるっとフロアに踵を返す。


——その瞬間。


「すみませーん!」

「ちょっといいですかー?」


別の方向からも声が飛んできた。


「はーい! ただいまっ!」


笑顔を貼りつけたまま、トレイを抱えてぐるぐると方向転換。

足元をまたいでいるケーブルに気づいてひょいとかわしながら、詩音は心の中で叫ぶ。


(もーっ、忙しすぎる〜っっ!!)


◇◇◇


一方そのころ、受付では――


ユキがひとり、カウンターに座っていた。

もう来場者の波も落ち着いていて、まわりには誰もいない。

静かな受付の隅で、ペンを指先でくるくる回しながら、ぽつり。


「……受付、ちょっと暇……」


◇◇◇


展示エリアでは、メイが招待客の質問に一つひとつ、落ち着いて答えていた。

言葉を選ぶ必要はなかった。

どの質問も、事前にもらっていた「内覧会Q&A集」の想定の範囲内。


(さすが……鈴原店長と柳森さん監修。仕事が……正確すぎる)


メイは密かに感心していた。


そこに、テレビカメラを担いだクルーと、マイクを持ったレポーターが現れる。

タイミングも告知もなしに、いきなりインタビューを持ちかけられた。


「すみません、この展示について、少しだけコメントお願いできますか?」


(え、今!?)


一瞬、目を見開く。けれど、すぐに落ち着いて声を整える。


「後ほど、メディアインタビューの時間を設けておりますので、そちらでお願いいたします」


マニュアルどおりの、完璧な対応。

笑顔の奥に、少しだけ張りつめた気配がのぞいた。


すぐ隣で招待客の誘導していた明美が、ぽつりと呟く。


「……メイさん、かっこいい」


◇◇◇


PM 3:00|メディア対応タイム


ビュッフェもひと段落。

立っていた招待客たちが少しずつソファ席や展示エリアへ流れていき、カフェの空気がふわっとやわらかくなった。


その流れを見ていた美智子と京子が、さりげなくカフェフロアの一角を整えはじめる。

小さな木目の丸テーブルがふたつ。本棚を背景に、椅子が二脚。

手際よく組まれた即席のインタビューブースだった。


「京子、背景に本棚だから、もうちょい右に寄ってもいいかも」

「了解」


ふたりの息は、相変わらずぴったりだ。



「では、まずFMさんからお願いします」

「そのあとK-TV、次にタウン紙……ですね」


美智子が社長と店長に小声で段取りを伝える。

すぐに草薙社長と鈴原店長がブースへ向かい、ゆったりと椅子に腰をおろした。


記者たちの質問に、落ち着いた口調でひとつずつ丁寧に答えていく。

柳森さんも、本棚監修の話をするために、すぐそばへ呼ばれていた。

「この選書、ほんとに楽しかったんです」と語る笑顔が、記者のメモをどんどん埋めていく。


そのすぐ後ろで、京子が小声で「社長、このあとタウン紙入りまーす」とタイミングを伝えていた。


◇◇◇


そのころ、他のスタッフたちも、それぞれの場所で忙しく動いていた。


カフェフロアの軽食提供は、ピークも過ぎて、すこしだけ静かになっていた。

少し先のメディアブースを眺めながら、沙織はトレイを手に、残ったサンドイッチを下げている。


「見てると、お腹すいてくるよね」

「あー、それわかる」

カウンターの中で、志麻が軽く笑う。

「でも、それ、あとでねっ」

ピシッと指を立てながら言うのが、なんだか先生っぽい。


沙織が「はーい」と気の抜けた返事をしかけた、そのときだった。


「すみませ〜ん、写真いいですか?」


後ろからふいに声をかけられ、びくりとする沙織。

振り返ると、ニコニコした若い女性が立っていた。

名札には「ポニっちょ(インスタグラマー)」と書いてある。


「あ、はい!どうぞどうぞ!」

沙織はとっさに笑顔を整えて、カフェスタッフらしく軽くポーズ。


「ありがとうございます〜!……じゃあ、そのお皿をこのテーブルに置いてもらっていいですか?」


指差されたのは──さっき下げたサンドイッチの皿。


「えっ、あ、はい……」

(おい、サンドイッチかい)


心の中でツッコミながら、お皿をそっと戻す沙織。

横で見ていた志麻が、ぷっと吹き出していた。


◇◇◇


ユキはレジ奥で、招待客に渡す記念のドリップバッグを黙々と整列中。


「……ふっ。これで“帰還可能者”への授与式は、いつでも執行可能」


ひとりごとを呟き、不敵な笑みを浮かべているその姿は、どこか司書にして策士。


◇◇◇


展示エリアを任されていた明美は、来場者に説明をしながらも、ちらちらとカフェの奥に視線を向けていた。


「こちらが、著者の愛用品の展示になります……」


その合間に見えたのは、インタビューを受けているメイの姿。


(メイさん、すごい……)


またしても、憧れの気持ちがこみ上げる。


でもすぐ隣、囲まれている詩音の顔を見て、「……詩音さん、大丈夫かな」と別のドキドキも芽生えていた。


◇◇◇


「すみません、若いスタッフの方にも少しお話聞けたらと……」


ケーブルテレビの記者が、美智子に声をかけた。

「メイ、詩音、2〜3分だけお願いね」


呼ばれたふたりが、並んでマイクの前に立つ。

メイは、さっき展示エリアでインタビューを受けた相手と気づいて、ほんの少し気持ちに余裕が出ていた。


……が、横を見ると、詩音がガチガチだった。


「えっ、えっと……はいっ……!」

完璧な笑顔で、言葉がまるで出てこない。


「えーと、では、こちらのお店のこだわりについて……」と記者。


メイが小さく息を吸い、マニュアル通りに丁寧に答えていく。

「地域との連携を大切にしながら、読書とカフェを自然につなげる空間を……」


「……でも、わたし的には!」

突然、詩音にスイッチが入った。


「この店の、オリジナルブレンドの香りが……もう、人生!」


記者たちの手が止まる。

メイの脳内には、“あ、きたな、詩音ワールド”の文字がよぎる。


「はい、じゃあ、いったんカットでー!」


京子が絶妙な笑顔で、カメラの前に手をかざした。

行き場を失った『スイッチオン』の詩音は、「え、ちょ、まだ話してないよー!」と叫びつつ、沙織に引っ張られて厨房の方へと連行されていった。


◇◇◇


その頃、フロアのあちこちで、招待客がスマホを片手に構えていた。


「テレビ出てる? え、これ地元の?」

「このレポーター、私見たことあるわ」

談笑の途中でチラ見する人、動画を撮る人、自由な空気が流れている。


店内の一角で、カメラが回る。

けれどそこにあるのは、背筋を伸ばした緊張じゃなくて、どこかやわらかくて、心地いい熱気だった。



PM 3:30|メディア対応タイム・終了


カフェの一角で行われていたメディアインタビューが、ひととおり終わりを迎える頃。


草薙社長や鈴原店長、柳森さんのまわりには、まだ数人のメディア関係者が残り、和やかなトーンでやりとりが続いていた。

カフェフロアにも、招待客たちの姿がそこそこ残っていて、レモネードのグラスを片手に談笑する声がゆるやかに響いている。


そんな中、矢鞠市の広報課のカメラマン・西さんが、そっと美智子に近づいた。


「そろそろ一枚、記録用に撮らせてもらってもいいですか?」


美智子は軽くうなずいて、フロアに声をかけた。


「みんな、ちょっと集合ー!」


厨房から、展示エリアから、精鋭メンバーたちが自然と集まってくる。メイの姿もある。


集まった場所は、カフェのロゴと、本がずらりと並ぶ壁を背にした、フロアの一角。

制服のまま並ぶスタッフたちは、それぞれ自然な笑顔で立ち位置を決めていく。


草薙社長、鈴原店長、柳森さんも加わり、ちょっとだけ照れながらも、あたたかな雰囲気がにじむ。


カメラを構えた西さんが、やさしい声で言った。


「はい、いきますよー。笑ってくださーい。

……せーのっ、ハイ、チーズ!」


パシャッ。


シャッター音が、柔らかな光の中に吸い込まれていった。


すぐ隣で京子が、自分のスマホをそっと差し出す。


「すみません、こっちでも……お願いできますか?」


「もちろんです」


再び、パシャッ。


「見せて見せて!」と詩音がスマホをのぞき込む。

「いいねー、決まってるじゃん!」

「お、意外と私、目ぇ開いてた」


笑い声と拍手が自然に起きた。

その様子を、草薙社長や鈴原店長、柳森さんが目を細めて見守っている。


少し離れた場所で歓談していた招待客のひとりが、ふとその光景を見上げてぽつり。


「……ああいう人たちが、このお店を作ったんだね」


「なんか、いい顔してるよね」


そんな声が、小さく、あちこちから漏れた。


中にはスマホをそっと構え、遠巻きに記念写真を撮る人の姿も。

誰かが、隣の人につぶやく。


「今日、来てよかったな」


その言葉は、誰も気づかないまま、ラフォーレ・リーヴルスの空気に、そっとあたたかくしみ込んでいった。


PM 3:45|お見送り&ノベルティ配布


記念写真の余韻がふんわり残るカフェフロア。

「じゃ、そろそろ」と美智子が小さく合図を送ると、スタッフたちがそれぞれの持ち場に散っていった。


エントランス付近には、メイ、詩音、沙織、明美。

そろってお辞儀をしながら、笑顔で来場者を見送る準備を始める。

ユキはそのすぐ後ろで、ノベルティの箱を覗き込み、袋の補充に入っていた。


「本日は、お忙しい中ご来場いただき、誠にありがとうございました。

ただいまより、ささやかではございますが、ラフォーレ・リーヴルス特製のお土産をご用意しております。

どうぞお気をつけてお帰りくださいませ」


京子のやさしいアナウンスが流れると、カフェの空気がふわっと“帰るモード”に切り替わっていった。


招待客たちはそれぞれ、カバンを手に取ったり、連れの人と目を合わせて小さくうなずいたり。

名残惜しそうにもう一杯コーヒーをすする人もいれば、「そろそろ行こうか」と立ち上がる人もいる。


「本日はありがとうございました!」

「どうぞこちら、お土産です」

「足元、お気をつけて」


スタッフたちの声が、カフェの出入り口にやさしく重なる。


手提げ袋の中には、ラフォーレのオリジナルブレンドのドリップバッグ。

その奥に、小さな二つ折りのカードが添えられていた。


立ち止まった招待客のひとりが、袋の中を覗きこみ、そっとそのカードを開く。

手書き風の文字が、淡いクリーム色の紙に浮かんでいた。


“一杯のコーヒーと、一冊の本。

そのふたつが揃うだけで、

世界は少しだけ、やさしくなる気がします。


ひと口のコーヒーが、

今日という日の記憶になりますように。


本日は、お越しくださり、ありがとうございました。


カフェ・ラフォーレ リーヴルス

スタッフ一同より”


「……この言葉、なんかいいなあ」


ふと足を止めて、そう呟いた声が届いたのか、後ろを歩いていた女性が、そっと微笑んで返す。


「メッセージ、心がこもってたね」


その様子を見ていた詩音が、メイの横に並びながら、こっそり耳打ちする。


「ねえ、このカード、誰が書いたのかな? 店長? 柳森さん?」


「うーん……誰なんだろうね」


小さく首をかしげるメイのすぐ横で、沙織がぽつりとつぶやく。


「……あれ、多分、美智子さんだよ」


「えええっ!? うそ……!」

「び、美智子さんが……?」


顔を見合わせたふたりに、沙織がさらっと言い添える。


「……あの人、たまに乙女だから」


その一言が、ふたりのツボに刺さった。


「ぶっ……」

「や、やめてください……それ……!」


口元を押さえて、必死に笑いをこらえるメイと詩音。

スタッフの列の中で肩を震わせながら、こっそり笑っている姿に、明美が「?」と首を傾げる。


カフェのガラス越しには、少しずつ沈みゆく夏の光。

西の空がほんのりオレンジ色に染まりはじめ、店内の床に長い影が差し込んでいた。


「ありがとうございました〜」

最後のひと組の招待客が、スタッフに見送られながら、そっと手を振って外へ出ていく。


店内が、少しだけ静かになる。


メイは、ゆっくりと息を吸い込んで、ふっと小さく吐き出した。


(……終わったんだ)


玄関の方を振り返りながら、胸の奥でぽつんと生まれたその言葉を、誰にも言わず、そっとしまい込んだ。



PM 4:15|片付け開始


「よし、戻そうか。明日からはレセプションだよ」

美智子の一言で、カフェの床にまだ少し残っていた内覧会の空気が、静かに切り替わった。


テーブルと椅子が、立食スタイルからいつもの配置へと戻されていく。

厨房では、軽食の残りや使った器具の片付け。

メイは展示エリアで、資料をひとつずつファイルにしまっていた。


そんな中、草薙社長がカフェフロアに顔を出す。

いつもならさっと去ってしまう彼女が、珍しく少しだけ立ち止まった。


「手は止めなくて大丈夫です。

ただ、ひとことだけ。……今日は、本当に素敵な時間をありがとうございました」


その言葉に、振り向いたスタッフたちの表情が、ふわりとやわらぐ。


「皆さんの姿、ちゃんと見てました。ああ、この場所は大丈夫だって、そう思えました」


にこっと笑って、ほんの一拍置いてから、草薙社長は玄関へ向かう。

その背中はいつも通り、きりっとしていて、でもどこかうれしそうだった。


玄関のドアが静かに閉まる。


店内には、片付けの音と、柔らかなスタッフの声だけが残っていた。



PM 5:00|今日最後のミーティング


カフェフロアには、片付けを終えたスタッフたちが集まっていた。

展示エリアの整理を終えたメイも呼ばれ、少し遅れて加わる。


一日中立ちっぱなしだったのに、誰の顔にも疲れの色はない。むしろ、達成感でほころんでいる。


「じゃあ、今日の振り返りと、明日からのレセプションに向けて少しだけ確認ね」


そう言って、美智子が全体を見渡す。

スタッフたちは、メモを取ったり、うなずいたりしながら、真剣な表情で聞いている。


厨房の動線、補充のタイミング、ウェルカムドリンクの声かけの工夫。

簡潔に、でも大切な点をいくつも指摘していく美智子の姿は、やっぱり頼もしい。


「――で、以上。みんな、本当におつかれさまでした」


最後に、鈴原店長が一歩前に出た。

いつもの穏やかな口調で、一言一言を大切に噛みしめるように。


「今日の内覧会、ほんとうに素敵な時間になりました。

きっと、来てくださった方々の心にも、優しく残ったはず。

みなさんのおかげです。ありがとう」


拍手が起こる中、メイはひとり、少し遠くからそれを見ていた。


この数ヶ月、自分がここにいていいのか、何度も迷った。


でも――。


私は、カフェスタッフじゃない。

でもこの人たちと、ずっと一緒にがんばってきた。ひとりじゃできなかったことも、みんなとならできた。今日だって、少しだけ階段を登れた気がする……みんなのおかげだ。


そう思えることが、今はなにより、うれしかった。


拍手が静かに収まると、店長がもう一度前を向いた。


「それから……詩音ちゃん、お願い」


呼ばれた詩音が、レジカウンターの裏から、なにかを取り出して持ってきた。

ビニールに包まれた、見慣れない形。


「はい、これ」


そう言いながら、詩音がそれをメイに差し出す。


「……え?」


差し出されたそれを、メイは恐る恐る受け取る。


鈴原店長が続けた。


「これ、明日から着てほしいの。

あなたの制服、ラフォーレ リーヴルス仕様よ」


思わず息を呑んで、顔をあげると、みんなが微笑んでいた。

あたたかく、優しく、背中を押すように。


「着てきてくれるかしら?」


どこかで、空気がふっと止まった気がした。


「え、でも……わたし、カフェの人じゃないし……」


「それでも、私たちの一員よ」


その言葉に、メイは思わず顔をあげる。

視線の先には、いつもの落ち着いた声と、あたたかな眼差しをたたえた店長の表情があった。


──ヤバい……泣きそうだ。


「制服も、ちょっとアレンジ入ってるの。だから、カフェの仕事はしなくて大丈夫よ」


京子がにっこり笑う。

「みんなで決めたのよ、この制服」


美智子も、小さくうなずく。

「メイはもう、ラフォーレの一員だから」


言葉が出なかった。


ただ、胸の奥から、なにかがこみあげてくるのを感じた。

制服をぎゅっと胸に抱きしめるメイ。


「メイちゃん!合わせてみて!」


詩音がビニールを開け、メイの手に制服を渡した。

そっと体にあててみる。


「うん、似合ってるわ」


店長がにっこり笑った。


「……ありがとう……ございます」


声が、震える。

もう、涙はこらえきれなかった。


「だから言ったでしょー!私のセンス、バッチリだったって!」


詩音が胸を張ると、


「え、あれ?それ、詩音が決めたんだっけ?」

沙織があきれ顔で言う。


「……決めたときの会議、詩音さん寝てた……」


ユキが淡々とした声で、ダメ押しを入れる。


一瞬の静寂のあと。


くすっ。

くすくす……。

ぷっ……ふふっ。


笑いが止まらなくなって、ついには大爆笑に。


「ちょっとー!夢の中で決めたんだもん!」


詩音の抗議に、さらにどっと笑いが広がった。


メイも、涙をぬぐいながら、泣き笑いになった。


「……はい、じゃあ今日はここまでにしましょう。

みなさん、お疲れさまでした。明日からのレセプションも、がんばりましょうね」


「お疲れさまでしたー!」


一斉に声があがる。


「ごはん行く人ー?」

誰かが言い出して、

「行こ行こー!」と詩音がすぐ乗ってくる。


「メイちゃんも行こっ!」


急に肩をぐいっとつかまれて、思わず笑ってうなずいた。


「うん……行く!」


そのままみんなで、わいわい更衣室へと向かっていく。

制服を大事そうに抱えたメイの背中も、自然とその輪の中にあった。


◇◇◇


エピローグ


「お疲れさまでしたー!」「お先に失礼しまーす!」


更衣室から、スタッフたちの明るい声がはじける。

ジャケットを羽織りながら、あちこちで笑い声。


「ねえ、どこ行く?」「私、お肉食べたーい!」

「ラーメンもありじゃない?」「カレーも捨てがたい〜」

賑やかな話し声とともに、グループがひとつ、またひとつとラフォーレ・リーヴルスを後にしていく。


「おつかれさま〜!」


カフェ奥のテーブルに座ったまま、鈴原店長が少し身を乗り出しながら、手をひらひら振って声をかける。

その顔には、ふわっとやさしい笑みが浮かんでいた。


———


静かになったカフェフロアの奥では、鈴原店長と柳森さんがテーブルに向かい合っていた。


どちらともなく手にしたコーヒーの湯気が、二人の間にふんわりと上がっている。


柳森さんがそっと笑って言う。


「……奥で聞いてましたよ。いいじゃない、あのサプライズ。敦子先輩のアイデア?」


「ううん。まとめたのは私だけど、最初に言い出したのは誰だったかしら……気がついたら、自然とみんながそう言ってたの」


カップのふちに目を落としながら、鈴原店長が柔らかく笑う。


「麗佳社長に話したら、即決。すぐOKだったわ。前に視察に来たとき、メイちゃんの仕事っぷり見てたんだって」


「さすが麗佳社長ね。見てるところは、ほんと見てる」


柳森さんは少しだけ目を細めて、窓の外の夕暮れに視線を向けた。


「……平瀬ちゃん、喜んでたわね」


「そうね」


「なんだか、あの子……ずいぶん変わった気がするの。自分のこと、ちゃんと口に出せるようになった」


「きっと、もっと変わっていくわね。あの子…」


夕暮れに照明が少しだけ温度を増し、ほんの少しだけ、言葉のあとに沈黙が落ちた。

けれどそれは、言葉の余韻を味わうような、やわらかな静けさだった。



いつも読んでくださってありがとうございます。


第5章「make friends」は、これでおしまいです。

この章では、メイを中心に少しずつ“人とのつながり”が広がっていく姿を描いてきました。

キャンプのはじまり、買い物、夏祭り、内覧会――

一話一話が、登場人物たちの“距離”を少しずつ縮めるピースになっています。


そして物語は、いよいよグランドオープンへと向かっていくのですが……

それぞれの“想い”と“絆”が交差しながら、また新たな展開が始まっていきます。


第6章、明後日からの更新になります。引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです!


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