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第5話 二冊の雑誌


「タナ坊、絶対許さないから!」


「だいたい、あんな量の資料、半日でまとめろなんて、どーかしてるし!」


「しかも、追加でこれもお願ーい、ってなんなの!」


会社からの帰り道。心の声がダダ漏れのメイ。

それだけ、午後の資料まとめは過酷だった。


「明日朝一番で持っていくからだとー!」


「だったらゴルフの話なんかしてないで、ちょっとは手伝えばいいじゃん!」


「二時間半も残業させて! 過労死したら訴えてやるわー!」

……六月下旬で今月初めての残業だったけど……。


それでも、家の冷食が底をついていたので、スーパーに寄るのは忘れなかった。


「杉山さんとか、午後とかチョー暇そうにしてたよねぇ! 仕事の割り振り考えるのもタナ坊の仕事だよねー、まったく!」


愚痴が止まらないままスーパーへ――


ゴツン! 「痛ーっ!!」


スーパーの自動ドアが開き切る前に入ろうとして、額をしたたかにぶつけた。

そこで我に返ったメイ。愚痴りすぎてバチが当たったと反省。


愚痴を吐き出し切ったのか、額をぶつけて反省したのか、ちょっとスッキリした。

気を取り直して、スーパーで買い物を終え、家路に着く。


そう。今日は月刊誌ミューがあるんだ。ちょっと楽しみ。


◇◇◇


家に着いて、とっとと部屋着に着替え、レンチン料理をササッと食べ終わったメイは、いつものようにインスタントコーヒーを淹れて部屋に行く。

ただいつもと違うのは、残業で時間が遅いことと、ミューの入った袋を手にしていること!


部屋で紙袋からミューを取り出す。


『UMA特集! これがツチノコの正体か!?』


『ビッグフットの軌跡を追う!』


表紙の見出しに少し心が踊る。



表紙をめくろうとして、袋の重さでもう一冊の雑誌の存在を思い出した。


『焚き火のススメ』。


そう、つい気になって買ってしまったキャンプ雑誌だ。

袋から出して、表紙をめくる。テントの広告、キャンプ場の広告が載っている。


もう少しめくると、焚き火特集のページ。葛城書店で立ち読みしたところだ。


オレンジ色の炎があたりを照らす、ちょっと幻想的な写真。あの動画を引きで見るとこんな感じなのかな……。


次のページには、焚き火のススメと題したインタビュー記事。キャンプの達人らしき人が、焚き火について語っていた。その界隈では有名人なのかな?



「ゆらゆら揺れる炎って、ずっと見ていられるんですよ。なんか不規則なのにどこかリズムがあって、ただ眺めてるだけで頭が空っぽになる感じがいいですよね」


「自然のヒーリングってこういうことだと思うんです。何もせず、ただ炎を見てるだけで癒される」


「パチパチッて木がはぜる音、心地良くないですか? 静かな森の中でそれだけが聞こえる時間って贅沢。BGMなんかいらない世界なんですよ」


……そうそう、こんな感じだった。あの動画も。


メイは、全く知らない世界に迷い込んだ猫のように、特集記事を読み進めた。



「薪って売ってるんだ……ホームセンターとか、通販でも?」

「広葉樹は火持ちがよくて、針葉樹はパチパチ音がして香りもいいとか……へぇ、なんか、木にもキャラあるんだ」


ページをめくる手が止まらない。


「火って育てるものなんだ……細い枝から少しずつ、大きな薪に育てていくって……なんか、ちょっと子育てっぽい」



写真には、火種のまわりに小枝を組んで、ゆっくりと火を移していく様子が丁寧に載っていた。まるで、小さな命を見守るみたいな手つきで。



「へぇ、直火禁止……あ、地面が焦げちゃうからか。なるほどね」


「焚き火台って、意外といろいろ種類あるな……軽いやつもあるし、折りたたみ式とか……おお、これは……高っ!」


ふいに値段を見て、思わず顔が引きつる。

革手袋や、薪を割る斧。焚き火をするにはいろいろと揃えるものがありそうだ。


「初期投資ってやつか……ま、今は妄想焚き火で十分かな〜」

そんな自分に、思わず笑ってしまう。



だけど――


一枚の写真に、目が吸い寄せられた。


夜の森。

誰もいないキャンプサイト。

焚き火台の上にゆらめく炎。

周囲は静まり返って、火だけがそこにある。


ページの下には、短いキャプションが添えられていた。



“自分だけの時間を灯す火。”



……うん、なんかいいな、こういうの。


◇◇◇


特集の後半には、焚き火の“失敗談”がいくつか紹介されていた。


「新聞紙入れすぎて、煙モクモクで隣のテントに怒られた……とか……わかる、やりすぎちゃうやつだ」


「火起こし器を買ったけど、うまく使えなくて結局ライターに頼った……うんうん、最初から完璧な人なんていないよね」


みんな、いろいろやらかしてる。

でも、誰もそれを恥ずかしいって感じていない。

むしろ、どれも楽しそうにすら見える。


「焚き火って……完璧じゃなくていいんだ」


ページの最後には、焚き火を囲むキャンパーたちの写真。笑ってる人、黙って火を見つめてる人、マシュマロを焼いてる子ども。みんな、思い思いに火と過ごしている。


“火は、誰にでも平等に、優しくゆらめく”


そう書かれた文字を見て、メイはふっと息をついた。


「焚き火、……してみたいかも」


その言葉が、自分の口から出ていることに、自分でもちょっと驚いた。


◇◇◇


思えば、今日は色々あった。

営業車ドライブ、タナ坊の無茶振り、ひとりで文句を言いながら帰ってきて、スーパーの自動ドアとの衝突。

レトルトを温めて、コーヒーを飲んで――



でも今、この雑誌を読んでいるこの時間だけは、不思議と心が落ち着いている。


「そうだ、あの焚き火動画、もう一度見よう」


スマホでSNSを開く……が、よりによってあの動画がなかなか現れない。フォローとかしとけばよかった。


仕方なく、他の焚き火動画を見る。

炎はキレイだけど、喋りとか、なんかゴチャゴチャうるさい。


あの動画、もう一度見たい——


結局、見つからず仕舞い。仕事の疲れもあって瞼が下がってきた。


明日は休みだ。UMA君たちはまた明日ね。


そう言って、灯りを消した。




ここまで読んでくださってありがとうございます!

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