第45話 夏バーゲン、いざ出陣!
お盆休み2日目の朝。
じりじりとした夏の日差しが街を包み始める中、メイは矢鞠駅から相鉄線に乗り込み、横浜方面行きの電車に揺られていた。
車内は、お盆の中日らしくほどよく混んでいて、なんとか座席を確保したメイは、手元のスカートをそっと見下ろす。
昨日の夜、引き出しの前で迷いに迷って選んだ淡いピンクベージュの薄手のコットンロングスカート。
白のブラウスと合わせて、普段よりはちょっとだけ気合を入れている。
派手じゃないけど、地味でもない――メイなりに頑張ったつもりだった。
(けど……まあ、たまには)
スマホを取り出すと、詩音からのRainが「もうすぐ瀬原駅!」のまま止まっていた。
(……うん、緊張することじゃないんだけど)
落ち着かない指先が、何度もスマホの画面をタップしてしまう。
やがて電車が瀬原駅に到着。
ドアが開いて、風と一緒に明るい声が飛び込んできた。
「メイちゃーん!いたいた〜!」
「……そんなに声、大きくなくても」
花柄のスカートに白のブラウス、麦わら帽子をちょこんとかぶり、軽やかな足取りで駆け寄ってくる詩音。
手には小さな紙袋をさげていた。
「よいしょ、隣いい?」と腰を下ろすなり、詩音はさっそく笑顔を向けてくる。
「で、今日は何買うの?」
「え?」
「服だよ、服。セールだよ?」
「あ、うん……特に、決まってない。なんか……よくわからないし」
ぽつりと返すメイに、詩音の目がぴかっと光った。
「えっ、それってつまり……私が選んでいいってこと?」
「……う、うん。詩音が決めてくれたら、たぶん……間違いない、気がする」
「ふふん、言ったね? じゃあ今日のメイちゃんは、私のコーディネートモルモットってことで!」
「モルモット……」
じわじわと恥ずかしさがこみあげてきて、メイは小さく眉をひそめた。
「いいから楽しみにしといて! ぜったい似合うの見つけるから!」
電車はガタンと揺れて、ふたりの声がそれに重なる。
メイは少し恥ずかしそうに笑い、そっとスカートのすそを握りしめた。
◇◇◇
赤レンガ倉庫の広場は、朝からじんわりとした熱気に包まれていた。
「やっぱ暑いね〜!けど、夏のセールって感じがして、テンション上がるよね!」
詩音は元気いっぱい。
麦わら帽子を片手で押さえながら、メイの腕を引いて小走りになる。
(テンション、上がるのは分かるけど……)
少しだけバテ気味のメイは、歩幅を合わせるのに必死だった。
到着したセレクトショップの前では、すでに数人の女性たちが開店を待って並んでいた。
店先の黒板には、
「SUMMER SALE」 「最大70%OFF!」
と、手書きの文字。
見ただけで、詩音の目がキラーンと光ったのが分かる。
「よし……メイちゃん、覚悟はいい?」
「……え、なにが?」
「セールは戦場!一度入ったらもう戻れない!
いい?買い物はスピードと直感とテンションが命!」
「……そんな大げさな……」
ドアが開いた瞬間、冷房の涼しさと一緒に、開店前の静けさがふっとほどけていった。
BGMが流れ、先頭の女性たちが一斉に動き出す。
詩音が、すっと顔を引き締める。
その目は、まるで戦場を前にした将軍のようだった――。
メイの手首をギュッと握る。
「行くよっ、モルモットちゃん!」
「それやめて……」
◇◇◇
店内は白と木目のやさしい内装に、くすみカラーの洋服たちが整然と並んでいた。
落ち着いた雰囲気なのに、そこに詩音が突入すると、どこかポップな空気が混ざり込む。
「これ!あ、これも可愛い!ねぇ見て見て、袖のレース、最高じゃない?」
「う、うん……」
メイは言われた通り後ろからついていくが、陳列棚の服を見ても、何がどう“最高”なのかよく分からない。
「メイちゃん!これ試着!」
「え、わたしが?」
「いやいや、これは私の!メイちゃんはあとで!まずは私が流れを作るの!」
「な、流れ……?」
◇◇◇
その後、詩音のファッションショーが始まった。
「このスカートどう?このスリット、やりすぎ?」
「これはちょっと肩出しすぎ?」
「これかわいすぎる?あ、こっちは大人っぽすぎる?」
「メイちゃん、どっちが今の私?」
「え、ええと……どっちも……似合ってると思う」
「それ絶対どっちでもいいって思ってるやつ〜!」
詩音がいたずらっぽく頬をぷくっとふくらませて、メイをじっと見る。
「ちがうよ、がんばって見てるけど、服のことはよく分からないだけで……」
「分かってるよ。ちゃんと見てくれてるだけで、うれしいから!」
詩音はニコッと笑って、詩音はまた次の棚へ突進していった。
(この雰囲気、慣れてないけど……あまり嫌じゃないかも)
メイは一歩下がったところで、詩音の背中を見ながらそっと思った。
◇◇◇
「はい、メイちゃん、これ試着いこっ!」
「……えっ、わたしが?」
「もちろん!今日の主役はメイちゃんだから!」
そう言って手渡されたのは、淡いミントグリーンのレースブラウスと、アイボリーのフレアスカート。
色合いもやわらかくて、手触りも軽い。着たことのない感じの服だった。
(でも……断る理由もないし……)
観念して、メイは試着室のカーテンを引いた。
鏡の中にいる自分は、少しだけ他人みたいだった。
ふわりとした袖口、首元の小さなレース、
裾が広がるスカートが、歩くたびにやわらかく揺れる。
(……なんか、ちょっとだけ、雰囲気変わった気がする)
カーテンをそっと開けると、詩音の目がぱあっと輝いた。
「わ、わ、わ!メイちゃん、すっごく似合ってる!」
「そ、そう……?」
「かわいい〜〜!でもね、でもね、ちょっと待ってて!」
詩音は勢いよくくるりと振り返って、ラックへダッシュした。
「これも試着して!ほら、このブラウス、さっきのよりちょっと大人っぽくて、スカートはこっちのが落ち感あって……!」
「えっ、あ、うん……」
また服を手渡されて、再び試着室に入る。
(……服、買うのって、こんなに着替えるものなの?)
やれやれと思いながらも、もう一度袖を通す。
二着目は、くすみピンクのブラウスに、グレージュのスカート。
さっきより少し落ち着いた雰囲気で、どこか背筋が伸びるような気がした。
「お待たせ……」
カーテンを開けると、詩音がひょこっと顔を出して、
「はい優勝〜!」
「えっ、なにが?」
「両方!どっちも似合う!っていうか、もうどっちも買って帰って!」
「そ、それは無理……」
「ならどっちにするか、真剣に悩もう!」
詩音は、まるで自分のことのようにうれしそうで、メイはそんな彼女を見ているのが面白かった。
(いいな……こういうのも)
「じゃあ……これに、しようかな」
メイがそうつぶやくと、詩音はぱっと表情を明るくして、
「ほんと!? 詩音センス、爆発〜!」
「爆発って……」
「いやでも、ホント嬉しいんだけど。選んだの着てもらえるって、なんかテンション上がるんだよね〜」
「……そういうもん?」
「そういうもん!」
よくわからないようで、ちょっとだけ分かるような気もした。
メイは軽くうなずいて、詩音と並んでレジへ向かった。
◇◇◇
会計のあいだ、店員さんが服を丁寧に畳んで袋に入れていくのを、メイは静かに見つめていた。
「お会計、8,580円になります」
(……ちょっと高いけど、たぶん、悪くない)
財布からお札を出して、受け取った紙袋をそっと抱える。
ふわりと香る柔らかな生地の匂いが、少しだけくすぐったかった。
「よし、じゃあ――次いこっか!」
お店を出るなり、詩音が声を弾ませる。
メイは、きょとんとした顔で振り返った。
「え……まだ買うの?」
「えーっ、メイちゃん、忘れたの? 明後日の夏祭り!浴衣、買いに行くって話してたじゃん!」
「あ……」
言われてようやく思い出した。
数日前、ラフォーレ・リーヴルスの休憩中に――
『メイちゃん、夏祭り、行かない? うちの近くであるんだけど』
『夏祭り、かぁ』
『浴衣とか着てさ〜。メイちゃん、浴衣持ってる?』
『え? なかったかな…』
『じゃあ、今度、赤レンガのバーゲン行く時、一緒に買っちゃおうよ!』
『えっ、あ……』
『じゃあ、決まりねっ!』
詩音の勢いにうなずいたものの――
そうだ、そうだった。すっかり忘れてた。
「じゃあ、行こっ!」
「え、いま行くの……?」
「いまでしょ!」
そう言うが早いか、詩音はさっさと歩き出す。
メイは紙袋を抱えたまま、慌ててその背中を追いかけた。
向かった先は、赤レンガ倉庫の一角にある和雑貨のお店。
入り口には「浴衣フェア開催中」の文字と、色とりどりの反物のようなディスプレイが並んでいた。
(ほんとに……買うんだ)
少しだけ、胸の奥がそわそわした。
お店の中は、浴衣一色だった。
白木の什器にずらりと並んだ反物風の布地、優しい色合いの帯や、涼しげな下駄が小気味よく並んでいる。
ところどころに吊るされたディスプレイは、夏祭りの夜を想像させるようなコーディネートばかり。
「わ〜、こういうの見るだけでテンション上がるよね!」
詩音はひとつひとつ手に取りながら、目を輝かせていた。
「これ、紫陽花っぽくてかわいくない? あ、でもこっちの方が涼しげかな……うーん、迷う……」
迷いながらも楽しそうに棚の間を行ったり来たりしていたが、
ふと、メイの方を振り返った。
「メイちゃんは、どんなのがいい?」
「え、私? うーん……」
メイは戸惑いながら、並んだ浴衣を一瞥する。
色も柄も、あまりにもたくさんあって、どこを見ればいいのかもわからなかった。
そもそも、浴衣なんてここ何年も着たことがない。
「じゃあ、また私が選んでいい?」
「……あ、うん」
「よっし、任せて!」
詩音はぱっと笑って、するすると棚の奥へと歩き出した。
その背中は、さっきまで洋服を選んでいたときとまったく同じ、軽やかさと頼もしさをまとっている。
「メイちゃんはね、たぶんこれが似合うと思うんだよね」
そう言って差し出されたのは、淡い藤色に白い花模様が浮かぶ一着。
派手すぎず、でも地味ではない。どこか静かで、落ち着いた雰囲気をまとっている。
「……これ、かわいいかも」
思わず口にしたその一言に、詩音がうれしそうに目を細めた。
「でしょ〜? じゃあ次は帯だね。大丈夫、トータルコーデ得意だから」
そう言いながら、詩音はまた店内をひょいひょいと泳ぐように進んでいく。
相変わらず、主導権は完全に詩音の手の中。
でもメイは、なぜかその後ろ姿を、少し安心した気持ちで追いかけていた。
——外に出たときには、二人ともすっかり両手がふさがっていた。
赤レンガ倉庫の夏バーゲンは予想以上の熱気で、手提げ袋はどれもパンパン。
陽射しの中、肩を並べて歩き出す。
「は〜、がんばった……」
「うん、なんか楽しかったかも」
照りつける陽射しの中、歩きながら、詩音が切り出した。
「ねえ、なんかお腹空かない?」
「うん。かなり、お腹空いた……」
メイのぽつりとした言葉に、詩音が少し顔を向けてニコッとする。
「だよねー。どこにする? お昼」
「まかせるよ」
詩音はしばし考えるような素振りを見せたあと、ぱっと何かを思いついたように足を止め、メイの方を振り向いた。
「じゃあ、ルルポ、行ってみない?」
あの壮絶な買い物帰りとは思えないほど、にこっと軽やかに笑って言った。
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