第4話 営業車と市役所と本屋さん
昨日の焚き火が、なんだか頭から離れない。
「いや、離れないは言い過ぎかも」
小さくつぶやいて、自分の考えを打ち消す。
こういうふうに、つい口に出ちゃうクセがある。
これで失敗したことも、一度や二度じゃない。
気をつけなければならないな……。
◇◇◇
今、私は営業車で市役所に向かっているところだ。
今朝のこと。
「平瀬ちゃん、これ市役所に提出してきてくれるー?」
出社早々、こう言ってきたのは上司の田中さん。
40代半ばらしいが、見た目は子供っぽい感じ。
私は、心の中では密かに「タナ坊」と呼んでいる。
「市役所まで、下の営業車使っていいからね〜」
「あ、それと広報誌、葛城さんとこ持ってって〜」
相変わらずタナ坊、人使いが荒い。
昨日の夜、「明日中に資料まとめといて〜」って言ったのはどこの誰だ。
まとまりきれんぞ。
心の中でブチギレ寸前だが、屈託のない笑顔で、
「わかりましたー」
って言ってしまう私って……。
◇◇◇
市役所へは、会社から車で10分ほど。
とても近いように思うけど、歩いたら30分かかるくらい。
バスを使うと、一度矢鞠駅に出て乗り換えなければならず、時間もかかる。
車で行くのが合理的かつ効率的なのである。
タナ坊が営業車を使っていいと言ったのは、せめてもの優しさか。
それとも単なる思いつきなのか。
タナ坊、資料まとめは間に合わんぞ。
……なんて思いながらも口元が少しゆるむ。
◇◇◇
たまにこうして外に出ていると、ちょっとだけ気分も上がったりする。
ましてや、私は実は運転が嫌いじゃない。
免許もお父さんの影響でマニュアル免許を取得した。
今や日本の車は98%以上がオートマチック車だと言われるが、マニュアルのあの無駄な動きと言われるシフトワーク……。
お父さんが乗っていた車もマニュアルだった。
子供ながらに、シフトをカチャカチャ入れて走る姿がかっこいいなぁって思ったものだ。
昭和的な私。
◇◇◇
市役所の用事をとっとと済ませて、向かったのは葛城さんのところ。
葛城さんとは、葛城書店のこと。
いつもうちの広報誌を無料で置かせてもらっている本屋さんだ。
気分が上がっている理由は、何も車を運転して外に出て仕事をするということだけではない。
葛城書店に寄るってことなのだ。
今日は、言わずと知れた『月刊誌ミュー』の発売日。
知らない人のために説明すると、ミューはUFOや超常現象など、オカルト系に特化した月刊の情報誌で、この界隈では有名な雑誌である。
月刊とは謳っているが、実は今は隔月販売。
私は欠かさずこの雑誌を毎回買っているので、今日は気分が上がっていた。
2ヶ月に一度は、待ち遠しすぎる……かな。
◇◇◇
市役所から車で15分ほど。
葛城書店の駐車場に車を停めた。
並びの牛丼チェーンとうどん屋チェーン、アウトレットストアとの共同駐車場で、なかなか広い。
止めやすさは、軽自動車専用かってツッコミたくなるほど狭い市役所の駐車場の比ではない。
でもここ、お昼どきになるといつも満車になってしまう。
午前の早い時間に到着できて良かったと思いながら、車のキーを抜いた。
◇◇◇
今や本屋さんは斜陽の一途をたどり、市内の本屋さんもかなり件数が減ってきた。
葛城書店は、読書をする者にとって、貴重な存在なのだ。
重厚な赤レンガの外装で落ち着きのある、少し背の高い二階建ての建物は、本屋というより博物館を思わせる。
年季は入っているが、それはそれで趣きがあっていい。
入口は正面の自動ドアのみ。
裏は倉庫になっていて、普段はシャッターが降りている。
なので、業者も正面から入るしかない。
自動ドアが開くと、ほんのりとした紙とインクの匂い。
私にとって、なんだか落ち着く匂いだ。
天井が高いせいか開放感があって、シックな木目調の壁や本棚は外観とマッチして安心感すら覚える。
入ってすぐのところには、新刊の単行本や話題の本がズラリと並んでいた。
◇◇◇
右側の階段は中2階へと続いていて、そこには勉強本のスペースがある。
学生向けの問題集や参考書が所狭しと並んでいて、浪人生だろうか、熱心に赤本を見ている男の子がいた。
だけど、ここの売りは正面左手の「島」だ。
島とは、通路に囲まれた商品陳列スペース・島陳列の略語らしい。
この人目を引く島には、『当店のおすすめベスト10』の書籍が並んでいる。
しかも手書きのコメント付き。
これがまた絶妙で、読書欲をかき立てる書き方なのだ。
何度、このコメントにやられて買ったことか。
でも、ハズレなしのおすすめチョイスは見事としか言いようがない。
◇◇◇
レイアウトの妙に釣られて「島」を散策していると、
「平瀬ちゃんいらっしゃい!」
明るい女性の声が聞こえた。
店長の柳森さんだ。
柳森淳子さん。柳森と書いて「やなもり」。
アラサーで、とてもきれいな人。
品の良いブラウンのセミロングはほどよくカールされ、店のエプロンはしているが、その下の私服にはオシャレ感が溢れんばかり。
やや派手めな目鼻立ちも、ナチュラルなメイクで仕上げた、とても素敵な女性……だと思う。
「本屋さんの店長って地味」と勝手に思い込んでいた自分は、まだまだだと思い知らされる。
◇◇◇
「こんにちは柳森さん、うちの広報誌、出来たんで、またよろしくお願いします」
いつもの笑顔を作り、わたし的にはなるべく大きい声でそう言ったつもりだった。
だが、どうやら声がちっちゃかったらしい。
「平瀬ちゃん、ミュー、入ってるわよ〜」
ちゃめっ気たっぷりのウインクとともに、雑誌コーナーを指差した。
ミューをいつもここで買っているだけに、すべてお見通しのようだ。
「あ、それもなんですけど、広報もお持ちしたので……お願いします。……いつもの場所でいいですか?」
もう2、3歩前に出て、そう伝えた。
実は私、この柳森さんが苦手だ。
嫌いなわけではない。
ただ、あまりにキレイすぎて、話すと緊張してしまうのだ。
◇◇◇
所定の位置に広報誌を置かせてもらい、はやる気持ちを抑えつつ、さっそく雑誌コーナーへ。
溢れんばかりの書籍が並ぶ通路を進む。
今や電子書籍が全盛の時代かもしれないが、私は紙の本がいいと思っている。
紙とインクの匂い、ページをめくる動作も所作めいていて、何か特別感を感じるのだ。
そんな本たちを横目に見つつも、つい早足になっていた。
「あった!これこれ!」
また、口から心の声が漏れる。
バイク雑誌を立ち読みしていたお兄さんが振り向いたので、ちょっと恥ずかしかったけど。
今回はUMA特集なのか!
楽しみでたまらない。
今、少し立ち読みしたいくらいだが、家まで我慢しよう。
◇◇◇
本棚からお目当てのミューを抜き取ろうとしたその瞬間……。
その上段にあった雑誌に目が止まった。
焚き火のススメ………
表紙には、夜のテント前で焚き火をする男性の写真。
いまの瞬間までは忘れていた、昨夜の焚き火の動画が鮮明に甦った。
パチ、パチッと音を立てて、ゆらゆら燃える火の情景。
引き込まれそうになる優しい灯り……。
今朝から、頭のすみに引っ掛かっていた情景……。
ミューを小脇に抱えて、その雑誌に自然と手を伸ばしていた。
◇◇◇
キャンプ雑誌らしい。
パラパラめくると、あまり馴染みのない言葉が踊っていた。
TCタープ?
フェザースティック?
ソロキャン?
……なにそれ?
暗号か何かのように感じる初めての単語たち。
でも、いくつかのページには、表紙同様、焚き火を見つめる人の写真もある。
ひとりで女性が焚き火している姿もあった。
◇◇◇
「平瀬ちゃん、めずらしい。キャンプやるの?」
レジで柳森さんにそう話しかけられた。
「え、あ、田中さんに頼まれて……」
とっさに嘘をついた。
なぜか分からないが、自分の興味を人に知られたくなかった。
二冊の雑誌を手に、メイは駐車場に戻り、営業車に乗り込んだ。
駐車場はランチを求めに来た客で賑わい始めていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!




