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焚き火のゆくえ 〜キャンプでつながる、私たちの物語〜  作者: 青凪唯
第4章 デイキャンプとクールな人
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第39話 そんなに太いと、燃えないよ


「それ、もうちょっと細くしないと、火つかないよ」


不意に頭の上から声がして、メイはハッと顔を上げる。

目の前に立っていたのは、さっき炊事場ですれ違った、あのクールな女性だった。


「うわっ……」


慌てて立ち上がろうとして、バランスを崩し、尻もちをつきかける。

あわてて手をついて、砂利の感触にびくっとする。


「え、えっと……あの、薪が……割れなくて……」


ぎこちない言葉。自分でも情けないと思うけど、うまく声が出なかった。


"クールな人"は焚き火台と薪を一瞥し、言った。


「……広葉樹か。そりゃ無理だわ」


「えっ……あ、そう、なんですか……」


「ああ」


素っ気ない返事。でも、どこか嫌な感じはしない。

それだけ言って、"クールな人"は、くるりと背を向け、静かに歩き去っていった。


(あ……完全にダメ出しだけされて終わった……)


メイが軽く落ち込みながら薪を見つめていると、


「ほい」


数分も経たず、声がして顔を上げると、さっきの"クールな人"が戻ってきていた。

片手に数本の薪を抱えている。


「針葉樹。ちょっと余ってるから」


「えっ……えっ、い、いいんですか!? ありがとうございます!」


しどろもどろになりながら、慌てて頭を下げる。お辞儀というより、頭突きに近い。


"クールな人"は気にする様子もなく薪を置き、焚き火台の近くにしゃがむ。


ふと、使い終わった着火剤の空袋に目をやった。


「これ……もうないの?」


「あ、はい……あの、さっき全部……」


「じゃあ、これでやる」


そう言って、腰のポーチからナイフを取り出す。銀色の刃が光を反射して、きらり。


「削るから…」


薪の表面を削る音。シュッ、シュッ——

手慣れた動きで、木の表面に薄くカールした繊維が浮かんでいく。


「あ、それ……雑誌で見たことあります。あの、フェザー……スティック?」


「うん」


「すごい……」

その手さばきに、しばし見惚れるメイ。"クールな人"は視線を落としたまま、淡々と作業を続ける。


「……初心者?」


「は、はい……今日、初めて……」


「ふーん」


それ以上何も言わず、手を止めることなく、焚き火台の薪を丁寧に組み直した。


出来上がったフェザースティックを焚き火台の中に置き、ライターで火をつける。

カールした木の繊維がふっと燃え、"クールな人"はその火にふうっと息を吹きかけた。


火は、燃え上がった。

パチ、パチ、と小さな音を立てて、薪に移る炎。


「わぁ……」


メイは息を呑むように、その光を見つめた。ほんの数分前まで、まったくうまくいかなかった焚き火が――いま、ちゃんと目の前で、生きている。


「……じゃ、頑張って」


そう一言だけ言って、"クールな人"はすっと立ち上がると、何も言わず背を向けて歩いていった。


「あ、あの……!」


思わず呼び止めかけたが、言葉が詰まる。

結局、小さく頭を下げて、かすれた声でつぶやく。


「ありがとうございました……」


届いたかどうかはわからない。

でも、心の炎はちゃんと、そこに灯っていた。



メイは地面に腰を下ろし、しばらく無言で、パチパチと燃える焚き火を見つめていた。


さっきまで、うんともすんとも言わなかった薪が、今はちゃんと、パチパチと音を立てて燃えている。

その音が、なんだかうれしい。


(ちゃんと、つてる……)


火を見てると、不思議と落ち着く。

じっと眺めながら、メイはふうっと小さく息をついて思った。


「クールな人」は、すごく手際がよかった。

ナイフで薪を削る手つきも、薪の組み方も、

火をつけるときのライターの角度も、なんだかもう全部、かっこよかった。


(あれが“慣れてる”ってやつなんだろうな……)


ちょっとだけ、うらやましい。

メイは、もう一度そっと焚き火に薪をくべた。


ひときわ高く火が揺れて、ぱちんと音を立てる。


気づけば視線は、自然とあのテントの方へ向いていた。

ベージュのワンポールテント。

その前で、誰かがしゃがんで、何かしているのが見える。


(さっきの……あの人)


……ただ、それだけ。

ただ、目がいっただけ。


理由なんてわからない。

でも、なんか、気になる。

ただ、それだけだった。


そんな風に考えていたとき、

ぐぅぅ…と、いきなりお腹が鳴った。


「……お腹、すいたかも」


メイはお腹を押さえながら、そっと呟いた。時計はまだ11時半を少し回ったところだけど、朝はほとんど何も食べていない。


(そりゃ、お腹も鳴るよね……)


クーラーボックスからカップ麺とペットボトルの水を取り出す。

やかんに水を入れ、コンロの火をつける。カチッ、ボッという音に、どこか安心する。


お湯が沸くまでの間、少しぼーっと空を見上げる。

朝まではあんなに厚かった雲も流れ去って、今は真夏らしい青空が広がっていた。


(暑いけど……いい天気)


お湯が沸いた。そっと麺に注いで、ふたをして──はい、あと3分。

そのあいだ、メイの視線はつい、遠くのベージュ色のテントに向かってしまう。


(あの人……何してるんだろ)


さっき手伝ってくれた“クールな人”。人影はあるけど、距離があるから何をしてるのか分からない。でも、なんだか気になってしまう。


3分が経過。ふたをめくれば、インスタントな香りがふわっと広がる。

箸でひと口すすると、思わず小さくうなる。


「あつっ……」

けど、美味しい。


あっという間に完食。


(ふぅ……ごちそうさまでした)


テーブルに箸を置いたとたん、急に汗がにじんでいることに気づく。

首筋、背中、じわじわとまとわりつく暑さ。

陽射しが強くなってきたせいかもしれない。


とりあえずテントに避難。

けれど、中に入ってみると──


「うわっ……」


熱がこもっていて、むしろ外よりしんどい。

ここは、サウナかっ!て思うくらいの暑さ。

速攻で飛び出した。


仕方なく、車から黒い雨傘を取り出し、銀マットの上に戻ってきた。

傘を開いて、日差しを避けながら、体育座り。


「……見た目、だいぶ変な人だな……」


でも、少しマシになった。


焚き火の火はまだ残っていて、パチパチと音を立てている。

火も暑いけど、今はなぜか消したくなかった。


(やっぱり……焚き火は冬にやるもんだよね)


タオルで首元をぬぐいながら、そうつぶやいたそのとき。


「タープ、あった方がいいんじゃない?」


またも上から声がして、メイはびくっとなった。


傘を降ろすと、“クールな人”が、ちょうど目の前を通り過ぎていくところだった。

炊事場に向かう途中のよう。手には小さなウォータータンクをぶらさぜていた。


「あ、どうも……」


小さな声で返す。彼女は軽く手を上げて、そのまま歩き去っていった。


(……また、話しかけてくれた)


ほんの一言だったけど、なぜかそれが嬉しい。


「タープ……メモっとこ」


スマホを開いて、こっそり欲しい物リストに追加する。

けどそれは、ただの欲しい物リストじゃなくて─

ちょっとだけ嬉しいやり取りの記憶になりそうだった。 


メモを書き終えて、スマホを閉じたメイは、小さくひと息をついた。


(……タープかぁ)


さっき、クールな人が通りすがりに言い残した言葉が、頭の中でふわふわと反芻される。

雨よけのもの、という印象しかなかったけれど

――たしかに、今日みたいな日は日差しの方がきついかも。

(いいアドバイス、もらっちゃったな)


思わず、ほんのり口元がゆるむ。


目の前に広がるのは、緑と川のゆったりした風景。

焚き火の火は、いつの間にか勢いを失い、煙をくゆらせていた。


◇◇◇


午後1時を少し回ったところ。


予定では、そろそろ撤収を始める頃だった。

このあとは、車で少し走った先の温泉にも寄るつもり。できれば、あんまり遅くならないうちに帰りたい。


(もう、片づけ……はじめないとな)


銀マットに手をついて立ち上がった、そのとき。

視線の端に、川のほう――少し離れたところに、人影が見えた。


(あれ……?)


それは、あの"クールな人"だった。

ひざの下あたりまで水に浸かりながら、川辺に立っている。


夏の陽射しに照らされた川辺。

背後には深い緑の山、その手前を澄んだ流れが静かに横切っている。

そのなかに、ぽつんと立つひとりの姿。


風に揺れる木々と、きらめく水面のなかで、まるで景色の一部みたいに、そこにいた。ただ、静かに。でも、凛とした佇まいで…


ただ立っているだけなのに。

——なんでだろう。


メイの胸の奥に何かを伝えてくる。


綺麗で、強くて、美しいのに、どこか空虚感をまとった後姿。


——胸の奥が、ズクンと鳴った。


言葉にできない。

でも、確かに、いま、何かがふれていた。

感情のかけらが、静かに音を立てて揺れ始める。


傘を持つ手にギュッと力が入る。

落ち着かない。じっとしていられない。


今…….今しかない。じゃないと…

視界の片隅で、ブロンズ色のランタンが、そっと静かにきらめいた。


言葉にならない感情に背中を押されて、メイは、その人のほうへ一歩を踏み出した。


止まらなかった。

次の一歩も、その次も。

手から傘が落ちたのも、気付いてすらいない。


メイは、いつの間にかまっすぐに走っていった。


川辺まで走っていくと、ちょっと戸惑ったように、クールな人がこちらを見た。


「……さっきは、ありがとうございました」


メイの声は、ちょっとだけ震えていた。でも、まっすぐに伝えた。


ひと呼吸おいて、"クールな人"は、ひと呼吸おいてから言った。


「ああ。困ってるときは、お互いさまだから」


それだけなのに、ほんの少しだけ、やわらかさを感じた気がした。

メイは、何か分からない、言葉にできない気持ちが、少しだけ伝えられたように思った。


「それより……足元、大丈夫か?」

指をさす"クールな人"。


メイが下を見ると、スニーカーがしっかり水に浸かっていた。


「あ……濡れてる……」


慌てて足を上げて、バシャバシャとその場で跳ねる。


その様子を見て、クールな人がふっと笑ったような気がした。

風が吹いて、川の水面がきらっと光った。


◇◇◇


ベージュのテントの横、並んだ少し大きめの石に、メイと"クールな人"は、並んで腰をかけていた。

そのまた横の石には、メイのスニーカーと靴下が干してある。



「……そっか。で、冬キャンの予行練習で、日帰りキャンプに来たって訳か …」


"クールな人"は、ぼそっと言った。


「そうなんです……いきなりお泊まりキャンプもハードル高いしと思って。 」


「なるほどね…」


どこか、ぎこちない会話。


「でも、今日は失敗ばかりで、ちょっとへこんでます」


“クールな人”は少しだけ間をおいてから、ぽつり。


「…そんなもんだよ 」


どこか遠いところに話しかけてるよう…そんな気がして、メイは"クールな人"の顔をチラッとみた。


「最初はみんな、そんなもんさ」


その言葉が妙に優しく聞こえた。



「……でも、キャンプやってみようって決めて、なんかちょっと変われた気がしてるんです。前より……少しだけですけど」


そう言ってから、メイはそっと視線を落とした。


すぐに返事はなかった。


“クールな人”は焚き火の跡を見つめたまま、何かを思い出すように、しばらく黙っていた。


そして、ぽつりと――


「そっか。 よかったじゃん」



「……あ、はい。」


少し照れながら返すと、“クールな人”がふと遠くを見る。


「なんか、自分もキャンプ始めたころのこと、思い出した」


「え? あなたも、そうだったんですか?」


“クールな人”は、ゆっくりメイの方に目を向けた。


「……あずさ」


「えっ?」


「名前。……広瀬梓」


その言葉に、ちょっとびっくりしたメイ。


「あ….広瀬さん。私、平瀬メイって言います」


なんとなく照れた空気が、二人を包む。


そんな空気をいやがるように、"クールな人"--梓が口を開いた。


「……苗字、一字違いだな」


「あ……ほんと、そうですね」


メイは思わず笑ってしまう。

梓も、つられて、ふっと少しだけ口元をゆるめた。


立ち上がりながら、ぽつり。


「……そろそろ撤収する」


その背中を見て、メイが反射的に声を出した。


「あの……!」


「ん?」


振り返る梓の視線に、少しだけ緊張が走る。


「その……もしよかったら……連絡先…」

メイは、絞り出すように、今にも消えそうな声で言った。


ちょっと沈黙。


梓はあまり表情を変えずに、ふっと言った。


「いいよ」


「えっ?」


「いいよ、連絡先」


「え、いいんですか?」


「いいよ、別に」


メイはあたふたとスマホを取り出し、画面を見ながら言う。


「えっと、Rainで……これ、送りました」


「届いた」


「……ありがとうございます!」


スマホをぎゅっと握りしめるメイ。


思ったより、胸があったかくなっていた。


◇◇◇


少しだけ、陽が傾いてきた頃。


メイのテント前では、撤収の真っ最中。

メイは小さくため息をついた。

収納袋って、なんでこうもピッタリサイズなんだろう。あと5センチ、いや3センチゆとりがあればいいのに。


悪戦苦闘しながら、テントを丸め直していたとき、「ブゥン」と低く響くエンジン音が近づいてきた。


顔を上げると、キャンプ場の奥の方から一台のバイクがゆっくりと走ってきた。

ベージュのキャップの代わりに、今はベージュのヘルメットにゴーグル。


“クールな人”が、メイのすぐ横を通り過ぎるとき、軽く片手を上げた。


その何気ないしぐさに、ゴーグル越しの笑顔が見えたような気がした。

メイもとっさに手を振る。


バイクはゆっくりと進んでいき、やがて木立の奥に消えていった。


メイは立ち止まったまま、その後ろ姿をしばらく見送っていた。


「……広瀬梓、さんか」


名前を口にしてみる。

なんとなく、ちょっとだけ、背筋がしゃんとした。

テーブルの上では、ブロンズ色のランタンが、

あたたかく見守るような気配を、そっとまとっていた。


山の向こうから光が差し込み、川面がきらきらと揺れている。


夏の夕刻の風が吹いた。

そのやわらかさが、メイの頬をそっと撫でていった。




ここまで読んでくださってありがとうございます!

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