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焚き火のゆくえ 〜キャンプでつながる、私たちの物語〜  作者: 青凪唯
第4章 デイキャンプとクールな人
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第37話 デイキャンプ前、激動の7days!


どんよりとした曇り空の下、小さな白いプジョーが静かに山道を走っていた。


フロントウインドウからチラッと空を見る。雨は降っていない。

お天気、ぎりぎりセーフ。


車内には、ゆるキャン△のオープニング曲『Seize The Day』。


(……なんか、かなり、わくわくしてる)


気がつくと、小さな声でメロディを口にしていた。



《7日前》


夜。

メイはベッドにうつ伏せになって、スマホを両手で支えながら画面をのぞき込んでいた。

そろそろ寝ようと思っていたのに、指は地図アプリの上を行ったり来たりしている。


(……さて、どこに行こう)


デイキャンプをしてみよう、と決めたのは4日前のこと。学校が夏休みに入ってからは、文学館もイベントやらなんやらで忙しくて、計画を立てている余裕すらなかった。

それでも、来週の平日、ちょうど休みが取れた日に、決行することにした。


次に決めるのは、「どこのキャンプ場にするか」。


「遠すぎると疲れちゃいそうだし……自然は多いほうがいいな……」


マップをスクロールして、キャンプ場らしき場所にピンを置いては消す。

そんな作業を繰り返しているうちに、ある名前が目に止まった――新和キャンプ場。


「ここ、いいかも」


山あいの川沿いにあるキャンプ場で、写真を見る限り、緑に囲まれていて静かそうな雰囲気。

レビューの評価も悪くない。予約は不要で、朝8時半からチェックインできて、夕方までいられる。


「……日帰りには、ちょうどいいかも」


さらに調べると、近くに日帰り入浴施設がある。“別川の湯”。温泉ではないけれど、露天風呂もあるらしい。


(帰りに寄れたら、気持ちよさそう……)


メイはスマホを置いて、枕に顔をうずめる。

それから、ころんと仰向けになって、天井を見上げた。


自然と、口元がふにゃりとゆるむ。


(楽しみだな……)


声には出さなかったけれど、頬のあたりがほんのりあたたかくなるのを感じた。



《5日前》


夜。

レンジの「チン」という音が部屋に響く。


メイはキッチンからお弁当を運んできて、ダイニングの椅子に腰を下ろした。

スーパーで買ってきた、唐揚げと玉子焼きののった夕飯。ちょっと味が濃そうだけど、今日はもうこれでいいや、って感じ。


箸を手に取ろうとしたとき、つけっぱなしのテレビから天気予報の音が聞こえてきた。


「きょう新たに、南の海上で台風8号が発生しました。

 このまま進めば、来週の中ごろには関東に接近、上陸するおそれがあります」


「……え?」


思わずテレビに目をやる。

画面には、くるんと弧を描く赤い進路図が表示されていた。

その先には、はっきりと“関東”の文字。


(来週の中ごろって、あれ……水曜日……)


デイキャンプに行こうって決めたのが、昨日。

チェックインは朝の8時半。もう出発時間もだいたい決めていたのに。


メイはスマホを取り出して、天気アプリを立ち上げた。

予報は「曇りのち一時雨」。その下には、ちいさく「台風接近の可能性あり」の文字。


「……うわぁ」


せっかく、いろいろ準備してきたのに。

やっと「行けるかも」って思えたのに。


(延期……する? でも、どうなんだろ)


箸を持ったまま、しばらくテレビの画面を見つめた。


――まだわからない。進路、ずれるかもしれないし。

様子を見よう。とりあえず、今は。


メイは、小さく息を吐いて、ようやく唐揚げに手を伸ばした。


《3日前》


日曜日、昼下がりのリビング。

メイはスマホを手に、ずっと天気予報のサイトを行ったり来たりしていた。


「……やっぱ、進路変わってないか」


南の海上で発生した台風8号。今のところの予報では、週明けには関東直撃コース。


「うーん……やっぱ、無理かな……」


ふと送った視線の先に、和室の隅のオレンジ色の収納袋に入ったテント。

そのそばに、コンパクトに畳まれたテーブルとチェアもきちんと片付けられていた。

まるで出番を待つ道具たちみたいに、静かにそこにいる。


メイは、ため息まじりにスマホのメモ帳アプリを開いた。

タイトルは、「デイキャンプ持ち物リスト」。


「どうせ行けないかもしれないし、別に今作んなくても……」

そう思いながらも、なぜだか手は勝手に動き始める。


・テント

・テーブル

・チェア

・オイルランタン

・焚き火台

・カセットコンロ(家のを流用)

・カップ麺(!)

・割り箸

・マグカップ

・お水……2リットル?いや、3?


「……あ、ゴミ袋もいるよね。あと、軍手? チャッカマン? 風が強かったら、火起こしやばそう……」


雑誌を引っぱり出して、付箋の貼ってあるページを開く。

“初心者のための持ち物チェック”のページには、しっかり「忘れがちグッズ」なんて欄もある。


「なるほど、敷物……それにウェットティッシュ……あ、虫除け忘れてた」


ひとつ書き足すたびに、なんだかちょっとだけテンションが上がる。なんか楽しい。


台風は来るかもしれない。でも、それでも――


「……行けたらいいな、ほんとに」

メイは画面のリストを指でなぞりながら、小さくつぶやいた。

そのまましばらく見つめていて、ふっと息がもれる。


「行けないかもしれないのに……私、なにしてんだろ」


天井を仰ぎながら、自分の真剣な顔を思い出して、なんだかおかしくなってくる。

行けるかどうかも分からないのに――そう思ったら、自然に笑みがにじんだ。


ほんの数分前まで、ワクワクしてリストを書いていたのに、次の瞬間には「やっぱ無理かも」と落ち込んで。

そんな期待と不安をぐるぐる行き来してる自分が、少しおかしく、少し愛おしい。


「……よーし!持ち物リスト、完成させよっと」


気を取り直して、もう一度スマホに向かった。



《2日前》


夕方の和室。

メイは仕事から帰ってきて、シャワーを浴びたあと、ゆっくりと足を運んできた。


(……台風、来るかもだけど。とりあえず、やれることはやっとこ)


スマホで「デイキャンプ持ち物リスト」を開いて、和室の窓際に道具をひとつずつ並べていく。

窓のすぐ向こうは駐車スペース。出発当日の朝、すぐ積み込めるようにしておこうと思ったのだ。


「テント、ランタン、焚き火台……テーブルに、チェア、シングルバーナー代わりの卓上コンロと……」


チェックマークをつけながら、ポツポツと声に出す。

すでに何度も確認したリスト。実際に並べてみると、けっこうなボリュームだ。


(まだ途中だけど……やっぱ多いな)


ちょっと腰を伸ばして、ふぅと息をつく。

ひと息入れようかな――そう思ったとき、タイミングを見計らったかのように、スマホが震えた。


「まだ仕事だよー おなかすいたー」


詩音からのRainだった。


メイは口元をゆるめながら、軽く返信を打つ。


『お皿でも食べてな』


すぐに、ぴこんと返ってくる。


「えーん、メイちゃんのいけずー!」


(……ほんと、まだ言ってる。いけず、どんだけマイブームなの)

小さく笑って、ニコニコのスタンプを返す。


詩音のRainにちょっとだけ元気をもらって、メイはスマホを置こうとした――その瞬間。


ふと目に入った天気アプリの通知。


「台風8号、最新進路予報を発表」


メイは無意識にタップして、表示された予報図に目をやった。


予想進路のラインが、ほんの少しだけ、関東から外れている。


「……あれ?」


まだ確定ではない。気象庁のコメントも“今後の動向に注意”とあった。


それでも――

心のどこかでぎゅっとしていたものが、ふっとゆるむのが分かった。


(……ひょっとして、行けるかも)


静かな和室に、テーブルとチェア。

その横には、オレンジ色のテントが控えている。


窓の向こうに、ゆっくりと夜の気配が近づいていた。


《前日》


昼休み。文学館の会議室。

外は蒸し暑く、分厚い雲が空を覆っていたけれど、冷房の効いた室内はひんやりとしていて、メイは心地よく感じていた。


一人きりで机に向かい、お弁当をつつきながら、スマホで天気予報を開く。

(……どうかな)

胸の中に、小さな期待と不安が入り混じる。


画面には「台風8号、関東から進路逸れる」との見出し。

陸地には上陸せず、急激に進路を変えて太平洋側に遠ざかっていったという。


「よしっ……!」小さくガッツポーズ。

台風の進路図を見て、思わず吹き出しそうになる。

(なんか、関東がバリア張ってるみたい)

画面の中で曲がった予想円が、そんなふうに見えてきておかしかった。


雨も、朝に少しぱらついただけ。いまはすでに止んでいる。明日の予報は曇り時々晴れ。降水確率も20%に下がっていた。


(これはもう、行くしかない……!)


お弁当の最後のひと口を頬張る頃には、メイの心もすっかり決まっていた。


デイキャンプ決行。


明日は朝早く出る。準備は今夜のうちに――


◇◇◇


その日の夕方、自宅。

仕事から帰ったメイは、和室の窓を開け放ち、その向こうにある駐車スペースを見下ろしていた。

窓の外には、小さくて白い、父の形見のプジョー208が停まっている。


「さて……積み込み、始めますか」


和室の窓から縁側にひょいと出てサンダルに履き替え、車の後部ハッチを開けた。

リアシートをパタンと倒せば、そこそこのスペースが広がる。


「へぇ……小さいくせに、意外と広いじゃん」


窓際にまとめておいた道具たち。テント、テーブル、チェア、焚き火台、ランタン……一つひとつ丁寧に運んでいく。


(大きいのは前の方がいいかな…)

(銀マット、軽くて弾んじゃうから挟まないと)


初めての積み込み作業。荷物の向きや順番に悩みながら、何度か積み直す。


「……うん、こんなもんかな」

なんとか、キレイに収まった。


車の後に立って、汗をぬぐう。

もしこれが宿泊だったら、寝袋に着替えに、もっと増えるはず。

(お泊まりキャンプって、大変そう……でも、なんか憧れるかも)


最後に、車のチェックをしおてかないと…


メイは運転席に腰を下ろしてみる。

あの、西伊豆に行って以来の運転席からの風景…ドアを閉まると、シーンと静まりかえる。


ふと、助手席に目をやると、なぜだか少しだけお父さんの気配を感じた。


(……もう、大丈夫。たぶん)


そう思いながら、キーを回す。


ぐるん、と野太いエンジン音。警告ランプ類もちゃんと正常を伝えている。

ガソリンも満タン。


これで、準備は万端……かな。

さあ、明日は7時出発。



夜のリビングに戻って、麦茶を一口。

和室にはもう道具がない分、昨日より広く感じる。


リストの物は全部積んだけど、なんだか心の中が少しだけ落ち着かない。


あれもよし、これもよし、でも――なぜか、そわそわする。


(子どもかって感じだけど……)


小さく息を吐いて、メイは窓の外を見上げた。

(明日……ちゃんと晴れてくれたら、いいな)


心の中でそっと願った。



《当日 朝》


朝5時半。

スマホの目覚ましが、いつもよりちょっとだけ派手に鳴った。


「……んー……」


アラームを止めて、再びタオルケットを顔まで引き寄せた。今日はお休みだし……?

その瞬間。

バサっと起き上がった。


「……起きなきゃ」


急いでカーテンを開ける。

外は分厚い雲に覆われてるけど、雨は……降ってない。やった!


洗面所で顔を洗って、歯を磨いて、着替えを済ませる。

いつものルーティン。だけど、心は少しだけ浮き足立ってる。

――なんてったって、今日は人生初のデイキャンプだ。


細かい荷物の入ったバックを手に、家の鍵を閉めて、車のロックを解除した。

玄関先に止まってる、小さなプジョー。

昨日は「大丈夫」って思えたけど、まだほんの少しだけ、胸の奥がぎゅっとなる。

それでも今は、わくわくの方が大きい…気がする。


気を取り直して、荷物を積んだままの車のトランクを確認して、ひとつうなずく。

ドアを開けて、運転席にすべりこむ。


「……よし、出発っ」


小さな声で気合いを入れて、エンジンをかけた。


◇◇◇


《現在》


(いや〜……なんだかんだで、ここまで来たんだなぁ)


山道を、メイの白いプジョーが静かに走っていく。

どんよりした曇り空。でも、雨は降ってない。気温もちょうどいい。


マウントワンで買い物して、準備して、天気にハラハラして、

一度は無理かもって思ったりもしたけど、いま、こうして走ってる。


(けっこうがんばったよね、自分)


ゆるキャン△のオープニングを小さく口ずさみながら、ハンドルを握る手にも、自然と力が入る。


やがて、曲がりくねった道を抜けた先に――


ぱっと広がる、宮ヶ瀬の緑。

いきなり視界が開けて、心までふわっとなる。


「……うわ、すご……」


思わず出た小さな声。

ほんとうに始めちゃったんだな、って実感が胸の奥に広がる。


「たぶん、今の私、人生でいちばんアウトドアしてるかも!」


そんな気がして、メイはアクセルをそっと踏み込んだ。

車は、新和キャンプ場へ向かって、ゆっくりと進んでいく。




ここまで読んでくださってありがとうございます!

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