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焚き火のゆくえ 〜キャンプでつながる、私たちの物語〜  作者: 青凪唯
第4章 デイキャンプとクールな人
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第36話 道具が揃えば、心も動く


七月最後の土曜日。


ふれあい文学館では、夏フェスと銘打った子ども向けイベントが開催され、メイも朝からその応援に駆り出されていた。


紙芝居の読み聞かせ、ワークショップの誘導、散らばった紙くずの片付け——

いつも以上に声を出して、いつも以上に歩いて、へとへとになって帰ってきた。


「……つかれたぁ」

靴を脱いで、着替える間もなくリビングの椅子にどさっと座り込む。


いつものようにレンチンのパスタを温め、ぼーっとしながら食べ始めたけれど、なんとなく視線が吸い寄せられてしまう。


和室の隅に置いてある、オレンジ色の袋に入ったテント。

その横に、折りたたまれた銀マットとオイルランタン。

少しずつ揃えてきたキャンプ道具たち。


(ちょっとずつだけど、揃ってきた……)


自然とニヤニヤしてしまう。


ささっとパスタを平らげ、メイは立ち上がった。

コーヒーを淹れて、テーブルに戻る。

そして、スマホを取り出して、「欲しいものリスト」を開いた。


ランタン、焚き火台、銀マット、テント。

そこまでは手元にある。

でも、本格的にキャンプをするなら、まだ足りない。


「チェアとテーブルでしょ、それにシングルバーナー、クッカー……寝袋もか……」


画面をスクロールしながら、ぽつりぽつりと呟く。


寝袋は、選ぶのがいちばん難しそう。行くキャンプ場の気温に合わせて選んだ方がいいらしいし…。


「どこに行くかなんて、まだ決めてないしなぁ…」


溜め息がひとつ。


そう思ったとき、ふと昨日買ったキャンプ雑誌の表紙を思い出した。


「夏だ、バーベキュー!」

その下に、小さく書いてあった文字――“デイキャンプ”という言葉。


(……デイキャンプ?)


メイは雑誌を引っぱり出して、パラパラとページをめくった。


「……なるほど。日帰りで楽しむキャンプってことか。」


寝袋もいらないし、調理もカップ麺とか簡単なもので済むかもしれない。

宿泊の装備がいらないぶん、ハードルがぐっと下がる。


「そっか、これなら……」


(なかなか、いいアイデアじゃん!)


思えば、自分はまだ一度もキャンプ場に行ったことがない。

どんな雰囲気なのかも、写真や動画の中でしか知らない。


「そうだよ……まずは行ってみることが、一番かも」


メイはスマホをタップして、再び「欲しいものリスト」を開く。


寝袋は後まわしでよし。

「……だったら、椅子。次に、テーブル」

エマゾンで検索するも、出てくる商品は種類も値段もまちまちで、どれがいいのかさっぱりわからない。


(こういうときは——)


自然と浮かんだのは、あのお姉さんの顔だった。

そう、アウトドアショップ・マウントワンの、あの親切な店員さん。


「……明日、休みだし。行ってみようかな」


思わずそう口に出していた。


◇◇◇


日曜日の午前中。

アウトドアショップ・マウントワンに着いたメイは、自動ドアの前で一瞬だけ立ち止まった。


(また来ちゃった……)


来店は二度目。ちょっとだけ慣れた気がして、気持ちは前より軽かった。

ガラスの扉がスッと開いて、中に一歩足を踏み入れる。


夏休み中ということもあってか、店内は家族連れで混み合っていた。にぎわっていた。

ディスプレイされた大型テントの中で、小学生くらいの男の子がキャッキャと飛び跳ねながらはしゃいでいる。


(にぎやかだな……)

そんな風景を横目に、メイはチェアコーナーへ向かった。


「わあ……いろんなの、あるなぁ」

思わず、声が漏れた。


肘掛けがついた、映画監督が座っていそうな椅子。

地面すれすれの座椅子みたいなやつ。

背もたれが高くて重厚感のあるチェア。

ひとことでキャンプチェアといっても、タイプはさまざまだった。


(どれが正解なんだろ……)

棚を見て迷っていると、レジのほうで接客していた店員のお姉さんと、ふと目が合った。

あの、初めて来た日に親切に教えてくれた人だ。


メイはぺこっと軽く会釈する。

お姉さんも、にこっと笑って会釈を返してくれた。


(……ちょっと安心)


ふたたびチェアを物色していると、ローチェアの棚で目が止まった。

どこかで見たような、丸みを帯びた小さな椅子。

青、ベージュ、カーキ、そして――オレンジ。


「……これ、リンちゃんのに似てる」

ゆるキャン△のワンシーンが頭をよぎる。


メイはカラフルなローチェアをそっと引き出し、その場で座ってみた。

すとん、と包まれるような感覚。

背中がやわらかく受け止められて、少しだけ笑みがこぼれる。


立ち上がって、持ち上げてみる。

「……軽い。これなら持って歩けそう」

そう思いながら、ふと値札に目をやる。


『16,400円』。


「うっ……高いな」

隣には似たような形の簡易チェア。値段は3,980円。

試しに座ってみたけど、悪くはない。

だけど——


(やっぱり、さっきのが好きかも)


ちょっとだけ迷ってから、メイは小さくうなずいた。


(よし。買っちゃおう!)


そのとき、さっきのお姉さんが近づいてきた。


「ローチェア、お探しでしたか?」


「あ、はい……これにしようかなって思ってて」


「いいですよね、それ。かわいいし、座り心地もいいですし。

テーブルは、もうお持ちですか?」


「いえ、まだです……」


「でしたら、チェアとの高さが合うか確認して選ぶといいですよ。高さ合わないと、けっこうストレスになりますから」


「なるほど……」


お姉さんと一緒に、テーブル売り場へ移動。

チェアと相性のいい高さのテーブルをいくつか見せてもらって、組み立てやすさや重さを確かめる。


「このタイプ、天板がパタパタッと折れてコンパクトになるので、持ち運びにも便利ですよ」


「おお……組み立て、簡単」


小さく声が漏れた。メイの顔が、ふっとほころぶ。


ローチェアとテーブル。


値段は少し張るけど…

——毒を食らわば皿まで。


そう思い切って、ふたつとも買うことにした。



ショップの外に出ると、もわっとして蒸し暑かった。

でも、そんなの気にならないほど、ウキウキしていた。


(うん……いい買い物、したかも!)


買ったばかりの紙袋をぎゅっと握って、メイは小さく深呼吸した。

その重さが、ちょっとだけ誇らしく感じられた。


◇◇◇


マウントワンの袋を両手にぶら下げながら、メイは玄関のドアを開けた。

思っていたよりも荷物がかさばって、鍵を取り出すのもひと苦労だった。


苦笑いを浮かべながら靴を脱ぎ、買ってきたばかりの椅子とテーブルを持って和室へ。


じっと袋を見つめてニヤける。

「……買っちった」


さっそく袋から取り出したのは、ローチェア。

あのリンちゃんの椅子みたいな、カラフルでかわいいやつ。


組み立て方はシンプルなはず……だったけど、いざとなると、どこをどう持てばいいのか迷ってしまう。

パーツを押したり引いたり、あちこちいじっていると――


「……あ、こうか」

ガシャン、と音を立てて、ローチェアが形になった。

座ってみると、背中がふわっと包まれるような感覚。沈み込みすぎず、でも柔らかい。


「……ふぅ〜」

無意識に、小さなため息がこぼれた。


「よし、次……テーブル」


説明書を広げて、今度は慎重に。

脚を広げて、天板をパタパタと開いて乗せて、カチッと音がすれば完成。

こっちは、ショップで一度、あのお姉さんと一緒にやっているので完璧。


それから、作りたてのテーブルに、おばちゃんから貰ったオイルランタンをそっと置いてみる。


「……わっ! いいじゃん」

思わずつぶやいて、また、自然と頬がゆるんだ。


何も特別な場所ではない。

ただの和室。いつもの家。

でも、小さな道具たちが並ぶだけで、ここが少し違う場所に思えてきた。


ローチェアに深く座って、もう一度テーブルを見つめる。

その横には、袋に入ったオレンジ色のテントが、ぽつんと置かれている。


(これだけ揃えば……とりあえず、デイキャンプなら行けるかも)


そう思った瞬間、胸の奥に、かすかな光が差し込んだような気がした。



ここまで読んでくださってありがとうございます!

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