表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
焚き火のゆくえ 〜キャンプでつながる、私たちの物語〜  作者: 青凪唯
第4章 デイキャンプとクールな人
35/137

第35話 ふたりの距離と、夏の風


ちょっと雲の多い、七月の終わり。


公園のベンチに、メイと詩音は並んで座っていた。

大きな池のそば、木陰のベンチは、風が通って思ったよりも涼しい。


「はい、じゃーん!」


詩音が広げたのは、色とりどりのおかずが詰まった、手作りのお弁当。


「わあ、きれい……それ、もしかして手作り?」


「うん。お母さんが作ってくれたの。私は詰めただけだけどね」


「彩りもキレイで、美味しそう」


「ふふ、見た目も味のうちって言うじゃん?」


メイも自分のお弁当の包みをほどく。

中から出てきたのは、かわいいタコさんウインナーが入ったお弁当。


「……どかべん?」


箸袋に書かれた文字をみて、詩音が首をかしげる。


「ドカベンって、あの漫画の?」


「いや、漫画は知らないけど、近所のお弁当屋さんの名前。ここのお弁当、人気で、すぐ売り切れちゃうんだ」


「へぇ〜、名前がインパクトありすぎ! でも確かに、おいしそう!」


「このお弁当屋さん、このタコさんウインナーが名物なんだって」

メイが箸でつまみながら、小さく揺らす。


「えっ、かわいい〜!食べるのがもったいないね」


ふたりで箸を動かしながら、ぽつぽつと会話をつなげる。


「……詩音ちゃんは、準備順調?」


「うん、今はアルバイトの子たちが入ってきてて、研修真っ最中。でも、みんないい子でさ、にぎやかで楽しいよ」


「そっか。なんだかんだでもうすぐだもんね。グランドオープン」


「うん、準備もイベントも山盛りだけど、なんとかなるっしょ! 文学館のほうは、忙しいの?」


詩音は、卵焼きを頬張りながら、メイにたずねた。


「うん、まあね。イベントとか重なってて、ちょっとバタバタしてる。でも、今日はこのあとそっちに顔出すよ」


「やったー! 久しぶりにメイちゃんと仕事できる!」


詩音の笑顔は、真夏の空みたいに明るい。

それに引きずられるように、メイもふっと口元を緩めた。


「そういえば……」

メイが少しだけ間をおいて言った。


「この前、Rainで送ってきてくれたやつ。風の……」


「それ! 『風のあとを、歩いて』だよ!あれ、めっちゃ好きなの!」


詩音は急にスイッチが入ったかように話し出す。


「めくってるとね、なんかこう……風が吹いてくるような感じ。気のせいかもだけど!」


「……へえ」


メイは口元に笑みを浮かべながら、箸を動かす。


「なんかさ、森の中とか、川とか、あとね、草原を歩いてる写真があってさ。なんでもない風景なんだけど、見てると心がすーってなるの」


「自然風景を集めた写真集か……そういうの、いいかもね」


「でしょでしょ! 引き込まれて、肩が軽くなって、心がぽわーんとして……もう最高!って感じ」


空を見上げて、目をキラキラさせる詩音。


「いい本、みつけたね…」


詩音が元気だと、こっちまで元気になる…そんな気がした。

風が通る。二人のまわりには気持ちのいい空気が流れていた。


……と、そのとき。


「あっ」


メイの箸から、タコさんウインナーがぽとりと落ちる。


「うわっ、タコちゃん脱走っ!」


詩音が慌てて手を伸ばし、勢いあまって卵焼きもぽとん。


「ぎゃー!自爆!」


「これはもう……3秒ルールでは、どうにもならないやつだ」


ふたりで拾い上げたものを眺めて、顔を見合わせ、ぷっと笑う。

夏の午後、池のそば。笑い声がやわらかく広がった。


◇◇◇


お弁当タイムを終えて、カフェ・ラフォーレ リーヴルスに戻ってきた二人。

ドアを開けると、ひんやりとした空気が迎えてくれた。


「詩音、おかえり。外、暑くなかった?」


自分のお弁当箱を片付けながら、沙織が声をかけてくる。


「うん、木陰はまあまあかな。でもやっぱエアコンは最高!」


「文明の力に感謝だね」


「文明の力、長州力ー!」


……一拍置いて、横からユキがぼそり。


「今のは、あまり面白くないかと」


「もー、ユキちゃんのいけずー!」


明るい声が、ぽんっと空間に広がって、自然と詩音のまわりに輪ができる。

その様子を見ながら、メイはふっと微笑んだ。


「平瀬さん、久しぶり」

沙織が声をかけてくる。


「あ、どうも。沙織さん……四日ぶりですかね」


「そんなもん?でも、なんかもっと久しぶりな感じするなー。今日はこっちの担当?」


「ええ。展示エリアの仕上げに」


「そうなんだ。がんばってね」


「はい、ありがとうございます」


そんな会話をしていると、奥の本棚から元気な声が響いた。


「メイちゃん、こっちこっちー!」


振り向くと、詩音が写真集を手に、ぴょんぴょんと手招きしていた。


ちょっとだけ照れたように目を細めながら、メイは呼ばれた本棚の方へ近寄った。


「これだよ、あの写真集!」

『風のあとを、歩いて』と書かれた装丁の柔らかい一冊を、詩音が手渡してくれた。


表紙に触れた瞬間、ふわっと風が吹くような感覚が胸の奥をくすぐった。


ページをめくると、静かな森、風に揺れる草原、雄大な山々…

風景の写真は今まで何度も見てきたのに、不思議と胸の奥がスッと澄んでいくようだった。

指先が写真の縁をなぞるたび、まるで風が頬をかすめていくような感覚になる。


(……こんな場所でキャンプできたら、どんな気持ちになるんだろう)


さらにページをめくっていくと、一枚の写真に目が止まった。


広がる草原の中、ひとりの少女が、風を受けながら歩いている。


写真の下には、こんな言葉が添えられていた。


── 歩いていれば、風が背中を押してくれる。


メイの心の奥に、ぐっと来るものを感じた。


「ねえ、どう? この写真」

詩音はいたずらっぽい笑顔を浮かべて尋ねた。


「……なんか、軽い衝撃を受けたような……」


「でしょ? どれもいいんだけど、私もこの写真で胸ズキューンってなったんだぁ」


詩音の声に、メイはゆっくりとうなずいた。


「うん……詩音が言ってたように、すごくいい本だね」


「……え?」


詩音が、目をぱちくりさせる。


「いま、“詩音”って呼んだ?」


「えっ……あ、あぁ……つい」


メイは、ちょっとだけ顔を赤らめて、写真集に目を落とした。


詩音は、ふわっと笑う。


「ふふっ。いいよ、その呼び方。なんか、うれしいかも」


少しだけ顔をほころばせて、照れ隠しのように本棚の前を離れていく。


そのとき、カフェの方から美智子の声が響いた。


「はい、そろそろ始めるよー。みんな、集まってー!」


「あっ、行かなきゃ! じゃあまたね、メイちゃん!」


手をふって走り出す詩音の背中に、小さく返す。


「……またあとで、詩音」


声に出したその響きに、ほんの少し胸が温かくなる。


メイは写真集をそっと棚に戻し、大きめのトートバッグを肩にかけ直すと、展示エリアへと向かった。



ここまで読んでくださってありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ