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焚き火のゆくえ 〜キャンプでつながる、私たちの物語〜  作者: 青凪唯
第4章 デイキャンプとクールな人
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第32話 小さなグリル、はじめの一歩


次の日。


仕事がお休みのメイは、午前中に洗濯と掃除を片づけて、気持ちもすっきり。小さなバッグを肩にかけて、矢鞠駅近くのアウトドアショップへ向かった。


「マウントワン」という名前のそのお店は、去年の夏ごろにオープンしたらしい。


「あ、ここだ……」

外から見た感じは、小さなホームセンターみたい。

メイにとっては、はじめてのアウトドア専門店だった。


ガラス越しに見える店内には、大きなテントやカラフルな道具が並んでいて、ちょっとだけ気後れする。

でも、せっかく来たんだし――と、思い切ってドアを引いた。


扉の向こうには、ふわっと木のにおいと、かすかに焦げたような香りが漂っていた。

それだけで、なんとなくキャンプっぽい空気。


店に入るとすぐに、大きなテントがひとつ。

ピンと張られた生地が、ぴかぴかしていて、なんだかかっこよかった。


「……すごいなぁ」


思わず、ぽつりと声がこぼれる。

こんなの本当に、自分でも建てられるんだろうか。


その横には、色とりどりの寝袋がつるされているコーナーもあって、つい目を奪われる。

赤、青、グレー、カーキ……どれもふかふかしていそうで、見ているだけでちょっと楽しい。


でも、今日の目的は、まず焚き火台。


あの焚き火の動画を見て以来、どうしてもやってみたいのが焚き火だった。

いろいろ調べたところ、地面で直接焚き火の出来るキャンプ場は少なくて、焚き火台なる物を使うらしい。

だから、"まずは焚き火台を買う"。そう決めていた。


「どこだろう……このへんかな」


メイは店内をそろりそろりと歩きながら、焚き火台のコーナーを探した。

調理器具、クッカー、スパイスボックス……実物を見るのは初めての道具ばかりで、少しずつ胸が高鳴る。


ようやく「焚き火台」の文字を見つけて、そっと歩を早めた。


その棚には、いろんな形やサイズの焚き火台が並んでいた。


「へぇ、丸いのもあるんだ……」

「こっちのは、大きくて重そう……」


ひとつひとつ見ながら、棚の下の段にふと目を向けたとき、小さな焚き火台が目に入った。


ステンレスの枠が折りたためるようになっていて、ぱっと見は頼りなさそうなのに、なぜか目が離せなかった。


「……これ、似てるかも」


あの動画で見た焚き火台と、なんとなく雰囲気が似てる気がした。


しゃがんで、手に取って、そっと持ち上げる。

軽い。でも、ちゃんと火を扱う道具なんだと思うと、ちょっとだけ緊張した。


メイは小さくうなずいた。


「これにしよう」


焚き火台を買い物カートに入れて、メイはもう一度、きのう本をを見ながらチェックしたリストをスマホで確認した。

テントと寝袋。これがないと、そもそも泊まれない。


店内を歩いていくと、奥のほうにテントがずらりと並んでいた。

見本用にいくつか張られたテントは、どれも本格的で、どこか自分とは無縁な世界に思えてくる。


「……でっかいなあ」


メイの口から、思わずこぼれたひと言。

ひとり用、って書かれているのに、思ったよりずっと広く見える。


端っこのほうに、小さめのテントがあった。

そのオレンジ色の布地に、なんとなく目が引かれる。


(あ、こんな感じのやつ……アニメで見たことあるかも)


じっと見ていたそのとき、横から声をかけられた。


「こんにちは。テント、お探しですか?」


びくっとして振り向くと、そこには店員さんが立っていた。

モスグリーンのシャツに身を包んだ、笑顔のやさしい女性。

声も落ち着いていて、ふんわりした雰囲気が漂っている。


(うわ……店員さんと話すの、ちょっと苦手なんだよな)


「え、あ、はい……ちょっと、見るだけで」


思わず口から出た声は、少し小さめだった。


「もしよかったら、ご説明しますよ」


こういうとき、いつもは仕事のときみたいに、無理に笑ってごまかしてた。

でも今日は、ちょっとだけ、ちゃんと話してみようと思った。


「あの……初心者なんですけど、ソロキャンプで使えるような……」


自分でも、ちょっと驚いた。

ちゃんと声に出せたことが、うれしかった。


「そうですか。じゃあ、いくつかソロタイプのをご紹介しますね。これは、山にも持って行けるようなコンパクトなモデルです」


……と言いかけて、店員さんはふと思い出したように続けた。


「ところで、もう行き先とか、季節は決まってますか?

テントって、場所や時期によって選び方がけっこう変わるので」


「えっと……まだ場所は決めてないんですけど、冬に行きたいなって思ってて」


「冬キャンプ、いいですね。じゃあ――」


店員さんはうれしそうにうなずいてから、いくつかのテントを指差した。


「それでしたら、スカート付きのものや、二重構造の“ダブルウォール”ってタイプが安心ですよ。風も冷気も入りにくくて。あとは、設営のしやすさも大事になってきますね」


そこからは、素材や耐水性、ポールの構造、収納サイズなど細かい点も含めて、いくつかのテントを丁寧に教えてくれた。


「寝袋も見てみますか?このへんのは三シーズン対応で、秋まで使えますよ」


寝袋のコーナーで、ふと目に止まったタグをじっと見つめる。

“快適使用温度:5℃ 限界使用温度:−5℃”。

……ん? なんだろう、このふたつの違い。


「あの……これって、どういう意味なんですか?」


メイがそう聞くと、店員さんはやさしく笑ってうなずいた。


「“快適温度”は、寒くなくて、リラックスして寝られる温度ですね。

“限界温度”は……まあ、がんばれば寝られる、って感じです」


「がんばれば……」


「はい。寒がりの方なら、快適温度を目安にして選ぶのがおすすめですよ」


「……なるほど」


たったこれだけのやりとりだけど、ちゃんと教えてもらえるのが、うれしかった。

こんなふうに説明してもらえるって、なんだかいいな、と思った――そのとき。


ちらっと目に入った値札を見て、メイは思わず息をのんだ。


(62,000円、75,000円、88,000円、132,000円…!)


「……お、お高いんですね」


店員さんは、ふっとやわらかく笑ってうなずいた。


「そうですね。寝袋も、高いものは高いですし……キャンプ用品って、一通り揃えると、けっこうかかっちゃいますから。

でも、冬に行かれるんでしたら、まだ少し時間もありますし。急がなくても大丈夫ですよ。

ひとつずつ揃えていく方、多いですし。まずは気になるものからで、いいのではないでしょうか」


「ありがとうございます。……じゃあ今日は、とりあえず焚き火台だけにしておきます」


そう言ったメイに、店員さんはあたたかく笑ってくれた。


「いいと思いますよ。焚き火から始める方も、最近多いですし。キャンプ、楽しんでくださいね」


「はい……ありがとうございます」


頭をぺこりと下げて、レジに向かう。

ちょっとだけ、誇らしい達成感のような気持ちが湧いてきた。


◇◇◇


紙袋をぶら下げて家に帰るころには、日が少し傾きはじめていた。

まだ夕飯には早い時間。

でも、どうしても、やってみたかった。


メイはそのまま自室に直行し、紙袋から買ったばかりの焚き火台を取り出した。

折りたたまれた姿は、両手にちょこんと乗るくらいのサイズ。

こんな小さなものが、本当に火を灯せるなんて、まだちょっと信じられない。


収納袋からそっと引き出し、取扱説明書を片手に机の上で広げてみる。


まずはフレームを立てて……薪を乗せる火床を差し込んで……ん? 逆?


「……あれ? ちがう?」


首をかしげては戻し、説明書を見てはまた首をかしげる。

その回数、すでに五回目。


金具を反対につけたり、パーツの向きを間違えたり。

たかが焚き火台、されど焚き火台。思った以上に手強い。


「……いや、こっち……かな?」


ぶつぶつ言いながら、何度目かのやり直し。

そして、ようやく。


「……できた!」


平べったい板切れだったはずのステンレスが、今は銀色のフレームにぴたりと収まり、小さなグリルの姿を見せていた。


机の上にちょこんと座る、“はじめての”焚き火台。


メイは思わず口元がゆるむ。

自分の手でちゃんと組み立てられたことが、想像以上にうれしかった。


机の上の焚き火台を見つめながら、メイは想像する。

夜のキャンプ場。静かな森。焚き火のパチパチって音。

そのまん中に、この子がいる。


「……なんだか、早くキャンプ、行きなくなるなぁ」


そのとき、スマホが震えた。

画面を見ると、詩音からのRain。


「試食会で作ったパフェ、ぐちゃぐちゃになった…」

続けて、不恰好なパフェを持って苦笑いしてる詩音の自撮りが送られてきた。


メイは、くすっと笑って返信を打つ。


『やっぱり美智子さんにお願いするわ』


送信ボタンを押してから、もう一度焚き火台に目をやる。

まだ火はついていないのに、銀色の枠がそこにあるだけで、心の奥がじんわり温かくなる。


まるで、これから灯る焚き火の気配だけが、ひと足先に胸のなかに届いたみたいだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます!

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