表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
焚き火のゆくえ 〜キャンプでつながる、私たちの物語〜  作者: 青凪唯
第4章 デイキャンプとクールな人
31/140

第31話 欲しいものリスト


とある平日の夜。


仕事を終えたメイは、ふれあい文学館の近くのコンビニでカレーを買い、住宅街の夜道を歩いていた。


街灯に照らされたアスファルトを見下ろしながら、ふっと思う。

田中部長に「軽い連絡係だから」と言われて引き受けた仕事は、気がつけば文学館とラフォーレを行き来する毎日になっていた。


蔵書のチェックや、提出する資料作り。

そして何より大変なのは、展示の仕上げ。

片手間でできるような仕事じゃない。


それでも——不思議と、嫌ではなかった。


西伊豆で心を動かされたこと。

苦手だった柳森さんとも、少しだけ近づけたこと。

そして、詩音という友達ができたこと。


……自分でも驚くくらい、今は前を向けていられる、ような気がする。


その気持ちを支えているのは、「キャンプをしてみたい」という小さな願いだった。


キャンプのことを考えると、胸がちょっと弾んで、足取りまで軽くなる。

気づけば帰宅する歩みも、いつもより早くなっていた。


「ただいま……」

誰もいない玄関を開けると、少しもわっとした空気がお出迎えする。

いつものように明かりをつけ、窓を開けると、夜風がひやりと頬をなでていった。


コンビニのカレーをレンジで温め、ささっと平らげる。

食後に淹れたマグカップのコーヒーから、香ばしい湯気が立ちのぼる。

その匂いに包まれると、ようやく今日一日の疲れがほぐれていくようだった。


けれど、今夜のお楽しみはまだこれから。


食器を流しに置き、カップを手に自分の部屋へ直行する。

六畳の空間は散らかってはいないけれど、静かな空気がじんわりと漂っていた。


「さあーて、はじめますか!」


小さく声を出して気合を入れると、机の上に広げたのは、この前、葛城書店で買ってきた『そうだ、キャンプへ行こう』。

イラストや漫画も交えた、初心者向けのやさしいハウツー本だ。


これを頼りに、今日からちゃんと“キャンプ準備”を始めてみようと思っていたのだ。


スマホのメモ帳アプリを立ち上げると、画面には『欲しいものリスト』の文字だけがぽつんと残っていた。


本に目を通しながら、必要そうなものを拾っていく。


「テントと寝袋。それから……ローチェアも、あったほうがいいかな」

「シングルバーナーも。料理するなら、やっぱり必要」


思いついたものを声に出しながら、一つずつ入力していく。


ある程度の知識は、この本やアニメ「ゆるキャン△」で仕入れていたので頭にはある。

けれど、いざ書き出してみると、思いのほか大変な作業だった。


「……焚き火台は、絶対いる」


指先を止めずに打ち込んでいくうちに、リストはどんどん長くなっていく。

ランタン、マット、鍋やカトラリー。

書けば書くほど「ほんとに揃えられるのかな」という不安が胸にのしかかる。


「キャンプって、想像以上に“道具の世界”なんだなぁ」


ぽつりと独り言をこぼし、ひと通りリストを書き終えたメイは、通販サイト・エマゾンのアプリを開いて「テント」と検索した。


——しかし。


画面いっぱいにずらりと並んだ商品を見て、胸の中のやる気が、ふわっとしぼんでいくのがわかった。


「やっぱ、こんなにあるんだ……」


ドーム型、山岳用、ツーリングテント。

スクロールするたび、次から次へと出てくるテントたち。


さらに「耐水圧」「設営のしやすさ」なんて文字が並ぶと、もう頭がぐるぐるしてくる。

寝袋も同じだった。マミー型に封筒型、対応温度に中綿の種類。

値段だってピンからキリまで。高ければいいってものでもなさそうなのは、素人のメイにもなんとなくわかる。


知識として知っているだけじゃ、全然足りないんだなぁ、と痛感する。


「現実はアニメよりも奇なり、だなぁ……」


ぼそっとこぼして、エマゾンのアプリを閉じたそのとき——

ブーン、とスマホが震えた。


画面を見ると、詩音からのRainだった。


「おつかれさまー!」

「今おわったよ、もうへとへと〜」


『おつかれ、詩音』と返す。


「今日こっち来なかったんだね」

「明日は来るの?」


『今日は文学館の仕事。明日はお休みでーす』


「えーそうなんだ」

「明日スイーツの試食会だったのに、残念」


『えー、そーなの!?』


「明日作るの、カスタードとベリーのミルフィーユだって!」

「ページみたいに層になってて、めっちゃかわいいやつ」


『なにそれズルい!』


「さらに焼きりんごにアイスのせたやつとか」

「シナモン香るって書いてあった」

「もうスイーツテロ確定!」


『やめて〜、めちゃ食べたくなる!』


「じゃあ今度、私が作るから!」

「山盛りで♡」


『美智子さんに作ってもらうから、いいや』


「えー、いけずー(>人<;)」


メイは、ふっと笑ってスマホを伏せた。

ほんの数分のやりとりなのに、肩の力がすっと抜けていく気がした。


「……あ、Rainとかしてる場合じゃないぞ」


我に返ったようにつぶやく。

目の前のリストは、さっきから変わらないままだった。


「これじゃあ、実物を見てみないと分からないかも……あっ」

そこでふと思い出す。


少し前にポストへ投げ込まれていたチラシのこと。

そのときはろくに見もせずに捨ててしまったけれど——確か、駅の近くにアウトドアショップがオープンしたって書いてあった。


「明日、休みだし……行ってみようかな」


コーヒーを飲み干すと、ほんのりとした苦味が喉に残った。

メイは小さく息をついて、静かな夜の部屋に身をゆだねた。



ここまで読んでくださってありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ