第3話 雨と不運は、何かの前兆ですか?
朝から雨。しかも、けっこうな土砂降りだった。
「今年は空梅雨だって言ってたじゃん…」
テレビで見た気象予報士のおじさんの笑顔が、今となってはちょっと恨めしい。
通勤の間に、靴下はもうびしょびしょ。
前髪はおでこにペタリと張りついて、朝から最悪のスタートだった。
それに加えて、寝坊。
おまけに昨夜、炊飯器のタイマーをセットし忘れてて、お弁当も作れなかった。
コンビニに寄る時間もないし…また昼休みに外に出るのかと思うと、すでに憂うつだった。
なんとか会社にたどり着いた。今日は、靴下なしで一日を乗り切る覚悟。
◇◇◇
午前中は、とくに事件もなく過ぎていった。
昼休み。
運よく雨が小降りになったので、いそいそとコンビニへ。
だけど、当然のようにレジは長蛇の列。
ようやくお弁当を手に外に出たら、今度は雨が本降りになっていた。
傘、持ってきてないのに…。
「メイちゃん、ずぶ濡れじゃない。風邪引くよ」
向かいの席の杉山さんが、大きなタオルを差し出してくれた。
アラフィフの気さくなおばちゃん先輩。
気は利くけど仕事は遅い――って、そんな噂を聞いたことがある。でも、今日のこのタオルは救世主だった。
「気が利くって、それだけで最強じゃん…」
なんて、ちょっとだけ思った。
◇◇◇
午後。頼まれていた書類を作っていると、パソコンが突然フリーズ。
「えっ、うそ…保存してないんだけど…」
マウスをカチカチやっても、画面は無反応。絶望。
こういう日は、ほんとにとことんダメ。
帰り道。
もちろん雨は止んでいない。
ぺたぺた濡れた靴で歩いていたら、前から小学生がわーっと走ってきて、避けようとして小さな水たまりに足を突っ込んだ。
じゅくっ。冷たい感触に、思わず空を仰いだ。
「はぁ…今日はほんと、何なの…」
家に着いて、バッグを床に放り投げる。
まずは濡れた服を脱ぐ。
お風呂? 面倒。
ごはん作る? いや、無理。
そういえばこの前、スーパーで冷凍グラタンを買っておいたっけ。
味はそこそこ。でも、今日はそれで充分だった。
レンジに突っ込んで、ソファにぐったり沈む。
普段なら本を読むか、スマホをいじる。
でも今夜は、そのどっちも気が乗らなかった。
ただ、なんとなく、なにかに気を取られていたいだけだった。
チン――。
レンジの音に、ちょっとだけ救われた気がした。
◇◇◇
テーブルにグラタンを運び、スプーンを手にとる。
とりあえず一口。
うん、悪くない。
二口目を運ぼうとした、そのときだった。
バチン。
──突然、視界がブラックアウトする。
グラタンを乗せたスプーンが、目の前から消えた。
テレビの音も消えて、部屋が静まり返る。
「……え?なに?」
すぐに状況は飲み込めた。
停電……
部屋が暗いだけで、全身がきゅっとこわばる。
私は暗いのが苦手だ。
一人暮らしのこの家が、広いせいもある。
なにかが潜んでいそうなこの感じが、たまらなく怖い。
とにかく、光が欲しい。
カバンからスマホを取り出し、ライトをつける。
少しだけ気が楽になったけど、明かりひとつじゃ心細いままだ。
「いつまで続くのよ、もう…」
気持ちを紛らわせたくて、スマホをそのまま握りしめたまま、SNSを開いた。
こういうとき、誰かのどうでもいい“今日”って、ちょっとだけ助かる。
無意識にスクロールする指。
ふと、親指が止まる。
──あ、これ……
画面の中で、焚き火が揺れていた。
暗がりの中で、パチ、パチッと薪が弾ける音が、静かに耳をくすぐる。
──前にも見た、これ。
部屋の暗さも相まってか、焚き火は一段と美しい炎をあげている。
停電でこわばった背筋だけでなく、散々だった今日の憂うつも解かしてくれるよう。
そう。
あの日、この動画を初めて見た時の気持ちがふいに浮かびかけた、そんな瞬間。
ふっと、画面が暗くなった。
「……え?」
スマホが沈黙する。
充電切れ。
よりによって今。
再び暗闇に放り込まれた。
心のどこかで浮かびかけた何かも
スン…と消え、ぽかんとするしかなかった。
言葉もない。
ツッコミすら出ない。
──と、そこへ。
バチン!という音とともに、部屋の明かりが突然パッと点いた。
「えっ、今!?」
ひとりツッコミが漏れる。
照らされた部屋の中、時計の針は何もなかったかのごとく、普通に時間を指していた。
外ではまだ、雨が降っていた。
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