第27話 詩音、いきます!
梅雨明けが宣言された。
例年より三日早いらしい。
蝉の声がやたらうるさく感じる、そんな暑い日の朝。
カフェ・ラフォーレ リーヴルスは、どこかそわそわした空気に包まれていた。
所々に資材が残ってはいるものの、屋外では外装作業が終盤を迎えていた。
グランドオープンに向けて、着々と準備が進んでいる感じだ。
詩音は、控え室でスタッフTシャツに着替えながら、昨日の出来事を思い出していた。
(あの人……平瀬さん、だっけ)
(クールで、淡々としてて……なんか、冷たい人かもって思ったけど……)
(……でも)
“あの場”で抱いた第一印象よりもずっと柔らかく見えたことに、自分でもちょっと戸惑いを感じていた。
「小豆沢さーん、ミーティングはじまるよー」
「はーい、今行きまーす!」
詩音は返事をして、小走りに控え室を後にした。
店内のカフェ・エリアの一角に、スタッフ全員が集まっていた。
今日は初めて、応援スタッフも含めた全体ミーティングの日。
開店に向けた準備が、いよいよ本格的に動き出そうとしている。
(緊張する……けど、大丈夫。ちゃんとできる。副主任なんだし!)
詩音は自分に言い聞かせるように背筋を伸ばした。
店長の鈴原敦子が、穏やかな口調で話しはじめた。
「おはようございます。
はじめましての人も、何人かいるわよね。店長の鈴原敦子です。よろしくお願いします。」
鈴原は、やさしくも芯のある口調で続けた。
今回集められたのは、系列店から選ばれた精鋭スタッフたち。みんな、どこか落ち着いた雰囲気で、ベテラン感が漂っている。
(私……ちゃんと集中できてるよね?
美馬店長も言ってたもん。
集中力、ちゃんと磨いてこいって……)
「……というわけで、まずは簡単に自己紹介をお願いします。小豆沢さんからどうぞ」
(集中集中集中……! 落ち着け、あたし……)
詩音は心の中で唱えながら、ぎゅっと手を握りしめる。
「小豆沢さん?……詩音さん?」
「はいっ! 集中してます!!」
ピシッと背筋を伸ばしてやや大きな声。
会場が一瞬しんと静まり返った。
「……」
その直後、誰かが小さく吹き出した。
「ぷっ……」
「くす……ふふっ」
つられるようにあちこちから笑い声が漏れて、会場の空気がふわっと和らぐ。
店長も微笑みながら言う。
「ありがとう。でも、自己紹介ね」
「あっ……す、すみません!
小豆沢詩音です! 副主任として、えっと、一生懸命がんばります!」
パチパチと拍手が起こる中、詩音は顔を真っ赤にして、深くお辞儀した。
ほんのりとした笑いと温かさが、場の空気に残っていた。
◇◇◇
ミーティングが終わったあと、詩音は一度控え室に戻った。
(……ふぅ、やらかした。でも、笑ってくれてたし……たぶん大丈夫)
こっそり深呼吸しながら、今日の作業リストを確認する。
そこへ、業者さんとおぼしき人と一緒に柳森さんが入ってきた。
柳森さんは詩音の顔をみると、
「あ、ちょうどよかった! 小豆沢さん、これ、平瀬ちゃんに渡しておいてくれる?」
そう言って、手渡されたのは、印刷された資料の束。
20枚以上ありそうな分厚さ。
(あの、平瀬さんにかぁ…… でも、大丈夫!)
「はい!」
元気よく資料を受け取ると、ポケットから大きめの付箋紙を取り出した。
スラスラと何か書いて、資料にペタっと貼り付ける。
「了解ですっ、副主任力、発動っ!」
「……えっと……よろしくね」
答えに困る柳森さんだった。
店の奥にいると聞き、詩音は資料を抱えてカフェ内へ向かった。
(この前は……ちょっと、バタバタしちゃったけど……今日はしっかりしたとこ見せるぞっ!)
店内をキョロキョロ見渡すと、本棚エリアにメイが業者さんといるのを見つけた。
(あ、いた! よし、しっかり渡すぞ……!)
そう気合を入れて歩み寄った、その瞬間——
ガコンッ!
「わっ!」
足元の工具箱に気づかず、つまずいてしまった。
抱えていた資料がバサバサッと宙に舞い、床に散らばる。
「きゃーっ……!」
勢いよく膝をぶつけ、思わずうずくまる詩音。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ってきたのはメイだった。
「ご、ごめんなさい! 資料……ぐちゃぐちゃに……!」
「それより、膝、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です、ホントにごめんなさい……」
膝の痛みをこらえながら、資料を集め出す詩音。
「いえいえ。私も、こういうの……けっこうやりますし」
メイは、にこやかにそう言ってしゃがみこみ、ばらまかれた紙をひとつひとつ丁寧に集め始めた。
「……ありがとうございます」
うつむいたままの詩音が、小さな声でつぶやく。
そんな時、メイが、大きめの付箋が付いた資料を拾う。
『ちゃんと渡すこと!緊張すんなよ自分』
そう書かれてた。
「なんでしょう、これ?」
「あー!それは、あの、ちょっとしたおまじないっていうか……」
毎度ながらの詩音の慌てっぷりに、メイは、クスッと笑った。
それにつられて、詩音も照れ笑いを浮かべた。
「……デヘヘ」
(平瀬さん、やっぱりいい人かも…)
ほんの少し、だけど確かに。
平瀬さんに対する印象が、あたたかく変わっていくのを、詩音は感じていた。
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