第24話 よりによって、あの現場…
ルルポ ド ニーチェの更衣室では、瑞稀が制服のボタンを留めながら、千秋としゃべっていた。
「でさー、新店舗、けっこう本格的らしいよ?」
「へえ。ブックカフェって、あの“カフェで本読んでる自分に酔える系”のやつでしょ?」
「それ、言い方ひどすぎ。もっと優雅なやつだよ、文学的なほっこり空間ってやつ」
宙を見つめる千秋を見て、瑞稀が小さく笑う。
その時、
バーーン!!
更衣室のドアが勢いよく開いた。
「おっはよーございまーっす! 元気いっぱい小豆沢詩音、ただいま出勤いたしましたーっ!」
……無言の更衣室。
瑞稀も千秋も、着替えに集中したまま。
見事なまでのスルー。
「ちょっ、スルーだけはダメだってばぁあー!」
詩音が崩れ落ちると、千秋がクスクス笑って振り返った。
「ごめんごめん、つい無意識にね。
はいはい、おはよう詩音ちゃん」
「まったくぅー! せっかく元気出して来たのにー」
「ところでさ、詩音。新店舗の名前って知ってた?
“カフェ・ラ フォーレ リーヴルス”だって」
「ふぉーれ……りーずふる……語感、いいね! 魔法陣唱えそう!」
「意味は“本の森”。ちょっといいでしょ?」
「へぇ〜」と相槌を打ちながら、詩音はロッカーを開けて着替えを始める。
千秋は続けた。
「しかもね、地元の本屋さんとコラボするんだって。葛城書店!」
その瞬間。
バタン!!
詩音の持っていたバッグが落ち、中身が盛大にぶちまけられた。
「ちょ、どした詩音!?」
「う……うわ……そうだった……」
拾いながらつぶやく詩音の顔が、みるみる青ざめていく。
(やば……やばいやばいやばい……!)
(思い出した……!)
葛城書店って——
あの、自転車ぜんぶ倒して、ドミノ倒し大会やらかした場所じゃん……!
(よりによって……あたし、そんな場所で……!)
着替えもそこそこに、詩音はロッカーの前でヘナヘナとしゃがみ込んだ。
「詩音、大丈夫? なんかあった?」
「……いや……なんでも……ないよ……」
小声でつぶやきながら、バックの中身を拾っては落とす。
千秋と瑞稀は不思議そうに見ていたが、やがて会話を再開する。
「そうそう、あそこの店長さん、美人で有名なんだってね。なんか“静かなる仕事人”みたいな雰囲気らしいよ?」
「わ、それ絶対こわいやつじゃん。うちの祥子チーフの静音モードより怖そう」
(葛城書店の……店長!?)
(……あのドミノ事件、もし見られてたら……)
(うぅ……最悪すぎる……)
千秋はさらに軽く言った。
「いやいや、そんなもんじゃないらしいよ?
うちの美馬店長クラスか、もしくはそれ以上って話も」
「ひっ!」
ドスンと尻もちをつく。
崩れ落ちた詩音は、今度は動けない。
「詩音、顔が……顔色が充電ゼロって感じだけど、大丈夫?」
「……もう、転職しよっかな……」
「なんでやねん!」
笑いながら、千秋と瑞稀は更衣室をあとにした。
取り残された詩音は、ポツンと正座したまま、天井を仰いでつぶやいた。
「……よりによって、あの場所かぁ……」
小さな声は、更衣室の隅でしょんぼり消えていった。
◇◇◇
その日の午後。
仕事の合間に詩音は、更衣室のドアに隠れるようにしてスマホを開いた。
(葛城書店……ねぇ)
あの時は入ることもできず、自転車を倒して逃げただけだった。
(お店の中もちゃんと見てないし、美人店長もどんな人かも気になるし…)
「よし!」
詩音は小さく拳を握りしめる。
(……いざ、偵察だ!)
「スパイモード、発動っ!」
ビシッと天へ拳を突き上げた——
ゴンッ!!
「ぎゃあっ、いったぁぁ!」
拳はドア枠に直撃。見事に自爆し、うずくまる。
……それでも“お約束”だけは、きっちり決める詩音だった。
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