第21話 夏に見る、冬の夢
──7月に入って最初の休日。
梅雨の晴れ間にのぞいた昼下がりの陽射しは、もう真夏の気配をまとっている。
窓から流れ込む光に、メイは思わず目を細めた。
ベッドにごろりと寝転びながら、手にしていたキャンプ雑誌をパラパラとめくる。
特集は「最新!注目のキャンプ道具ベスト50」。
ページいっぱいに並ぶ道具たちは、どれも眺めているだけで楽しい。
これぞ、まさに──『物欲の爆弾』。
最初に大きく取り上げられているのはテントの特集だった。
大小さまざまなテントの写真が並んでいて、見ているだけで心が弾む。
「ソロ用だけでも、こんなにあるんだ……」
「ドーム型に、ワンポール……スカート付きって、冬用なのかな」
ひとり言をつぶやきながら、雑誌のページを指でなぞる。
「あ、これカッコイイ……けど、たかっ!」
思わず声に出した言葉は、静かな部屋の空気にすっと溶けていった。
ページをめくるたびに、色とりどりのテントが次々と目に飛び込んでくる。
広いリビングがついたものもあれば、三角屋根のシンプルなものもある。
写真を追う視線は、自然とあちこちさまよってしまう。
やがて誌面は寝袋の特集へ。
こちらも形や色がさまざまで、見ているだけで飽きない。
「ダウンと化繊って……どう違うんだろう」
「快適温度:−5℃対応? これって冬用ってことかな」
小さな声でつぶやきながら、ページに描かれた雪山の写真に目を奪われる。
白い世界の中に並ぶテント。その光景は、どこか現実離れしていて、まるで未知との遭遇のようだった。
アニメを見て知っていたつもりでも、こうして写真で目にすると迫力が違う。
そのとき、前に見たアニメ『ゆるキャン△』のリンちゃんが言っていたことが、自然と頭に浮かんできた。
——虫がいない。汗をかかない。キャンパーが少なくて静か。
焚き火と温泉が気持ちいい。景色は遠くまで澄んで見えるし、汁物がうまい——
「……冬キャン、いいなぁ」
思わず息が漏れる。
冬のキャンプの景色を思い浮かべながら、次のページへと指を滑らせた。
今度の特集は、ページいっぱいに並んだ焚き火台だった。
「焚き火をするだけの台」──そんなイメージしか持っていなかったメイは、その種類とデザインの多さに思わず目を見張る。
「これ、かっこいい……」
「こっちのは、絶対映えそう……」
次々と写真に惹き込まれていく。
けれど、ふと値段の欄に視線が落ちた瞬間、心は一気に現実へ引き戻された。
(……12,700円。けっこうするんだ……)
声にならないつぶやきが胸に落ちる。
あれもこれも揃えたら、いったいいくらかかるんだろう。
ページをめくる指先から、さっきまでの勢いがゆるんでいった。
次に広がったのは料理特集。
スキレットで焼いたパンケーキ。炭火のアヒージョ。薪ストーブのピザ。
雑誌の紙面を彩る写真は、どれも美味しそうで、見ているだけで心をくすぐる……のだが。
「……私、アヒージョなんて作ったことなし。
っていうか、キッチンですら……」
自嘲気味につぶやいて、はぁ〜とため息をこぼす。
ごろんと横になり、天井を仰いだ。
(やっぱりキャンプって、ちょっと敷居が高いのかな……)
胸の奥でふくらんでいた高揚感は、しゅんとしぼみ、遠ざかっていく。
見上げた天井が、いつもよりずっと遠くに感じられた。
そんなとき、ふと思い出した。
昨日、雑誌と一緒に買ってきた本のことを。
ベッド脇に置いていたその一冊に、そっと手を伸ばす。
『そうだ、キャンプに行こう(こにしゆうか 著)』
表紙には、ゆるいイラスト。
中を開けば、やわらかい文体が目に心地よい。
「最初は100均グッズでも十分!」
「とにかく始めてみよう!」
──そんな言葉たちが、まるで“今の私”にやさしく声をかけてくれるみたいで、胸の奥がふっと軽くなった。
(そっか。いきなり完璧じゃなくてもいいんだ……)
小さく息を吐いて顔を上げると、自然と視線が棚の上に向かう。
そこにはひとつ、静かな存在感を放つものがあった。
おばあちゃんからもらったランタン。
今はただのオブジェのように佇んでいるけれど、きっとキャンプ場では、あたりをやさしく照らしてくれるに違いない。
(……灯してみたいな)
ベッドから立ち上がり、両手でランタンを持ち上げる。
少し重たくて、でもその重みがなんだか心地よい。
スマホで検索すると、画面に文字が浮かんだ。
「バーモントランタン……ハリケーンタイプ。これだ」
特徴や使い方を説明するページを見つける。
「オイルを入れて使うんだ……なるほど」
視線をランタンに戻す。
古めかしいけれど、どこか芯のある佇まい。
このランタンに火を灯したら、きっと、とてもきれいだろう。
(……買いに行ってみようかな)
ランタンをそっと棚に戻し、スマホを握り直す。
なんでもない夏の午後に、小さな決意がひとつ生まれた。
「よし、オイル……探しに行こう」
静かな部屋の中に、ぽつんと落ちたひとりごとが、じんわりと広がっていった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今日から第3章が始まります。
タイプの違う二人が出会い、少しずつ重なり合いながら、どんな物語を紡いでいくのか。
その時間を、一緒に見守っていただけたら嬉しいです。




