第20話 再スタート、私の話
——数日後。
開店前のルルポ ド ニーチェ。
瑞稀がフロアの掃除をしてる。
バン!!
いきなり【STAFF ONLY】と書かれたドアが、大きな音とともに、勢いよく開いた。
ビクッとする瑞稀。
「おっはよー!みすぎちゃあーん!」
詩音のバカでかい大きな声が。
さらに、その場でくるっと回り、勢いよく人差し指を天に突き上げ、決めポーズ。
「フィーバー!」
ドヤ顔までキメる。
「おはよう、詩音」
詩音はそのまま厨房カウンターの方へ消えていった。
「あの人、なんか今朝はチョー変っすよね?
この前会った時は、めっちゃ暗い人だなって思ってたっすよー」
最近入ったバイトの夏帆が、モップを手に近付いてきた。
「いや、むしろ、あれがフツーだ」
瑞稀は呆れたように言い放った。
◇◇◇
昨日の夕方の控え室。
店長の美馬の前に、詩音は座っていた。
「そうか、やっと決めたんだな」
「はい!新店舗の副主任、やらささして、ん、やらさささして…ん?」
「わかった。いいか、詩音。
お前は、集中力さえ付けば、必ず上手くからな。そこを忘れるな。
あとは体でぶつかって行け。いいか。」
「はい!全力で頑張ります!」
そう言って席を立って頭を下げた。
詩音には、理由なき自信を含んだ笑顔。
振り向いて勢いよくドアを押して出ようとした。
ドン!!
開かなかったドアに額をぶつけた詩音。
「イタタ…」
(そのドアは引くんだろ…)
ため息をつきながら、美馬は軽く目を覆った。
◇◇◇
朝の準備で、少しバタつく店内。
詩音がグラスを磨いていると、情報通の千秋がつめ寄ってくる。
「詩音、決めたんだってー?」
「あ、千秋ちゃん。行くことにしたよー」
千秋を見ながら、ニコッと返した。
「もう新店舗、出来上がってるみたいだよ。見た?」
「まだ見てないよ」
「見ると、アガるよ、きっと。
あーこれが我が新しき職場なり〜♪」
ミュージカル調に、ちゃかす千秋。
(それもそうだな〜 行ってみようかな)
グラスを磨く手を止めて、詩音は思いをめぐらした。
持っているグラスは、落とさずに、しっかりと握られている。
——うん、ちゃんと集中、できてる……よね。
◇◇◇
その日の夕方。
早番を少し早めに上げさせてもらい、詩音は新店舗の下見に行くことにした。
電車の窓に映る、自分の顔をふと見つめる。
なんだか、いつもよりちょっとだけ、目がキラキラしてる気がした。
「新店舗、どんなとこなんだろ……?」
思わず、にやけそうになるのをこらえて、詩音はカバンの中をごそごそ探った。
出てきたのは、スマホ。
入れてきた新店舗の住所メモを確認。
矢鞠市は詩音の住んでいる瀬原駅のとなりの市だ。
まだちゃんと地図アプリで見たわけじゃないけど、なんとなく、あのへんかなーって想像しながら、電車の揺れに体をあずけた。
そんなとき、ふと、早上がりの支度をしてる時に店長から言われたことを思い出す。
◇◇◇
「今回の新店舗な、矢鞠市の駅からちょっと歩いたところだ。表通り沿いで立地はいい。
それと、ブックカフェの形態にするってのは話したと思うが——
今回は地元の『葛城書店』さんとコラボレートすることになった。」
◇◇◇
コラボレート。
なんだかカッコいい響きに、詩音は小さく「おぉ~」と声を漏らしそうになったけど、電車内なのでぐっとこらえた。
(書店と一緒に作るブックカフェかぁ……なんか、すっごい本格的じゃん!)
ちょっとだけ肩に力が入る。
でも、すぐにまた、電車の揺れに合わせて、ぽわんと夢見るような気分に戻った。
(よーし、まずは、外からでもしっかり見てくるぞー)
次の駅のアナウンスが流れた。
詩音は、胸の中で小さくガッツポーズを作った。
◇◇◇
矢鞠市の駅に着くと、夕方のせいか、駅前は気忙しくにぎわっていた。
詩音は、スマホを片手に、慣れない地図アプリを頼りに歩きはじめる。
「たしか、この道をまっすぐ……だよね?」
心配になって、何度もスマホをのぞき込む。
何度か来たことのある矢鞠市の矢鞠駅だけど、こうして歩いていると、ちょっと新鮮だった。
やがて、駅前の雑踏を抜け、車通りの多い大通りに出た。
信号待ちでふと顔を上げると、向こう側に、それらしい建物が見えた。
「あれ、かな……?」
詩音は、小走りで横断歩道を渡った。
目の前に現れたのは、白い壁と、淡い木目調の看板が目印の、一軒家風?の建物だった。
入口には“工事中”と書かれた貼り紙がぶら下がっていて、中には入れない。
けれど外観は、ほとんど完成しているように見えた。
(なんか、大っきいなぁ……)
建物の横を歩いて、ぐるりと裏手へ回り込む。
すると視界が開けて、すぐ向こうに大きな公園が広がっていた。
初夏の夕方の気配をまとった爽やかな風が、ほんのりと吹き抜ける。
「間違いない。きっと、ここだ……」
詩音は、腰に手をあてたまま、しばらく建物を見上げていた。
胸の奥が、ぽわんとあたたかくなった。
「うん……なんか、いいかも!」
自然と、頬がゆるんだ。
◇◇◇
ひとしきり新店舗を眺めたあと、詩音はスマホを取り出した。
「たしか、近くにあるって言ってたよね、葛城書店……」
地図アプリを頼りに、もう少しだけ歩いてみようかなと思った。
大通りから一本入った道は、さっきよりぐっと静かだった。
並んだ商店街を抜けてしばらく歩く。
「多分、この辺なんだけど……」
スマホから目線をあげると、そこそこ大きめの共同駐車場が目の前に広がっていた。
牛丼チェーンとうどん屋さん、それにアウトレットストアが並んでいる。
駐車場の奥に、赤レンガ造りの落ち着いた二階建ての建物が見えてきた。
それが、葛城書店だった。
「おぉ、こんなところにあるんだぁ……」
博物館みたいな雰囲気。
落ち着いていて、ちょっと背筋が伸びる。
それでいて、どこか温かくて、ほっとするような空気もある。
ガラス張りの自動ドアの向こうには、高い天井と、木目調の落ち着いた壁。
ぐるりと並んだ本棚には、手書きのPOPらしきカードが差してあって、なんだかオシャレな雰囲気が漂っていた。
「すご……」
本の匂いが、ドアのすき間からふわっと香ってきた気がして、自然と胸がときめく。
ちょっと前なら、こんな素敵な本屋さんと、自分が「一緒にお店をつくる」ことになるなんて、想像もしなかった。
(……がんばろ)
胸の奥で、小さく呟いた。
「さて、帰るかな……」
少し名残惜しそうに、店の前の歩道に出る。
そのときだった。
ガッ!!
「わっ!」
足もとで、ガラガラガシャーンーーと大きな音が響いた。
見ると、店の前にずらりと並んでいた自転車たちを、詩音がまとめて押し倒してしまっていた。
「やばっ……!!」
慌てて自転車を起こそうとする詩音。
けれど、1台起こすと、となりがバタン。
また1台起こすと、さらにバタン。
そんな不毛な戦いを、必死になって繰り返す。
(ああああ~~~もうっ、何してんだろ、あたしー!!)
もがいている詩音を、同い年くらいの女の子が、駐車場の方からジーッとこっちを見ていた。
(わー、見られてる、見られてる!恥ずいー!)
慌てれば慌てるほど、自転車は倒れる。
(うひゃー、たすけてぇー!)
◇◇◇
なんとか自転車を元に戻し終えたころ。
もう、その女の子の姿はなかった。
すっかり汗だくになった詩音。
「はあ……もう、ぐったりだよ……」
両手を膝について、しばらくその場にへたり込みそうになったけど、どうにか踏ん張って立ち上がった。
「よしっ、帰ろ」
ポツリと声に出して、肩にかかったカバンを背負い直す。
駅に向かって歩きだすと、初夏の風がまたふわりと吹いた。
今もまだ、あの新店舗の建物や、葛城書店の荘厳だけども優しげな空気が、強く残っている。
(ちゃんとできるかな……)
そんな小さな不安も、少しだけ顔をのぞかせたけれど。
(……ううん、やるしかないっしょ)
詩音は、そっと胸の前で握った自分の手を見つめた。
そこに、ほんの少しだけど、力が宿っている気がした。
「かめはめ、派ーっ!」
ポーズを決める詩音…
近くのサラリーマンと、三毛猫がびっくりしてたがお構いなし!
小さな一歩。
だけど、たしかな一歩。
詩音は、駅へ続く夕暮れの道を、ハミングしながら歩いていった。
◇◇◇
でも今は、まだ誰も知らない。
詩音とメイの道が、もうすぐ交わることを——
********
はーいっ、ここまで読んでくれた皆さーん!
ありがとーございましたっ!
小豆沢詩音です!
私の物語、第2章はここで一旦おしまい!
いやぁ〜もうね、色々あったよ?
チワワにはボディプレスされるし、店長も祥子さんもこわかったし。
ブランコには一人っきりだし、葛城書店の前で一人ドミノ大会とか!
でも、私ね、思ったんだ〜
ちょい、大人になれたかなーって…たぶん!
ひなちゃんも、お母さんも、おばあちゃんも、みーんなありがとう!
あと、お父さんもね!……って、あれ?そういえば、お父さんの話してなかったよね!
うちのお父さん、実はクラシック音楽やってる人で――でも80年代アイドルにめっちゃ詳しくて、しかも映画もアニメも語り出すと止まんないっていう、もう一大コンテンツなんだけど!
って、ちょ、待って、何この紙のマーク……?え、ページ残り少ないの?えー!?
じゃあ、続きはまた今度ってことで!
第3章では、ついにあの子と——うふふ。
どうなる!?小豆沢詩音!こうご期待!
それじゃ、いってきまーす!
またねー!バイバーイっ!
ここまで読んでくださってありがとうございます。
これで第2章は一区切りとなります。
ちょっぴり不器用で、でも真っすぐな詩音の物語を楽しんでいただけたでしょうか。
これからも彼女を、どうぞ温かく見守ってあげてください。
次回からは第3章へ。物語はまた新しい動きを見せます。
更新は明後日から再開予定です。
これからも一緒に歩んでいただけたら嬉しいです。




