第16話 詩音・ストーリーは突然に
夜10時 ——
カラン、コロン。
「ありがとうございましたー!」
詩音は、カフェ・ルルポドニーチェの今日最後のお客様を、深々と頭を下げて見送った。
ドアのベルが鳴り終わると同時に、店内に小さな達成感が満ちる。
「本日の業務終了〜っ!」
詩音はフロアの真ん中でくるっと回り、勢いよく人差し指を天に突き上げ、決めポーズ。
「フィーバー!」
ポーズの元ネタは、たぶん本人も知らない。
ドヤ顔だけは一人前だ。
「詩音、早く片付けるよ」
奥から瑞稀のツッコミが飛んでくる。
「ラジャー!」
ポーズを崩さぬまま返事をして、詩音はにっこりドヤ顔。
◇◇◇
「失礼しまーす」
詩音が更衣室に入ると、瑞稀と千秋がすでに着替えを済ませていた。
「詩音、お疲れー。……でさ、新店舗の話、聞いた?」
情報通の千秋が、目をキラキラさせながら瑞稀に話している。
「うん、もうすぐ出来るってやつでしょ?」
詩音はロッカーを開けながら、耳だけそっと会話に向けた。
「どうやら、今度は本格的なコンカフェらしいよ」
「コンカフェって、あの……?」
「そう。コンセプトカフェ。モチーフを決めた、ちょっと凝ったお店」
さらに千秋は、得意げに目を輝かせる。
「しかもさぁ、ブックカフェなんだって」
「ブックカフェ……本、たくさんあるのかなぁ」
「たぶんね。社長のセンス、かなりいいから、きっとオシャレだよ」
そんな会話を聞きながら、詩音はふと考える。
(ドッグ カフェかぁー。いいなぁ……)
脳内には、ふわふわの子犬たちに囲まれ、もふもふされる自分の姿。
「癒されそうだぁ」
詩音の目が輝く……
(いやいや、ドッグじゃなくて、ブックだろ)
◇◇◇
次の日の夜。
まばらなフロアのカフェ・ルルポドニーチェ。
「今日はお客さん、少ないすくないねぇ」
洗い物をカウンターに運びながら、詩音がぼやく。
「こんな雨の日は、引けが早いんだよ」
カウンターの中でカップを洗いながら、瑞稀があっさり返す。
「梅雨だもんねー、しかたないかぁ」
そんなときだった。
「詩音、ちょっといいか」
背後から、キリッとした、でも落ち着いた声。
「あ、はいっ!」
思わず詩音は飛び上がりそうになる。
瑞稀が顔を上げると、そこには——
顔面蒼白、見事にフリーズした詩音の姿が……。
「……詩音、また何かやらかした?」
「わ・か・ら・な・い・よ・お……」
震える声で答える詩音。
(……こいつ、絶対なんかやらかしたな)
瑞稀は確信めいて苦笑した。
「み・ず・き・ち・ゃ・ん、か・わ・っ・て……」
「いいから、行け!」
瑞稀のドライな声に押されて、詩音はロボットみたいに歩き出した。
◇◇◇
(美馬明美さん……
我が、ルルポ ド ニーチェの店長。
ショートボブにキリッとした目。
口調は厳しいけど、根は絶対に優しい。
……って分かってるけど、
やっぱり、こわいんだよぉぉ!!)
詩音は控え室の前で足を止め、
深呼吸してから、ドアをノックした。
コン、コン。
「失礼しまーす……」
控えめな声で入ると、
机に座った店長が、軽く手で詩音を呼び寄せた。
「詩音、ここに座りなさい」
ちょこんと腰かける詩音。
緊張で背筋がシャキーンと伸びている。
(うわあああ……絶対怒られる……!)
もう待っていられなくなった詩音、勢いよくしゃべりだした。
「あのですねっ!シンクにコーヒーカップ落としたのは事実です!でも割れてないですし!
雑巾も、ちょっと絞り足りなかったけど、絞り直して拭きましたし!」
「はあ?」
店長の困惑した声が響く。
「それから!
あのぉ、お土産のお菓子、ふたつ食べたのも、私です!
ほんの出来心だったんです!
すみませんでしたぁぁぁ!!」
バッと立ち上がり、深々と頭を下げる詩音。
「小豆沢家の名において、心より反省いたしますっ!!」
「……詩音」
ため息をつきながら、店長が額に手をあてた。
「お前、なんか大きな勘違いしてないか?」
「へ?」
頭を下げたまま、目だけ上げる詩音。
「別に怒るために呼んだんじゃない。話があって呼んだんだよ」
「……え?」
「まあ、座れ」
店長が手で座るよう促す。
そそくさと座り直す詩音。
「実はな、今度オープンする新店舗あるだろ。
詩音に、そこのフロア副主任として行ってほしい」
「……あちゃー……
これ、自爆しちゃったってやつ?……」
思わず小声で漏らす詩音。
「なーんだ!怒られるかと思いましたよー、店長!
新店舗の話なら、そうと早く言ってくれれば…」
ホッとした詩音が、にこにこ笑いかける——が。
次の瞬間、
その顔が、カクンと固まる。
「ん? ふ、ふくしゅにーん……?」
控え室いっぱいに、詩音の叫び声が響き渡った。
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