第150話 キラキラ☆キャンプイン
御殿場たかね野キャンプ場に着いた詩音は、
思わず、その場で足を止めた。
目の前にある受付の建物は、
どうやらゴルフ場と共用らしく、
ガラス張りの、すっきりとした造りをしている。
木々に囲まれたキャンプ場の入口にしては、
なんだか、ずいぶんおしゃれだ。
「……ここが、受付?」
思ってた“管理棟”とは、ちょっと違う。
でも、それがなんだか新鮮で、
詩音の気分は、少しだけ浮き立っていた。
建物の正面に回り、ガラス扉の前で一瞬だけ深呼吸する。
(よし!)
意を決して中へ入ると、室内は外観さながらにきっちりと整っていて、思わず背筋が伸びた。
初めてひとりで来たキャンプ場。受付をするだけなのに、少しだけ緊張する。
けれど——
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうから、柔らかな声で受付のお姉さんが迎えてくれた。
(やさしそうなお姉さんだ……)
その笑顔に、詩音の肩からすっと力が抜けていった。
受付では一通りの説明を受けた。
ゴルフ場を横切る際は、飛んでくるゴルフボールに注意すること。
薪はキャンプ場内のラックに積んであり、十本五百円。使った分は帰りに精算すること。
ひとつひとつ丁寧に説明を聞きながら、詩音は何度もうなずいた。
「お世話になります!」
最後にぺこりと頭を下げて、受付を後にする。
ガラス扉を押して外に出ると、ひんやりした空気と、広がる緑の景色が迎えてくれた。
——いよいよだ。
詩音は小さく息を吸い込み、キャンプ場の奥へと足を向けた。
ゴルフコースの脇を抜け、フリーサイトへ向かう小道。
あたりは驚くほど静かで、足音だけが芝の上に小さく響く。
遠くから、
「ナイスショットー!」
という声が飛んできた。
視線を向けると、ゴルフクラブを構えたおじさんの姿が見える。
「……不思議な感じ」
キャンプ場なのに、すぐ隣でゴルフ。
詩音は少しだけ笑って、キャリーバッグを引き直した。
「今日は、たくさん歩くなぁ」
そう呟いて、何気なく顔を上げた、その瞬間だった。
「――――え」
言葉が、止まる。
視線の先にあったのは、
圧倒的な存在感でそこに“立っている”富士山だった。
今日一日、晴れてはいたけれど、雲が多くて、
ここまで来る途中も、その姿はほとんど見えていなかった。
それが今は、
雲がすっと流れ、視界が開け、
まるで待っていたかのように、全身を現している。
「……うわぁ……」
思わず、声がこぼれた。
ポケットからスマホを取り出し、
反射的にシャッターを切る。
一枚。
もう一枚。
画面に映る富士山を確認した瞬間、
胸の奥から、ぐっと何かが込み上げてきた。
息がうまく吸えなくなって、笑いが漏れる。
「ヤバい……ヤバいヤバいヤバい……!」
キャリーバッグがガタゴトと音を立てるのも気にせず、
詩音は思わず駆け出した。
ーーー
フリーサイトは、元ゴルフコースだったらしく、想像以上に広々としていた。
ひと続きの芝生の中に、場所ごとに少しずつ表情がある。
周囲を木々に囲まれた落ち着いた場所。
水面がきらきら光る池のほとり。
ゴルフのグリーンだった名残か、ゆるく盛り上がった小高い場所。
「……どこも、いいなぁ」
思わず立ち止まって、ぐるりと見回す。
平日ということもあって、人影はほとんどない。
遠くの方で、車から荷物を下ろしている人がひとり見えるくらいだった。
「どこにしようかな」
まずは池の近く。
富士山は見えるけれど、手前の木々の枝が少しだけ視界にかかる。
「うーん……」
首をかしげて、もう一度視線を上げる。
「どうせなら、ドーンと見えた方がいいよね」
そうつぶやいて、富士山がよく見えそうな方向へ歩き出した。
少し移動すると、視界が一気に開ける。
広場のようになった場所に、大きなテントが張られていて、子どもたちを連れたファミリーが二、三組、一緒に楽しそうに過ごしているのが見えた。
「……人がいると、ちょっと安心」
そのテントから、ほどよく距離をとった場所。
芝生は平らで、足元も安定している。
そして何より——
正面に、富士山がどーんと見える。
「……ここ、よくない?」
誰に言うでもなく、ぽつりとこぼれた声。
少しだけ周囲を見渡してから、詩音はうなずいた。
「うん。ここにしよ」
そうして、詩音はその場所に、テントを張ることを決めた。
ーーー
キャリーバッグを開けて、レジャーシートを取り出す。
「麓高原で、風さんにいじわるされたからな〜」
ぼそっとつぶやきながら、芝生の上にシートを広げた。
すぐさま、シートの端をキャリーバッグとリュックで押さえる。
「うん、これで大丈夫」
次にバッグからテントを取り出し、中身をシートの上に並べていく。
「……あれ?」
手が止まる。
「どうやるんだっけ?」
麓高原以来のテント設営。
すっかり手順を忘れていた。
詩音はスマホを取り出し、動画サイト「ウィーチューブ」を開く。
「あ、そうそう。これこれ」
動画を見ながら、うなずく。
まずはインナーテントを広げ——
「あっ」
テントの下に、レジャーシートを敷くのを忘れていたことに気づく。
だけど、グランドシート代わりに使うはずのそのシートの上には、
キャリーバッグとリュックが乗ったままだ。
「荷物どかさないと、敷けないじゃん」
そう思って、慌てて荷物をどかした、その瞬間。
ビュオッ。
「うわっ!」
風に煽られ、レジャーシートがふわりと浮いた。
反射的に足で踏みつける。
「セーフ……!」
心臓を押さえながら、ほっと息を吐く。
今度は慎重に、テントを立てる向きを確認してから、シートを移動。
その上にインナーテントを広げ直す。
四隅をペグダウン。
下が芝生なので、ペグは気持ちいいくらいスッと入っていく。
「おお……楽」
ポールをカチカチと組み立て、ハトメに差し込み、
インナーを順番に吊るしていく。
「うん、いい感じ」
最後にタンカラーのフライシートを被せ、ガイロープを張ってペグダウン。
——完成。
「できた!」
詩音は一歩下がって、テントを見上げた。
「楽勝じゃん!」
腰に手を当て、自慢げに胸を張る。
そしてすぐにスマホを取り出し、パシャリ、パシャリと何枚も写真を撮った。
「次は……先に寝床!
メイちゃんが言ってた」
詩音はそう言って、インフレーターマットを袋から引っぱり出した。
バルブをひねると、しゅう……と小さな音を立てながら、ゆっくりと空気が入っていく。
「うん、やっぱ便利」
さらに詩音は一度マットを軽く丸めて、入れた空気を奥に押し込む。
もう一度バルブを開くと、さっきよりもしっかりとした厚みが出た。
「これも、麓高原で学んだやつ」
満足そうにうなずき、寝袋と一緒にテントの中へ運び込む。
マットの上に寝袋を広げ、軽く手でならした。
「寝床、よし!
次は……」
テントの外に出て、ローチェアを組み立てる。
続いて、浩太おじさんからもらったローテーブルをパタパタと開き、テントの前に並べた。
「うお……!」
思わず声が漏れる。
「キャンプサイトっぽくなってきた!」
木目調のテーブルの上にランタンとマグカップを置く。
ひと通りの荷物を出し終え、キャリーバッグはテントの後室へと押し込んだ。
「……こんなもんかな」
一歩下がって、全体を見渡す。
「うん、コンプリート!!」
初めて、ひとりで作り上げたキャンプサイト。
詩音はぐるりと一周しながら、スマホで何枚も写真を撮った。
テントの後ろ側を見ると、キャリーバッグが壁に干渉して、少し出っ張っている。
「……後ろ、モコっとしてるけど」
少し考えてから、肩をすくめる。
「まあ、いいや」
そうつぶやいて、ふと顔を上げる。
富士山を背に、芝生の上に凛と佇むタンカラーのテント。
その光景に、ニヤけた笑いが止まらなかった。
テントの前に戻って、ローチェアに腰掛ける。
「ふぅ〜」
詩音は小さく息を吐いた。
静かなサイトに、鳥のさえずりが響く。
風が木々の枝を揺らし、かすかな葉擦れの音が耳に届く。
枯れた芝の匂いと、抜けるような青空。
そして――
目の前には、富士山がどん、と鎮座していた。
「ソロキャン、最高だぁ……」
しばらく、その姿に見惚れていると、急に思い出したように顔を上げる。
「あ、コーヒー淹れよっ」
前室をゴソゴソと探り、卓上コンロとケトル付きのクッカー、コーヒーセットを取り出す。
お湯を沸かし、ゆっくりとコーヒーを淹れる。
立ちのぼる、ほろ苦いコーヒーの香り。
それに包まれた瞬間、ふとラフォーレのことが頭をよぎった。
(みんな今頃、仕事頑張ってるんだなぁ)
ほんの少しだけ胸がちくっとしたけれど、
それでもコーヒーをひと口含むと、思わず頬が緩む。
青空の下で飲むコーヒーは、やっぱり格別だった。
しかも、富士山付き。
「みんな〜、ごめんね〜!」
そう言って、詩音は空を見上げた。
ーーー
富士山を眺めながら、コーヒーを楽しんでいると、
すっ、と視界を横切る円盤状の物体があった。
「……UFO!?」
次の瞬間、それは詩音の数メートル先に、ぱさりと落ちる。
真っ赤なフリスビーだった。
コーヒーをテーブルに置いて立ち上がると、少し離れたところから元気な声が飛んでくる。
「おねーちゃーん!取って〜!」
声の方を見ると、隣のファミリーテントの前で、
小学校低学年から中学年くらいの男の子と女の子が四人ほど、
楽しそうに手を振っていた。
「あいよー!」
詩音はフリスビーを拾い、軽く構えて投げる。
――が、離すタイミングが遅れた。
フリスビーは、びゅん、と真横へ。
「ハハハハ〜!」
「ヘタクソ〜!」
子どもたちの容赦ない笑い声。
「……あ、今のはね、試し投げだからー!」
そう言い訳を叫びながら、横に飛んだフリスビーを拾いに行き、もう一度。
今度は、きれいな弧を描いて、
男の子の手に、すぽっと収まった。
「すごーい!」
「ちゃんと来た!」
「おねえちゃん、いくよー!」
男の子が思いきり投げ返す。
フリスビーは今度、詩音の左へ大きくそれた。
「あっ!」
詩音はダッシュ。
芝生を蹴って跳び、腕を伸ばす。
――ナイスキャッチ。
「わー!」
「すごーい!」
「カッコいいー!」
子どもたちの歓声。
詩音は、フリスビーを手にしたまま、
ドヤ顔でピースサインを作った。
子どもたちが、わっと詩音のところへ駆け寄ってくる。
「おねえちゃん、上手いね!」
「まあね〜」
詩音は、ちょっと胸を張ってそう答えた。
子ども相手だと、つい調子に乗ってしまう。
フリスビーを手渡しながら、ふと聞く。
「みんな、学校は?」
「創立記念日ー!」
声をそろえて答える子どもたち。
「パパとママはね、あっち!」
一番小さな女の子が、元気よく指をさした。
さっき見えた大きなテントの前に、数人の大人の姿がある。
こちらを気にするように、ちらりと視線が向いた。
(あっ……)
詩音は、はっとして、その場でぺこりと大きく頭を下げた。
すると向こうでも、軽く会釈が返ってくる。
「ねえ、おねえちゃん、あそぼ!」
そう言われて、詩音は一瞬だけ迷ってから、にこっと笑った。
「いいよ!」
そうして詩音は、子どもたちと一緒に、
フリスビーを投げて、走って、笑って――
しばらくのあいだ、芝生の上で遊ぶことになった。
ーーー
詩音たちが、汗をかくほど走り回ったころだった。
「おーい、りょうたー! しゅんー!
もう帰るぞー!」
少し離れたところから、父親らしき人の声が響く。
見ると、さっきまでにぎやかだったファミリーテントは、もうきれいに片づけられていた。
「……デイキャンプだったのかぁ」
詩音がぽつりとつぶやくと、
「おねえちゃん、バイバイ!」
「またねー!」
子どもたちはそう言って、手を振りながら走っていく。
「バイバーイ!」
詩音も大きく手を振り返し、そのあとで、大人たちのほうへぺこりと頭を下げた。
向こうでも、軽く会釈をしたり、手を挙げて応えてくれる。
キャンプ場での、ほんのひとときの交流。
詩音は、去っていく家族の背中を見送りながら、
どこか満たされたような気持ちで、うれしそうに笑っていた。
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