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第148話 ワクワク♪プレリュード


カフェ・ラフォーレ・リーヴルスと葛城書店、そしてふれあい文学館がコラボするバレンタインフェアの企画は、思っていた以上に順調に進んでいた。


展示エリアの裏にある作業スペースでは、メイがフェア用の案内パネルと配布資料の最終チェックをしていた。

原稿の行間を整え、誤字がないかを確かめ、付箋を一枚ずつ剥がしていく。


「……お腹すいたなぁ」


ふと顔を上げて時計を見ると、針はすでに一時半を回っていた。


「そろそろ休憩にしよ」


そう言って、メイはデスクの上を手早く片付ける。

資料を重ね、ペンをケースに戻し、作業スペースをあとにした。


軽く肩を回しながら、メイは控え室へ向かった。

カフェエリアの脇を通る通路は、昼下がりの落ち着いた空気に包まれている。


控え室のドアノブに手をかけた、そのときだった。


「そうなんだよ!

 バレンタインフェアやるんだよ!

 絶対楽しいよー!」


ドアの向こうから、聞き覚えのある元気な声が飛び出してくる。


(……電話?いや、スピーカー越しの声……?)


そう思いながら、メイはノックもそこそこにドアを開けた。


中では、テーブルの上にノートパソコンを広げた詩音が、椅子に腰かけていた。

画面に向かって、身を乗り出すようにして、やけに楽しそうに話しかけている。


『それは楽しそうですね』


スピーカーから聞こえてきたのは、落ち着いた電子音の声だった。


「でしょでしょ!

 レポちゃんも来ればいいのに!」


「詩音……」


思わず名前を呼ぶと、


「あ、メイちゃん!休憩?」


と、詩音はくるりと振り返った。

まるで、今のやり取りが特別なことでもなかったかのような顔だ。


ノートパソコンの画面には、試験運用中の

レポスAIコンシェルジュ――通称「レポコン」が起動されていた。


「う、うん……ていうか、AIと話してたの?」


「そうだよ。レポちゃん!この子、優秀なんだから!」


そう言って、詩音はパソコンの画面をくるりとこちらに向けた。


「シフトなんか、ササっと作ってくれてさ」


メイが覗き込むと、二月分のシフト表はほぼ完成していた。

赤字で修正が必要そうな箇所は、ほんの一か所だけ残っている。


「あと、ここの赤いところね。亜里沙ちゃんの変更だけなんだ」


「……ほえ〜」


「虹香ちゃんと陽菜ちゃんにも、レポちゃんが打診してくれてて、今は返事待ち」


「……すごいね」


『大したことではありません』


いきなりパソコンから声がした。


「え、レポちゃん、今ちょっとドヤった?」


詩音が画面に向かって身を乗り出す。


『ドヤっていませんよ、詩音さん。』


「今の、絶対ちょっと自慢げだったよ」


『自慢とは、

 自己を主体とした成果認識が、

 他者の視点を媒介として外在化され、

 相対的価値の優越を示そうとする現象です。

 しかし私は自己という概念を持たないため、

 その前提条件が欠落しています』


「……ねえ、メイちゃん。

 今の説明、理解できた?」


「……一文字も」

メイは真顔のまま、そっと首を横に振った。


『理解できないのであれば、知識を補えば解決します。

 ご安心ください。知識は荷物になりませんよ、詩音さん』


「ちょっと!今のも上から目線じゃない?」


『上から目線という概念も——』


「もういい!レポちゃん、賢いのは分かった!」


『理解していただけて何よりです』


「ほら!今またドヤった!」


そのやりとりを聞きながら、メイは思わず瞬きをした。


(……AI相手に、

 こんなに自然に言い合いできるものなんだ)


驚くメイをよそに、詩音はまったくいつも通りの調子で、AIとの会話を続けている。


その様子を眺めているうちに、メイはふと思い出した。


「あ、そうだ。明日からだよね、キャンプ」


「うお、そうなんだよー!」


声を弾ませて、詩音が大きくうなずく。


「準備はできたの?」


「うん!もう完璧!楽しみ〜」


『詩音さん。キャンプ、楽しんできてください』


画面から聞こえた声に、詩音はぱっと笑顔になった。


「ありがとう、レポちゃん!」


『感謝の表明を受理しました。

 なお、レポちゃんという呼称については再検討を推奨します』


「えー!レポちゃんの、いけずー!」


画面に向かってほっぺをぷくっと膨らませる詩音。


その様子がおかしくて、メイは思わずクスッと笑ってしまった。


◇◇◇


夜。詩音の家。


キッチンから、水の流れる音が静かに響いていた。

シンクの前に立つ母・裕子が、食器を洗っている。


「詩音、明日の準備は〜?」


泡の向こうから、いつもの調子で声が飛ぶ。


「大丈夫だよー!」


そう返事をしながら、詩音はリビングを横切り、階段を軽やかに上がっていった。

一段、また一段。楽しみがそのまま足音になっているような上り方だった。


その背中を、リビングのソファに腰かけていた父・壮太が、ちらりと目で追う。


「……ひとりで大丈夫かぁ。場所は?」


少し間があって、裕子は手を止めることなく答えた。


「御殿場だって。たかね野キャンプ場。

 ま、あの子なら……なんとかなるでしょ」


水音が、また一定のリズムに戻る。


壮太は小さく息を吐いて、


「まあな」


とだけ返した。


それ以上、言葉は続かなかったけれど、

心配と信頼が同じ分量で混ざったような、

そんなあたたかい空気が、家の中に静かに流れていた。


◇◇◇


詩音の部屋。


部屋の隅には、明日のためにまとめられたキャンプ道具が積まれている。詩音はそれを眺めて、満足そうにうなずいた。


ピコン、とスマホが鳴る。


梓からのRainだった。


『準備はできたか?』


「バッチリだよ」


『楽しめ』


梓らしいシンプルなRainに、ふふっと笑み漏らす。


——ピコン


続けて、凛々花から。


『明日、晴れだね』


「晴れ女だから(笑) テストはどう?」


『明日まで。大丈夫だよ』


「がんばってねー!」


詩音は、きゅっと力こぶを作るウサギのスタンプを添えて送った。


(凛々花ちゃん、テストとか余裕って感じだよなぁ)


そんなことを思いながら、少し感心していると——


——ピコン。


今度は、メイからのRainだった。


『忘れ物ない?』


画面に並んだ短い文字を見ただけで、詩音の口元がふっとゆるむ。

――ああ、メイちゃんっぽいな。


「うん。キャンプ計画帳でチェックしたから」


OKのスタンプを送ると、間を置かずに返信が返ってくる。


『ソロキャン、楽しんでね』


「ありがとー!」


いってきます!のスタンプを送ってから、詩音はスマホをそっと伏せた。


ベッドに横になり、天井を見上げる。


部屋の隅にまとめてある荷物の中には、メイから借りた焚き火台が入っている。

麓高原キャンプで、ふたり並んで囲んだ、あの小さな焚き火台。


ぱちぱちと音を立てて燃える炎を、言葉もなく眺めていた時間が、自然と思い出される。


(今度は……それを、一人で見るんだよね)


ひとり火を眺める“大人な私”を想像して、詩音は思わず口元をゆるめた。


「ソロキャン……楽しみ」


胸いっぱいのワクワクと、ほんの少しの不安。


そのどちらも抱えたまま、詩音はゆっくりと目を閉じる。


明日から始まる、小さな冒険を思い描きながら。



ここまで読んでくださってありがとうございます!

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