表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/185

第145話 リブラがラフォーレにやってきた!


午後のカフェ・ラフォーレ リーヴルス。

控え室には、いつもより少しだけ人の気配が集まっていた。


テーブルの中央に置かれたタブレットを囲むように、

詩音、沙織、ユキ、敦子、そして淳子が半円を描いて立っている。


「えーと……今日はですね」


詩音は一度、小さく咳払いをしてから、タブレットにそっと手を置いた。

ほんの少しだけ緊張した様子で、でもどこか嬉しそうだ。


「AI書籍管理システム、LibrA――通称、リブラの実演をします!」


「通称、って……そのまんまじゃん」


すぐさま沙織が突っ込みを入れ、控え室にくすっと笑いが広がる。


前にプロトタイプを見たことのある敦子は、腕を組みながら楽しそうにうなずいた。


「どこまで改善してるのかしらね。

じゃあ、詩音ちゃん、やってみてくれる?」


「はい!」


返事は元気よく。

詩音はタブレットを操作し、展示棚の一覧画面を表示させた。


「たとえば、この本――」


指先で軽くタップすると、

棚番号と配置状況がすぐに画面に浮かび上がる。


「今どこにあるか、とか」

「もし間違った棚に入ってたら……ほら、こうやって分かるんです」


「へえ……」

「おお……」


沙織が思わず前のめりになり、

淳子も自然と身を乗り出して画面を覗き込む。


「返却ワゴンに溜まってる本も、一覧で出せるし」

「どの本が、どれくらい読まれてるかも……」


画面が切り替わり、細かなデータが並ぶ。


「これ、普通にすごくない?」


沙織が、珍しく素直な声でそう言った。


「……書店でも欲しいわ」


淳子が、思わず本音をこぼす。


その言葉に、詩音は胸の奥で小さくガッツポーズを決めた。


(よし……ちゃんと、すごさ伝わってる)


表情には出さず、詩音は少しだけ得意げに画面を操作する。


「じゃあ次は――」


そう言って、タブレットを切り替えようとした、そのときだった。


――ぷつん。


一瞬で、画面がブラックアウトした。


「……あれ?」


詩音が、もう一度タップする。

けれど、反応はない。


「え? あれあれ?」

「止まった?」

「フリーズ……?」


沙織が眉をひそめ、タブレットを覗き込む。


「ちょ、ちょっと待って……」


詩音の声が、わずかに裏返った。


(え、なに……?

さっきまで、ちゃんと動いてたのに……!)


その様子を見て、

操作を少しかじったことのある敦子が、そっと一歩前に出る。


「これは……確か、こうするんじゃなかったかしら」


そう言って、何気なく画面に触れた――

その、次の瞬間。


ぱちん。


今度は、控え室の照明が、すべて消えた。


「……え?」


「え!?」


一斉に、敦子のほうを見る。


「ち、違うわよ。私じゃないわよ!?」


敦子が、思わず両手を上げて言い訳する。


すると、入口のほうから、控えめな声がした。


「あ、あの……すみません……」


振り向くと、ミホが申し訳なさそうな顔で立っている。


「間違えて……照明、消しちゃいました……」


一瞬の沈黙。


それから――


「……タイミング、良すぎでしょ!」


沙織が耐えきれずに吹き出した。


その声につられて、

控え室にはどっと笑いが広がる。


けれど――


照明はすぐに元へ戻ったものの、

タブレットの画面だけは、相変わらず沈黙したままだ。


「……こっちは、まだ真っ暗だ……」


詩音は画面を見つめたまま、肩を落とす。


そのときだった。


ユキが、すっと前に出る。

表情は変えず、指先だけを動かして、数回。

迷いのない操作。


ほんの数秒後――


ぽっ。


画面が、何事もなかったように点いた。


「……あ」


一覧画面が、当たり前の顔をして表示されている。


「え、なにしたの?」

沙織が思わず聞く。


ユキは、淡々と答えた。


「再接続。あと、キャッシュ、クリア」


「……すご……」


誰かが、ぽつりと呟く。


ユキはそれ以上何も言わず、

静かに元の位置へ戻った。


「ユキちゃん……神……」


詩音の小さなひとり言に、

また控え室がくすくすと笑いに包まれる。


そのとき。


「失礼します」


聞き慣れた声に、詩音がぱっと顔を上げた。


「あ、メイちゃん!」


扉の向こうに立っていたのは、

文学館での仕事を終えたばかりのメイだった。


沙織やユキだけでなく、

敦子や淳子までテーブルを囲んでタブレットを覗き込んでいる光景に、

思わず目を瞬かせる。


「……なに、集まってるの?」


「ちょうどいいところだよ!」


詩音が勢いよく手招きする。


「メイちゃん、これこれ!」


誇らしげにタブレットを指差して、言った。


「AI書籍管理システム、リブラの実演会!」


「リブラ……?」


メイは、きょとんと首をかしげる。


「本の管理とか、展示との連動とか、いろいろできるんだよ」


敦子が、メイの方を見て微笑んだ。


「詩音ちゃんが本社で研修してきたの。

なかなか、面白いのよ」


「そうなんだ」


メイは少し驚いたように、詩音を見る。


「じゃあ、もう一回やるね」


詩音はそう言って、

今度は落ち着いた手つきで、指先を画面に置いた。


展示棚の一覧。

貸出状況。

テーマ展示との関連。


画面は引っかかることなく、なめらかに切り替わっていく。


「……おお」


思わず漏れた、メイの小さな声。


「展示に使ってる本が、ひと目で分かるんだ」

「しかも……戻し忘れとかも、ちゃんと出るんだね」


「そう。あとね」


詩音は、ほんの少しだけ胸を張った。


「人の動線と合わせて見ることもできるんだよ」


「それ、すごいね」


メイの声には、素直な感心が滲んでいる。


「書店でも絶対使える」

「展示と連動できるの、強いわよね」


淳子も敦子もうなずく。


「でしょ?」


詩音の声が、自然と弾んだ。


沙織が、にやにやしながら言う。


「詩音、ちょっと“できる人”感、出てきたじゃん」


「えへへ……」


照れながらも、否定はしない。


そのときだった。


タブレットのスピーカーから、唐突に声がした。


『――たいしたことは、ありません』


「……え?」


控え室の空気が、ぴたりと止まる。


『操作は誰にでも出来ます』

『それを判断し、応用するのが人の仕事です』

『そのサポートをするのが、私の役目です』


「しゃ、しゃべった!?」


一番大きな声を出したのは、沙織だった。


「あ、私、音声モード切ってなかった……」


詩音が慌てて画面を確認する。


「なにこれ、かわいくない?」

「ちょっと偉そうかも!」


控え室に、ざわっと笑いが広がった。


「こうしてしゃべると、なんだか親近感わくわね」


淳子が感心したように言う。


「よし、決めた!」


詩音が、ぱっと顔を上げた。


「今日からあなたは――

“リブりん”ね!」


『……』


一瞬の沈黙。


『その呼称は、推奨されていません』


「えー!?」


詩音が、大げさに肩を落とす。


「拒否られた……」

ユキがぽつりとつぶやく。


どっと、笑いが起きた。


「いいじゃん、リブりん! 親しみやすいでしょ?」


『業務効率の向上には、適切な距離感が必要です』


「距離感って!」


沙織が吹き出す。


「レポコンは“レポちゃん”で、

あなたは“リブりん”って、すごくいいじゃん!」


詩音が畳みかける。


『私は、愛称で呼ばれる前提で設計されていません』


「めんどくさっ!」


沙織が即座に言い切り、控え室に笑いが起きた。


『……業務を、再開します』


「はいはい、リブりん」


『……』


「黙った……」

ユキが、またぽつり。


控え室に、もう一度笑いが広がる。


無機質なAIと、

人間くさいスタッフたちの初顔合わせは――

思いのほか、和やかなものになっていた。



「じゃあ、沙織ちゃん、やってみよう!」


「えっ、私!?」


戸惑いながらもタブレットを手に取る沙織の横で、詩音が身を乗り出して説明を始める。

ユキは真剣な表情で画面をのぞき込み、淳子はくすくすと笑いながら、その様子を見守っている。


少し離れたところで、敦子が腕を組み、満足そうにその光景を眺めていた。


メイは、その隣に立ちながら、控え室の空気を静かに見渡す。

自然と役割が分かれ、言葉を交わし、助け合っている姿。

思わず小さく笑みがこぼれた。


「なんか……いいですね。この雰囲気」


ぽつりと漏れたメイの言葉に、敦子がゆっくりとうなずく。


「でしょう? うちの結束力は、ル ポ ドゥ レヴ社ナンバーワンだから」


その言葉に、メイは素直に頷いた。


「はい……」


そして、ふと思い出したように顔を上げる。


「あ、敦子さん。バレンタインの企画、文学館のほう……通りました」


「それは良かったわ」


敦子は、ほっとしたように微笑む。


「これで、安心して進められるわね」


「はい」


控え室には、再び賑やかな声が戻ってくる。


「沙織ちゃーん、そこじゃないよ〜」


「だって、そう言ったじゃん!」


「詩音さん、そう言ってた…」


「えー!?」


そんなやり取りの合間に、タブレットから落ち着いた声が響いた。


『沙織さん、もう一度、やってみましょう』


誰かが吹き出し、また笑いが広がる。


楽しげな声に包まれた控え室は、

いつものラフォーレらしい、あたたかな空気に満ちていた。


◇◇◇


仕事の後。


「美智子さんと、明美ちゃんかぁ……」


矢鞠駅近く。

インド・ネパール料理店『ナマステ』のテーブルに向かい合って座りながら、詩音がぽつりとつぶやいた。


スパイスの香りがふわりと漂い、店内にはゆるやかな音楽が流れている。

仕事帰りの時間帯らしく、どこか肩の力が抜けた空気だ。


「元気そうだったよ。行く前は緊張してたけど、二人がいて助かった」


そう言って、詩音はほっとしたように笑う。


「入口で固まってる詩音の姿、目に浮かぶわ」

メイもくすっと笑った。


「ちょっと! 見てたの!」


驚きの声を上げる詩音に、メイは首を横に振る。


「だって、いつもそうだし」


「デヘヘ」

詩音は照れたように頭をかく。


「でもさ……すごいね、AI」


「そうなの!それにね、レポちゃんもすごいんだよ!」


「レポちゃんねぇ……」

メイは思わず苦笑する。


「うん。私さ、この二人と仲のいい相棒になるよ」


「……二人?」

「相棒……?」


きょとんとするメイに、詩音は目をきらきらさせた。


「そう、相棒!」


言い切るその声には、迷いがない。


「でね、私、ラフォーレをもっとステキなお店にするよ」


「いいね」


なんだか、少しだけ。

いつもより頼もしく見える詩音に、メイは胸の奥があたたかくなるのを感じた。


「もう思い残すことはないよ!」

詩音が勢いよく言う。

「これで、ソロキャン行けるよ!」


(……使い方、ちょっと違う気がするけど)


メイは心の中でそう突っ込みながら、くすっと笑った。


「で、準備はできてるの?」


「ううん、これから」

詩音はあっけらかんとしている。

「でも、まだ二週間あるし。麓高原のときのキャンプ計画帳があるから大丈夫!」


(……大丈夫、かなぁ)


メイは少しだけ不安になりつつも、口には出さない。


「そうそう!」

詩音が思い出したように声を弾ませた。


「グルキャンも決めないとだよ!」


「そうだね。今度、集まろうか」


「いいねー!新年会もやっちゃおう!」


「そうだね!

じゃあ、梓ちゃんと凛々花ちゃんにRainしとくよ」


「新年会でグルキャン会議〜!」

詩音が両手を軽く上げる。

「楽しみだねー!」


そのとき。


「オマチドウサマ」


少しカタコトの日本語と一緒に、店員さんがテーブルにバターチキンカレーを置いた。


続いて運ばれてきたのは、編みのバスケット。

大きなナンが、これでもかというほどはみ出している。


「きたー!」

詩音の声が一段高くなる。


「ここのナン、美味しいんだよ!」


「バターチキンも絶品だよね」


メイが言い終わる前に、


「あちちっ!」


詩音がナンをちぎろうとして、慌てて手を離した。


「そんな慌てなくても」


「熱いうちが美味しいんだよ、メイちゃん!」


そう言いながら、もう一度ナンに挑み、勢いのままバターチキンにダイブ。

そのまま口へ運ぶ。


「あふい!」


ハフハフと息をしながら食べ始める詩音を見て、メイは思わず目を細めた。


(……頼もしくなったけど)


「うわっ、バターチキン垂れた!」


(やっぱり、詩音は詩音だ)


メイは、にっこりと笑う。


「メイちゃんも、早く食べて!」


「はいはい」


口元にバターチキンをつけて、もぐもぐと食べる詩音を見ながら、

メイは声を立てずに、楽しそうに笑った。



ここまで読んでくださってありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ