第139話 大晦日、ふたりのソロキャンプ
12月31日、大晦日。朝10時。
薄い冬の日差しがカーテンの隙間から差し込み、詩音の部屋をぼんやり照らしていた。
布団にくるまって丸くなっている詩音のところへ、
バンッ、と勢いよくドアが開く。
「あんた、いつまで寝てるの!」
姉・歌音の大きな声が、部屋の空気を一気に揺らした。
「……お姉ちゃん……もう起きるよ……」
布団の中から、かすれた寝ぼけ声が返ってくる。
「買い出し、もう行くってよ!」
「……わかったよ〜……」
「まったく!」
ガチャン、と音を立ててドアが閉まった。
しぶしぶ布団をはい出した詩音は、
「ふぁ〜〜……」と大きな伸びをひとつ。
ぼんやりした視線の先で、
部屋の隅に置いたキャンプ道具が静かに並んでいるのが目に入った。
「メイちゃんや梓ちゃん……今頃どうしてるのかな」
ぽつりとつぶやくその声は、まだ少し眠たげで。
ちょうどそのとき——
「しおーん! 早く準備して〜!」
今度は一階から母・裕子の声が響いた。
「いま行くから〜〜!」
慌てて返事をしながら、
詩音は布団を蹴飛ばすようにして立ち上がり、急いで着替え始めた。
——その頃。
メイは、沼津港の朝の空気の中にいた。
潮の香りと魚市場のざわめきが混じり合って、まさに“年末の港”といった雰囲気だ。
キャンプ場のチェックインは午後1時。
少し早いけれど、お腹も空いたし、せっかくなら港でお昼を食べよう——
そんな軽い気持ちで立ち寄ったのだった。
お昼にはまだ早いせいか、開いている店は思ったより少なかった。
港をうろうろと歩きながら店先をのぞいていると、朝から暖簾を出している小さな食堂の「てん丸」の文字が目に入った。
「ここ、もう入れるみたい…!」
暖簾をくぐると、湯気と醤油の香りがふわりと鼻をかすめた。
メイは迷わず海鮮丼を注文し、運ばれてきた色とりどりの海の幸に思わず目を丸くする。
「おいしい……」
ひと口食べるごとに、自然と頬がゆるんだ。
食後、少しお腹を落ち着かせようとブラブラ歩いていると、
ふいに「海鮮市場」という看板が目に入る。
「ちょっと見てみようかな…」
ふらっと足を踏み入れると、
干物や貝類、ところ狭しと並んだ海の幸。
そんな中、威勢のいい声が飛んできた。
「お嬢ちゃん、これ、いきがいいよー!」
声の方を見ると、
大きな発泡スチロールの中でサザエがゴロゴロと動いていた。
「あ……焚き火で焼いたら……絶対おいしいやつ……!」
メイの頭に、ぷくっとアイデアが浮かぶ。
食べたばかりなのに、口の中によだれが広がる。
「絶対おいしいから!どうだい!」
お店のおじさんは、にかっと満面の笑み。
「え、じゃあ……ふたつ下さい!」
流されるように、でもちょっと楽しそうに答えてしまうメイ。
ひとつ395円。
(お店で食べたら、きっと千円以上するんだろうな…)
そう思うとなんだか得した気分だった。
「氷も入れとくから!」
おじさんはビニール袋いっぱいに氷を詰め、サザエをそっと入れてくれた。
「ありがとねー!」
港らしい元気な声が背中まで届く。
メイは袋を抱えながら市場をあとにした。
なんてことのないやりとりなのに、
胸のあたりがくすぐったいほど楽しかった。
◇◇◇
メイが沼津港をあとにした、
ちょうどその頃——
梓は愛車のホンダ・レブルで、精進湖へ向かって走っていた。
中央道を河口湖ICで下りた途端、視界が一気にひらけた。国道139号は、本栖湖方面へすっと伸びている。
精進湖は、その先――富士五湖の中でも小さくて、静かな湖だ。
冬の澄んだ空気の中、空は驚くほど青く、富士の白い稜線がくっきりと浮かび上がっていた。
アクセルを軽くひねるたびに、レブルの低い鼓動が足元から伝わってくる。ひとりで走る旅の音だ。
途中、「道の駅なるさわ」の看板が見え、梓はウインカーを出して駐車場へと入った。
バイクを停めてヘルメットを脱ぐと、冷たい風の向こうに、雄大な富士山がどんと構えている。
「……いい天気だな」
思わずつぶやき、深呼吸して胸いっぱいに冷たい空気を吸い込む。
キャンプ場のチェックインにはまだ少し早い。
お腹もそろそろ空きはじめている。
「ちょっと早いけど、昼飯でも食っていくか」
レブルのタンクを軽く叩き、梓は建物へと歩き出した。
◇◇◇
沼津港をあとにしておよそ三十分。
海沿いの道を走ってきたメイは、カーナビの指示に首をかしげた。
「ここでいいのかなぁ……?」
ナビは左折を促しているが、左側には細くて急な坂道が一本。
みかん畑へ続く農道のような心細い道だ。
不安になりつつも、そっとウインカーを出して進む。
舗装はされているものの、ところどころデコボコのある細い坂。
車はゆっくりと、それを踏みしめるように登っていく。
やがて視界がぱっと開けた。
右手に広がる小さな駐車スペース。
「あ……多分ここだ!」
SNSで見た光景にどこか見覚えがあり、胸の奥がふっと軽くなる。
メイはその隅に車を停め、深呼吸をして外へ出た。
高台にある西浦キャンプ場。
駐車場が一番高い位置にあり、その下には段々畑のようにサイトが広がっている。
眼下には光る駿河湾、その向こうにくっきりと富士山。
冬の澄んだ空気と青空が、それをいっそう美しく引き立てていた。
「……わぁ……!」
思わず息を飲み、メイはスマホを取り出して写真を撮る。
胸が温かくなるような光景に、頬が自然とゆるむ。
(あ、受付しなきゃ……)
気持ちを切り替えて辺りを見回すと、駐車場の端に黒いタープが張られ、
その下にテーブルと椅子がぽつんと置かれていた。
どうやら、あれが受付らしい。
「こ、こんにちは……」
恐る恐る声をかけると、タープの奥からひょいと人影が立ち上がった。
三十代くらいの優しげな男性だった。おそらく管理人さんなのだろう。
「あ、あの……予約した、平瀬です」
少し緊張しながら名乗ると、管理人さんは柔らかな笑みで迎えてくれた。
「はい、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
その穏やかな声に、こわばっていた肩がふっとゆるむ。
管理人さんは、トイレの場所やチェックアウトの時間、
焚き火台の下にブロックを敷いてほしいことなど、丁寧に説明してくれた。
ここはオートキャンプ場ではないものの、段々状のサイトへ横づけできる車道があり、
荷物を下ろしてから車を駐車場に戻すスタイルなのだという。
「では、ごゆっくりどうぞ」
「お世話になります!」
メイはぴょこんと頭を下げた。
胸の奥が少し高鳴る。
ここから、初めての本格ソロキャンの時間が始まるのだ。
駐車場に停めてあったプジョーに戻ったメイは、そっとギアを入れて細い車道をゆっくり下っていった。
予約したのは、段々になったキャンプ場のいちばん海側——
最前列の五区画のうち、もっとも右端にあるサイトだ。
海にいちばん近く、荷下ろしの車道からも近くていいなと思って予約したサイト。
車をそばまで寄せて降り立つと、潮の香りがふっと鼻をくすぐる。
「ここかぁ……」
目の前に広がっていたサイトは、想像以上にゆったりとしたスペース。
およそ七メートル四方のふかふかな芝サイトで、ひとりで使うには贅沢なくらいの広さだ。
周囲を見渡すと、まだどの区画にも誰もいない。
静かで、風の音だけがさざ波のように耳に届く。
どうやら、メイが一番乗りだった。
車のリアハッチを開けると、潮風がふわりと車内に流れ込み、
冬の日差しが積まれたキャンプ道具をやわらかく照らした。
(この距離なら、オートキャンプ場とそんなに変わらない……かも)
そう思いながら次々と荷物を手に取る。
けれど、数メートル運ぶだけでも意外と大仕事。
チェアやテーブル、クッカー、寝具……
一つひとつ運ぶたびに「ソロって、こういう地味な作業も全部ひとりなんだ」と実感が湧いてくる。
ようやくすべての荷物を下ろし終え、メイはプジョーを駐車場へ戻した。
エンジンを切ったあと、ハンドルに手を置いたままふぅと息をつく。
「ひとりで荷下ろしって……案外大変だ」
ぽつりとつぶやきながら空を見上げる。
太陽はまだ高いけれど、冬の夕暮れはあっという間だ。
ぼんやりしている暇はない。
「よし……テント、張るぞっ!」
気合いを入れ直し、メイは再び荷物の置いてあるサイトへ、歩いて向かった。
◇◇◇
少し慣れた手つきで、メイはグランドシートを広げた。
冬の海風がふわりとシートの端を揺らし、それを押さえながら「ここかな」と位置を決めていく。
ザザッと音をたててシートを伸ばし、次にテントの袋を開く。
ポールを一本一本つなげ、アルミの節がカチッと収まる軽やかな音に、胸の奥が少しだけ頼もしく温かくなる。
ポールをスリーブに通し、グロメットに差し込む。
ぐいっと弧を描くようにしならせると、オレンジ色のテントがぱっと立ち上がった。
四隅をペグで留め、フライシートをかけ、細かなフックをひとつずつ留めていく。
30分ほどで、青空に映えるきれいなドームテントの姿がそこにあった。
「ちょっとは早く立てられるようになった…かな」
ぽつりと呟く声は、満足と少しの誇らしさが混ざっていた。
今日はタープはなし。
「空の下でのんびりしたいから」と自分には言い訳をしながら、
ほんとはソロでタープを立てる自信がなかっただけ。
でも——それもまたひとり時間の良さだと思えた。
メイのテントは、入り口をポールで支えるとキャノピーになる仕様。
ペグを打ってロープを張り、少し影ができる小さな居場所が完成した。
ローチェアを組み立ててキャノピーの下に置く。
試しに腰掛けると、頭上の布にちょこんと頭が当たる。
「……ちょっと前にずらそう」
チェアを数十センチ動かすと、しっくりくるポジションが見つかった。
“自分で決めて、自分で動かす”——それだけで胸の奥がじんわり温かくなる。
きっとこれがソロキャンの楽しさなんだ、とメイは思った。
続いて残りの荷物を広げる。
マットを膨らませ、シュラフをふわりと広げる。
テーブルを組み立て、クッカーとバーナーを並べると、
ばらばらだった荷物が少しずつ、自分だけの小さな空間になっていく。
そして、最後はオイルランタン。
ランタンケースからそっと取り出し、テーブルの上に置く。
まだ火を灯していないのに、そこだけキャンプらしい空気が生まれた。
「……こんなもんかな」
設営を終えたサイトを見渡し、メイはひとつ深呼吸した。
ひとりで建てたテント。
角度を変えてスマホで写真を何枚も撮る。
そのたびに、胸の奥にじわっと満足が広がった。
時間はもうすぐ午後3時。
なんだかんだで、設営に1時間半ほどかかってしまったけれど——
私にしては上出来だ。
そんなことを思いながら、
メイはローチェアに腰を下ろし、
ふぅ、と柔らかな息をこぼした。
高台に吹き上がる海風は、頬に少し冷たかった。
「……寒いけど、なんか気持ちいいな」
ふっと漏れた息が白くほどけた。
目の前では、駿河湾が冬の陽ざしを跳ね返してまぶしく光っている。
その向こうには、大きくゆったりと構える富士山。
気づけばメイは、その景色にただぼんやりと見とれていた。
「はっ……ボーッとしてた」
ソロキャンは、こうしてぼんやりするのも自由。
時間に追われているわけでもない。
……なのに、胸の奥がなんとなく落ち着かない。
静かさに自分の心が追いついていかないような、不思議な感覚。
「……コーヒーでも飲もうかな」
そわそわをごまかすように、バッグをまたガサゴソと探る。
その瞬間、後ろからふわりと声がした。
「こんにちは」
振り返ると、少し年上くらいの綺麗なお姉さんがにこやかに立っていた。
その隣には彼氏らしき男性も笑顔で会釈している。
「お隣、よろしくお願いします」
「あ、はいっ、よろしくお願いします!」
慌てて立ち上がってぺこりと頭を下げる。
自分のことで精一杯で、隣に人が来ていたことすら気づかなかった。
ちょっとだけ頬が熱くなる。
お姉さんたちは、楽しそうに会話を交わしながら、手際よくテントを立て始めた。
その様子を横目に、メイは詩音と行った麓高原のことを思い出す。
(詩音ちゃん、今頃どうしてるんだろう……)
ちょうどその時、カタカタと鳴っていたケトルから「コポポッ」と湯気が上がった。
ドリップパックを開き、そっとお湯を注ぐ。
立ちのぼる香りにほっとするけれど、まだ何となく落ち着かない。
「あ、そうだ……」
梓の言葉がふっと頭に浮かぶ。
“ソロの時は、やりたいことを決めておくといいよ。案外時間、持て余すから。”
(そういえば、持ってきてたんだ……)
メイはもう一度バッグを探り、月刊『ミュー』の最新号を取り出した。
毎号欠かさず読んでいる、UFOや超常現象を特集したお気に入りの雑誌だ。
ローチェアに腰を下ろし、そっとページを開けば——
さっきまで感じていたそわそわが、いつのまにか薄らいでいく。
視線を本から外せば、
目の前には海と空、そして大きくそびえる富士山。
この景色の中に、自分の呼吸がようやく馴染んできた気がした。
ふと空を見上げる。
高い空のはるか向こうを、小さな飛行機がひとつ、
白い軌跡を残しながら静かに飛んでいく。
(凛々花ちゃん、ハワイかぁ……)
そう思った瞬間、なぜか脳裏に
腰みの+覆面マスクでフラダンスを踊る凛々花の姿が浮かんできて——
「ぷっ……!」
メイは思わず吹き出した。
ーーー
コーヒーを飲みながら、しばらく月刊『ミュー』に夢中になっていると、
ふいに冷たい風が頬をかすめた。
メイは肩をすくめ、小さく息を吐く。
「そろそろ……焚き火、準備しようかな」
読書の余韻を胸に残したまま、テーブルにそっと本を置いた。
管理人さんに教わった通り、
まずは大きめの焚き火シートを広げ、
その上にブロックをコツコツと積んで土台をつくる。
焚き火台をそっと置き、防風板を開いて風の向きを確かめながらセットした。
薪をくべると、乾いた木の香りがふわりと立ちのぼる。
着火剤に火をつけると、ぱち、ぱち——と小さく音を立て、
やがて炎が花のようにひらいていった。
手をかざすと、じんわりとしたぬくもりが指先から腕へ広がっていく。
「……あったかい」
冷えていた体だけでなく、胸の奥までゆっくり温められていくようだった。
ふと顔を上げる。
夕日を受けて赤く染まった海。
その向こうに、静かに浮かび上がる富士山のシルエット。
光と影の境目が、あまりに美しくて、ただ見とれるしかなかった。
その景色に吸い込まれそうになったとき、胸の奥に言葉がよぎる。
「ソロってさ、孤独を受け止めるんだよ」
——梓が言っていた言葉。
私にはまだ、その “孤独を受け止める” 感覚がよく分からない。
でも、こうしてソロで眺める夕景も悪くないのは、何となく分かる。
“梓ちゃんも……今、同じ富士山を見てるのかな”
胸の奥が少しくすぐったくなり、
メイはそっとスマホを取り出した。
◇◇◇
梓は、精進湖レイクリッジキャンプ場のサイトで
ローチェアに深く腰を下ろし、焚き火へ薪を一つ落とした。
ぱち、と乾いた音がして火の粉が舞う。
チェアの位置を少し変えようと思い、
立ちあがろうとしたとき。
「……やべぇ、足にけっこうきてるな」
太ももあたりがじんわり重い。
このキャンプ場は、駐車場から石の階段を三十段ほど降りた場所にサイトがある。
装備の少ない梓でも、一往復では運びきれず、結局二往復。
日頃の運動不足を痛感して、苦笑いを浮かべた。
そんなとき——
ピコン、と控えめな通知音がした。
ポケットからスマホを取り出すと、メイからのRain。
『富士山、見えてる?』
続いて送られてきたのは、
海の向こうで夕日に染まる富士山の写真。
淡い朱が広がる空と、静かに伸びる稜線。
「……メイは西浦だったよな。いい写真だ」
小さくつぶやきながら、梓は返信を打つ。
ーーー
メイのスマホにもすぐに通知が届いた。
『見てる。精進湖から』
添えられていたのは、湖面に影を落とす「子抱き富士」。
精進湖特有の、柔らかく寄り添うシルエットだ。
続けて梓から。
『そっち、大丈夫か?』
メイは微笑みながら返す。
『大丈夫だよ。テントも焚き火もバッチリ』
そして——
『ソロキャン、楽しめ』
その短い梓の言葉は、まるで背中をそっと押すみたいで。
メイの胸が、じんわりと温かくなる。
離れているのに、ちゃんと繋がっている。
そんな不思議な心地よさが広がった。
顔を上げると、
夕暮れはさらに深まり、
沼津の街にはぽつりぽつりと灯りがともりはじめていた。
海面には揺れる光の帯。
その向こうで富士山が静かに影を落としている。
「きれいだね……」
隣のカップルの声が、風に乗ってほんのり届く。
“この景色、みんなにも見てもらいたいな”
メイはそっとスマホを構えた。
◇◇◇
詩音の家。
おばあちゃんの台所では、毎年恒例の “大晦日のおせち作り” が佳境を迎えていた。
大きなお鍋の湯気、甘い匂い、しょうゆの香り——
母・裕子と歌音、おばあちゃんが手際よく動き回り、その中に詩音も加わっている。
「詩音、そろそろ里芋、皮むいておいてくれる?」
「オッケー!」
返事をした、その瞬間——
ピコン、とスマホが鳴った。
「おー、なんだなんだ?」
手を止めて画面を見る。
グループRainに、メイからの写真が届いていた。
海の向こう。夕暮れの町。
そして空にくっきりと浮かび上がる、富士山のシルエット。
その下に添えられた、ひとこと。
「良いお年を」
「おー!すごいよ、これ!!」
思わず声が弾む。
「メイちゃんから?」と歌音が覗き込み、
「まぁ、きれいだこと」とおばあちゃんが感心し、
裕子も手を止めて、「伊豆、かしらね」とつぶやいた。
「にしうらってとこらしいよ」
そう言いながら写真を見せる詩音。
なんだか嬉しくなって、じゃあこっちも!とスマホを自撮りの角度に構える。
パシャッ。
「はい、詩音。里芋、早く皮むかないと。
黒くなるでしょ」
「うわ、そうだった!!」
慌てて戻る詩音。
家族の笑い声とお鍋のぐつぐつが混ざり合い、大晦日の台所はあったかい空気に包まれていた。
◇◇◇
メイのスマホが小さく震えた。
画面を見ると、グループRainに詩音からのメッセージが届いている。
『おせちつくってるよ』
続いて送られてきた写真に、メイは思わず吹き出した。
キッチンらしき場所で、
詩音がアップでピース。
その後ろに、歌音と裕子が「え? 写真?」みたいな顔で固まっていて、
さらにその横で、おばあちゃんがバッチリとピースを決めていた。
『良いお年を!』
「おばあちゃん、ちゃっかりピースしてるし……」
メイはニコッと笑い、
その写真から家の温度まで伝わってくるような気がした。
「おせち、手作りなんだ……いいなぁ」
そう思った時。
またピコン、と通知が光る。
今度は凛々花から。
『オアフのマカプウトレイル』
短い説明のあとに添えられた写真には——
透き通るような青い海。
緩やかに弧を描く岬。
朝日なのか夕日なのか、オレンジの光が海面に細くすじを描いている。
風まで感じられそうなほど、瑞々しい一枚だった。
「これ……すごい……」
メイはしばらく見とれたあと、メッセージ欄に視線を落とす。
『寒さと仲良く、あったかくしてね』
——そんな凛々花らしい、少しズレていて優しい言葉。
メイはふっと微笑み、
海風に冷やされた頬が、ほんのりあたたかくなる気がした。
◇◇◇
夕闇が広がり、気づけばあたりはすっかり夜の気配に包まれていた。
メイはテーブルの上のオイルランタンにそっと火を灯す。
ほわっと立ち上がる柔らかな光が、焚き火とはまた違う温度で周囲をあたためてくれる。
しばらく見つめていたが——
「あっ、サザエ、焼かなきゃ!」
静けさもつかの間、クーラーボックスをガサゴソと探り始める。
初めてのソロキャンは、とにかく忙しくて落ち着かない。
でも、その“せわしなさ”の全部が、どこか可笑しくて、少しだけ愛おしい。
サザエを焚き火台の網の上に並べると、ふわりと海風が頬をかすめた。
夜の闇はゆっくりと深まり、空気はひんやりと澄んでいく。
「今年も、もう終わりなんだな……」
そんな思いが胸にしみた頃、ふと空を見上げた。
いつのまにか星がいっぱい。
そのひとつが、すっと尾を引いて流れていく。
「あっ……!」
思わず手を合わせる。
「来年も……いい年になりますように」
小さな祈りが、冬の夜にそっと溶けていく。
出会いに揺れ、少しずつ前へ進んだ一年が、静かに終わろうとしていた。
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