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第135話 光の余韻をたずさえて


夕方。


電車の座席に腰を下ろしたまま、凛々花は足元へそっと視線を落とした。


「ユニクラ」の大きな紙袋がふたつ。

そのいちばん上に、ぽこんと飛び出しているキツネのアニマルハット。


『これ、西伊豆キャンプのお土産なんだけど……』


「渡し忘れてた」って、帰り際に梓が、

ちょっと照れた顔でくれたもの。


『凛々花、前にご当地ヒーローの覆面、うれしそうにしてたから…』


梓の言葉を思い出すだけで、胸の奥がじんわりあたたかくなる。

紙袋から覗くキツネの顔が、こっちを見て微笑んでるみたいだった。


「まもなく、南前田。お出口は右側です」


車内アナウンスの声に、凛々花はすっと背筋を伸ばした。

トートバッグを肩に掛け直し、紙袋をふたつ持ち上げて立ち上がる。

ドアが開くと同時に、冬の匂いがふわりと頬をなでた。



人の流れに合わせて、南前田駅の改札を抜ける。


日曜の夕方の駅前は、まだしっかり賑わっていた。

白や黒やベージュのダウンを着た若い人たち。

ベビーカーを押す家族、手をつないだまま笑い合うカップル。

誰もがそれぞれの“夜”へ向かっていく。


そのざわめきの向こうには、イルミネーションをまとった屋外モールの通路。

ガラス越しに見えるウインドウはどれも明るくて、

パン屋の焼き立ての匂いが風に混ざり、

オレンジ色の街灯が遠くまできらきらと続いている。


同じ帰り道のはずなのに、今日はどこか違って見えた。


(昨日まで、なんだか全部ボケて見えてたのにな)


風の感触すら、やわらかくて、

街の光が、あたたかく揺れている。


凛々花は思わず、ひとりでクスッと笑った。


屋外モールの雑踏を抜けていたときだった。

ピコン、とRainの通知音が響いた。


すぐそばのベンチに紙袋をそっと下ろして、

コートのポケットからスマホを取り出す。


メイからのRain。


『詩音と話してて、23日にうちでクリスマス忘年会やろってなったんだけど』


『梓ちゃん来れるって。凛々花ちゃん予定はどう?』


指先が自然に動く。


「いきたい!」


送信ボタンを押した瞬間、

ふっと笑みがこぼれた。


つづけてピコン。


今度は詩音。


『肉と魚、どっちが好き?』


「なにそれ…」と思いながら、しばし考えて返す。


「お肉」


『おー満場一致!梓ちゃんも肉だって!』


画面に飛び出してきた、満面の笑みのスタンプ。

それを見た瞬間、胸の奥がやわらかく膨らんだ。


……何も変わっていない。


私が言葉にしたことも、

パパがラフォーレに来たことも——

全部ふくめて。


みんなは、みんなのまま。


考え込んでいた自分が、

なんだか少しだけ可笑しくなってくる。


『ちゃんと伝えろよ。黙って逃げたら、残るだけだ』


ーーあの公園で、梓ちゃんが言った言葉。


(少しは、前に出れたかな…)


そう思って顔を上げると、

ショーウィンドウいっぱいに、

「モンレル」のロゴと、冬キャンプのギアがきらりと光っていた。


小さなテントの横に、ローチェアと小さなテーブル。

その脇に置かれた赤い寝袋は――

昨日、梓ちゃんの家で借りたものに、どこかよく似ていた。


ただの展示だと分かっていても、

その一角だけ、光がふわっと乗っているように見える。


「……キャンプ、か」


まだはっきり形にはなっていない想いが、

胸の奥で、ゆっくり生まれ始める。


そのときだった。

また、ピコンとRainの通知音。


画面に浮かんだのは、ママからの短いメッセージ。


『もう帰ってくる? パパも帰ってるし、鮨処まるやまで出前とったから』


ただの帰宅確認。

いつもと同じ、あっさりした家の空気。


なのに――今は、それが妙にあたたかく感じられた。


「いまモールにいるの。もうすぐ帰るね」


指を走らせて返信すると、

自然と唇の端がゆっくり上がる。


トートバッグを肩にかけ直し、

ベンチに置いた紙袋を両手に持って、歩き出す。


紙袋から顔を覗かせたキツネが

ちいさく笑ったように見えた。


その笑顔を連れて、凛々花は家へ向かって歩き出した。




第9章は、この第135話でおしまいです。最後までお付き合いいただきありがとうございました。


この章は、書きながら何度も立ち止まった章でした。

凛々花は、少し変わったところのある子です。

天然で、不思議ちゃんで。

けれどその無自覚さの奥に、静かな痛みを抱えている子でもあります。

その心をどう描いていくのか、ずいぶん悩みました。


凛々花は、何かを「乗り越えた」わけではありません。

ただ、見ていた光の意味が、少し変わっただけです。

けれどその「少し」が、

彼女にとっては、とても大きな一歩なのだと思います。


第10章からは、また別の景色が動き始めます。

よろしければ、もう少しだけ、この物語にお付き合いください。


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