表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/177

第125話 交わらないままの視線


夜。凛々花はベッドに腰を下ろし、ファインダー越しに撮りためた写真を見返していた。


雨上がりの水たまりに浮かぶ花びら。

途中で途切れたフェンスの影。

画面の奥には、言葉にならないざわめきが沈んでいる。


長く視線を落としたまま、ひとつ息を吐き、カメラをそっとテーブルに置いた。


そのとき——

ピコン、とRainからの通知。


スマホを手に取り、画面をのぞき込む。

メイからだった。


「こんどいつラフォーレに来る? 実は——」


表示された文字は、海の底に沈んでいくように凛々花の目から遠ざかっていく。

彼女はスマホを伏せ、ベッドに置いた。


しばらくそのままスマホを見つめていたが、ふとテーブルの上のデジタルカメラを手に取り、スマホにレンズを向ける。


シャッターの音。


カメラを戻すと、彼女は無言で部屋を出ていった。


残されたデジカメのディスプレイには、ベッドに伏せられたスマホが静かに映し出されていた。


◇◇◇


次の日。

カフェ・ラフォーレ リーヴルスの控え室。


部屋の一角には段ボールが山のように積まれ、そのせいで隅に追いやられた小さなテーブルを、詩音と沙織、ユキの三人が囲んでいた。


ホワイトボードには、大きな字で「クリスマスデコレーション会議♡」の文字。ちょっとした落書きのようなハートが添えられている。


「よっこいしょっと!」


詩音が声をあげて、大きな箱をテーブルの上に持ち上げた。


「何、それ?」


「家にあったクリスマスツリーの飾り物だよ」


パカッと箱を開けると、星のオーナメントや雪だるま、赤い長靴の飾りに、きらきら光る電飾のストリングライトまで——宝箱みたいにいろんなものが詰まっていた。


「こういうのあると、気分あがるかなーって!」


詩音は楽しそうにひとつずつ取り出しては、テーブルに並べていく。


「……なんか、あがる」


ユキが表情を変えないまま、ぽつりとつぶやいた。



「さあーて、クリスマスイベントの飾り付け会議、はじめていきまーす!」


詩音が元気いっぱいに切り出した。


「まずはツリーはマストだよね」


「……邪魔にならない大きさのな」

沙織がサラッと釘をさす。


「えー、でっかいのをドーンってやりたいのに!」


「予算のことも考えなきゃ」

ユキが冷静に口を挟んだ。


「大きいツリーに、電飾をぐるぐる巻いてさ!」


「待て待て。電飾はてっぺんからまっすぐ下ろした方が絶対きれいだって」

沙織が手を斜めに滑らせながら説明する。


「そうかなぁ? ぐるぐるの方が絶対雰囲気出るって!」


「いやいや、真っ直ぐの方がいいって! ユキはどう思う?」


「……私、ツリー、飾ったことない」

ユキがぽつりと返す。


「じゃあユキちゃん、そこに立って! クリスマスツリー役ね」


詩音がぱっと立ち上がり、手招きする。


言われるまま立ち上がったユキの頭に、星のオーナメントがちょこんと乗せられた。


「なるほど、そうきたか。じゃあユキ、この電飾を持って」


沙織がストリングライトを手渡す。


ユキは頭の星と電飾の端を、素直に手で押さえた。


「こうやって、真っ直ぐ床まで引っ張るんだよ」


沙織はもう片方の端を持ち、しゃがみ込んで床に押さえ込む。


じーっと見つめる詩音。


「……なんか違うよ、沙織ちゃん」


そう言うなり、詩音は電飾の端をひょいと沙織から受け取り、ユキの体にぐるぐる巻きつけ始めた。


ユキは無言のまま、突っ立ってされるがまま。


長い電飾をすべて巻き終えると、詩音は一歩下がり、腕を組んで満足げにうなずいた。



「ほら見て! これこそ、クリスマスツリーだよ!」


「いやいや……詩音のセンス、ほんと分かんない」

沙織があきれ顔で首を振る。


「そう? 絶対こっちの方がイケてるって!」


そのとき——


ガチャッ。


「おはようございます〜」


裏手のドアが開き、淳子が姿を見せた。


「……えっ!?」


目の前に広がるのは、頭に星のオーナメントを乗せ、体に電飾をぐるぐる巻きにされたユキ。その前で、詩音と沙織が振り返る。


「あなたたち……何してるの?」


「クリスマスイベントのデコレーションです!」

詩音と沙織が声をそろえる。


「……私、ツリー役」

ユキがぽつりとつぶやいた。


「そ、そう……イジメじゃないのね」

淳子は思わず苦笑する。


「淳子さん、これ変じゃないですか?」

「えー! イケてますよねー?」

「いやいや、センス完全にバグってるから!」


詩音と沙織のツッコミ合いが続く。


「やれやれ……」


呆れ半分、でも楽しげに。淳子の口元には自然と笑みが浮かんでいた。


◇◇◇


その頃、メイは展示エリアの奥にある作業スペースで、パソコンに向かい企画書をまとめていた。

静かな空気の中、カタカタとキーを打つ音だけが響いている。


「おはよう、メイちゃん。入るわよ」


振り返ると、淳子が立っていた。


「あ、淳子さん。おはようございます。どうぞ……」


淳子は軽く腰をかがめ、メイの後ろからデスクに置かれたノートパソコンをのぞき込む。


「……企画書ね。どう? 進んでる?」


「えっと……なんとか」


メイは苦笑いを浮かべ、ちらりと見上げる。


その瞬間、何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。

手を止め、椅子から立ち上がると、淳子の方へ向き直る。


「淳子さん、お願いがあるんですけど……」


「あら、改まって。何かしら?」


少し言いにくそうに、メイが口を開いた。


「あの……ミニトークショーの司会、やっていただけませんか?」


「え、私が?」


淳子の目がわずかに見開かれる。


「メイちゃん、オープニングイベントでもやったじゃない。あなたの方が向いてるんじゃない?」


「そ、そんなことは……ただ、あのとき思ったんです。誰かがちゃんと進行を回さないと、グダグダになっちゃうなって」


「まあ、それはそうだけど……」


「それに、アマチュアカメラマンさんのこともよく知ってますし、凛々花ちゃんが出るなら……淳子さんなら安心するだろうなって」


言葉を選びながら告げるメイを見つめ、淳子はしばし考え込む。


「サイン即売会の方もあるので、大変かと思うんですが……」


「分かったわ」


すまなそうに続けかけたメイを、淳子がやわらかく制した。視線を合わせ、すっと微笑む。


「えっ、いいんですか!」


メイの顔がぱっと明るくなる。


「ええ。即売会はうちのスタッフに任せればいいわ。だから大丈夫」


「すみません、本当にありがとうございます!」

メイは深々と頭を下げる。


「それに……ちょっと楽しそうじゃない?」


淳子はいたずらっぽく口元をゆるめた。


その表情に、メイも思わず笑顔を返す。


「ところで、凛々花ちゃんはOKしてくれたの?」


「……それが、まだなんです。Rainは送ったんですけど、返事が来なくて……」


明るさを取り戻したばかりのメイの顔に、影が差した。


◇◇◇


控え室から出てきた詩音たち。


「次は買い出し行かないとだねー!」

「ちゃんとスケジュール表、作っとけよ」

「分かってるって〜」


わいわい言い合いながら、それぞれの持ち場へ散っていった。


詩音はレジカウンターに入り、エプロンの紐をきゅっと結ぶ。そこへメイが顔を出した。


「メイちゃん! おつかれっ!」


「あ、詩音、おつかれ。

 ねぇ、凛々花ちゃん、来てる?」


「私も今、会議終わったばかりだから……」


二人してフロアを見渡したが、凛々花の姿はなかった。


「そういえば凛々花ちゃん、ここ二、三日、見てないなぁ」


「そっか……ミニトークショーの件でRainしたんだけど、未読のままなんだよ」


「えー、そうなんだ……また大学の課題とかで忙しいのかな?」


「……ならいいんだけど」


メイは胸の前で手を組み、少し考え込むように俯いた。


「どうかしたの?」


「いや、気のせいかもなんだけど……この前の凛々花ちゃん、なんか引っかかってて」


「梓ちゃんが来てた時の?」


「うん。私、ソロキャンのことばかり考えてて、見過ごしたっていうか……」


「普通にニコってしてたように見えたけど」


「その“普通”がね、前と同じ“笑顔”に見えたっていうか、ちょっと遠いっていうか……うまく言えないけど」


詩音は一瞬考えてから、真剣な顔でうなずいた。


「じゃあ、私からも連絡してみるよ。凛々花ちゃんに」


「……うん、ありがとう」


メイの表情が少し和らいだ。


そんな話をしている時——


——カランコロン。


エントランスのドアベルが鳴り、詩音が反射的に声を張った。


「いらっしゃいませ!」


視線を向けると、黒いバイクジャケットを羽織った梓が入ってくる。


「えーっ、あずさちゃん!」


詩音が目を丸くした。


「どうしたの、最近。よく来てくれるよね?」


「悪いか? 私だって、カフェぐらい来るよ」


少し照れたように返す梓。


「いやいや、ありがとうございます! ご注文はいかがしますか?」


「じゃあ……ブレンド、ホットで」


ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、声の調子には照れがにじんでいた。


そんな光景に、メイの胸のざわつきは、ほんのひとときだけ和らいでいた。


◇◇◇


展示エリアで、メイはリーフレットを補充していた。

そこへ、ふらりと梓が入ってくる。


「梓ちゃん……こっちにも来てくれたんだ」


「あぁ……なんか気になってな。

 今日、凛々花は?」


「それがね……連絡取れないんだよ」


メイはスマホを取り出し、Rainが未読のままになっていることを梓に話した。


「……なんかあったのか?」


「トークショーに出てもらおうと思ってて」


「えっ! 凛々花、あのカイなんとかってのとトークするのか?」


梓が目を丸くする。


メイは思わず吹き出しそうになりながら、小さく笑って首を振った。


「それは別件。

 この展示エリアでミニトークショーをやるんだけど、それに出てもらいたくて」


「……なるほど、そういうことか」


梓は少し間をおいてから言った。


「あいつなら、ポワンと出てきて『いいよ〜』って言いそうなんだけどな」


「……だと、いいんだけどね。

 あ、ごめん。写真、ゆっくり見てって」


ぎこちなく笑いながらそう告げると、メイはそっとその場を離れ、リーフレットを並べ直し始めた。


「ああ、そうするよ……」


そう口にしながらも、梓の胸の中には小さな引っかかりが残る。モヤモヤを抱えたまま、彼女は奥の写真の前に立った。


木陰でしゃがみこむ女の子の写真。


じっと見つめていると、この前メイに言われたように、胸の奥で何かが確かに訴えかけてくる。


「……何考えてるんだろうな」


それは写真の中の少女に向けた言葉だったのか。

それとも、凛々花に向けた言葉だったのか。

梓自身にも、答えは分からなかった。


◇◇◇


学校帰りの凛々花。小田急線の車内に座っていた。


「次は、矢鞠です。お出口は——」


車内アナウンスが流れる。

自然に立ち上がりかけた足が、不意に止まった。

そのまま、もう一度腰を下ろす。


背もたれに体をあずけ、ぼんやりと宙を見ていた視線が、ふと頭上の広告にとまる。


『カフェ・ラフォーレ リーヴルス』

『写真展「ふれる、なじむ、自然」 絶賛開催中』


「……水に沈んだ景色、みたい」


そんなつぶやきは、はかなく空気に溶けていった。


電車が矢鞠駅に停まり、ドアが開く。

けれど凛々花は動かない。


やがてドアが閉まり、電車は再び走り出した。


(どうしちゃったの……私)


ふっと笑みが浮かぶ。だけど、その笑顔はどこかぎこちなく、凛々花自身も気づかぬまま、かすかな影を帯びていた。


電車は矢鞠駅から遠ざかり、夕闇の中を静かに走り続けていった。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ