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第123話 降ってきた難題


ふれあい文学館の事務室。

メイがいつものように出勤してくると、いきなり田中部長に呼び出された。


「平瀬ちゃん、ちょっといいかな」


(タナ坊の“ちょっといいかな”は、絶対良くない話だよな……)


警戒しながら部長の席の前に立つ。


「はい、なんでしょう?」


椅子に深くもたれた部長は、いつもの調子でにやりと笑った。


「平瀬ちゃん、ラフォーレさんで来月クリスマスイベントあるの、知ってるよね?」


「はい……」


机の上の書類をひらひらと振りながら続ける。


「でさぁ、市から言われちゃってさ。『文学館も何かやれ』って。ほら、クリスマスだし」


「……はぁ」


(嫌な予感しかしない)

メイは小さく息をのんだ。


「だからさ、急きょミニイベントやることになったの。トークショー的な、軽いやつ」


「えっ?」


部長は手を振って、気楽そうに笑う。


「大丈夫、大丈夫。簡単だから。

カメラマン呼んで、ちょっと話してもらえば、それで形になるし」


「今からですか? もう来月ですよ、イベント……」


メイの言葉を遮るように、部長は椅子から立ち上がった。


「その辺は心配しなくていいって。葛城書店さんにはもう話してあるから」


「え、あの……」


「だからあとは平瀬ちゃんに任せるね。よろしく頼むよ!」


ニッコリ笑って手をひらひら振りながら、軽い足取りで部屋を出ていく。


「え、ちょっと……」


背中が見えなくなったあと、静かな事務室にため息だけが落ちた。

メイは肩を落とし、自分の席へと戻っていった。


向かいの席の杉山さんが、ニッコリと笑いながら声をかけてくる。


「メイちゃん、大変ねぇ〜。はい、これ。飴ちゃん」


差し出された手のひらには、ころんと転がる飴ちゃんが三つ。


「これでも食べて、頑張って」


「ありがとう……ございます」


受け取った飴をギュッと握りしめる。


(また丸投げだ……タナ坊め)


椅子に腰を下ろすと、もう一度深くため息がもれた。

けれど、こうなった以上やらないわけにはいかない。


「まずは、淳子さんのとこに行かないと……」


そうつぶやいて、目の前の仕事に手をつけ始めた。


◇◇◇


「私も、びっくりしたのよ」


葛城書店の応接室。

お茶を差し出しながら、柳森淳子が首を振った。


「……ありがとうございます」


メイがお礼を言うより早く、淳子は少し早口で続ける。


「いきなり市の担当から連絡があってね。『ラフォーレのクリスマスイベントに合わせてトークショーを』って」


「はぁ……」


「断ろうと思ったのよ。でも『そこをなんとか』って食い下がられて。仕方なく“はい”って言っちゃったの」


にこやかに笑いながらも、その笑みの奥にピリッとしたものがのぞく。


(こういう時の淳子さん、ちょっと怖いかも……)


「今朝のことよ。急いでカメラマンに声をかけたわ」


「え、もう日程も決まってるんですか?」


「ええ。カイ・イトウさんのイベントの前の日。――あら、メイちゃん、聞いてなかったの?」


「え、はい……タナ坊……いえ、部長からは何も」


慌てて誤魔化すメイに、淳子がふっと笑った。


「あぁ、部長の田中さんね。あの人、ほんと調子いいんだから」


メイもつられて苦笑いを浮かべた。


「でね、アマチュアカメラマンさんの方は、何人か押さえたわ」


「早いですね……」


「時間がないから。

あとは――凛々花ちゃんね」


その名を聞いた瞬間、メイの胸がちくりとした。


「キービジュアルの写真は彼女のでしょ? 出てもらえれば形になるし」


「そうですよね……出てくれるかなぁ」


「案外、すぐ『大丈夫ですぅ』って返事してくれるかもよ?」


いたずらっぽく笑う淳子。


「だと、いいんですけど……」


メイは、あの日の凛々花の表情を思い出す。

笑ってはいたけれど、どこか遠いものをまとっていて――自分は何かを見過ごしてしまった気がしてならなかった。


そんな不安を察したように、淳子がぽつりと言う。


「凛々花ちゃんに、私から話そうか?」


「いえ……私から話してみます」


気づけばメイはそう答えていた。

何となく、自分の口から伝えた方がいい気がしたから。


このあと、大雑把な段取りと、次の打ち合わせの日程を決めて、メイは葛城書店を後にした。


◇◇◇


葛城書店からラフォーレへ向かう道の途中。


空はどんよりと曇り、時折吹く風がひやっと肌をなでていった。


「はぁ……」


メイのため息が、冷たい風と混じり合う。


展示エリアの準備。

音響の段取り。

進行表の作成。


それに、文学館側の協力してくれる人の手配……。

考えるだけで気が重くなる。


オープニングイベントで味わった大変さを、今は身にしみて分かっているからこそ余計に。


それに――凛々花ちゃんにも出てもらえるよう、ちゃんと説明しなくちゃいけない。


(やることいっぱいだよ……これじゃあソロキャンは行けそうにないな)


足取りはますます重くなっていった。



やがて、ラフォーレの建物が見えてきた。


ふと見ると、裏の通用口のドアが大きく開いている。

その中から――詩音が顔をのぞかせた。


すぐ脇に停めたキャリーワゴンから段ボールをひょいと持ち上げて、また中に引っ込んだ。


「……詩音」


メイは少し早足になった。

すると、またも詩音がぴょこんと外に出てくる。


「あ! メイちゃん!」


「詩音……荷物、運んでるんだ」


「うん! 入口、狭くなっちゃってごめんね」


「大丈夫だよ……」


そう答えて控室に入ったメイの目に飛び込んできたのは、山のように積まれた段ボールと飾りつけの箱だった。


脚立の上では、アルバイトのくるみが背伸びして一番上の箱を押さえている。

その脚立の下を、同じくアルバイトの夏帆が両手でしっかり支えていた。


「ユキさん、これ下ろした方がよくないですか?」


くるみが声をかけると、ユキは腕を組んで冷静に答える。


「いや、下はいっぱいだから。そのまま積んで」


「ちょいとごめんよ〜!」


そこへ詩音が段ボール箱を抱えて勢いよく入ってきた。


「ふんぬーっ!」


力を込めて床に下ろすと、汗をぬぐいながらも顔はどこか楽しそうだ。


「詩音さん、運んだらちゃんと積んでください。散らかります」


ユキは慌てず、手際よく積み直していく。


「ごめんごめん、これ重たいから下ね!」


「詩音さん、これ下ろした方が……」


くるみがまた助けを求める。

夏帆は「ちょっと暴れないで〜!」と必死に脚立を支えていた。


「下いっぱいだから〜奥に押しちゃえば?」


詩音の一言に、くるみが思い切って箱を押し込む。


「えいっ!」


ドシャンと音を立てて、箱がぴたりと収まった。


「おぉー!」


控室に拍手と笑いが広がった。


そのとき、店側のドアがバタンと開き、沙織が顔を出す。


「ちょっとー! フロア、人足りないから誰か来てー!」


「私、行きまーす!」


夏帆が脚立を離して手を上げた。


「あ、夏帆ちゃん、逃げたぁ〜」


くるみが脚立から降りながら言う。


「違うからー!」


そう叫んで、夏帆は慌ただしく扉の向こうへ消えていった。


詩音とくるみは顔を見合わせ、大笑い。

詩音は首にかけたタオルで汗を拭き、ふぅ〜と息をついた。

大変な作業なのに、どこか楽しそうだ。


「詩音……大丈夫?」


メイが心配そうに声をかけた。


「うん! クリスマスイベント、成功させたいじゃん。カイ・イトウさんも来るしね!」


「詩音さん、サンタのコスプレできるから張り切ってる……」


「えー、ユキちゃんだって喜んでたじゃん!」


「私、ユキさんのサンタ、見てみたいですぅ!」


くるみがユキを見ながらニコッと笑う。


「……恥ずい」


無表情のまま、ほんの少し照れるユキ。

控室はまた笑い声で包まれた。


そんな光景に、メイの口元も自然とゆるむ。


ラフォーレのみんなが、イベントに向けて頑張っている。しかも楽しそうに……。


その姿を見ているうちに、重かった気持ちが少しだけ軽くなった。


大変かもしれないけれど――


「私も……やるしかないな」


心の中で、そっと拳を握った。



ここまで読んでくださってありがとうございます!

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