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第122話 遠い夢と、動き出す日常



果てしなく続く広い草原。

あたり一面、青々とした草の中。

ひとり、私は立っている。


空は底抜けに晴れていて、

ときどきふわっとした風が通り抜ける。

それが何とも心地よい。

遠くに、雪の帽子を被った山々が

いくつも連なっているのが見える。


「おーい、凛々花ー!」


後ろから聞こえた声に立ち止まる。

振り向くと、遠くでパパが手招きしていた。


そのとき、ママの姿は……たぶん見えなかった。


私は、もう一度山々を見る。


何だか白い山々が

『こっちにおいで』と

誘っているようで……。


私は、夢中になって走った。

青いワンピースの裾がひらひらと揺れる。


草原の葉っぱたちが応援してくれていた。


なんか、とっても楽しくなって、

ケラケラと笑いながら草原を走っていた。


どこまでも、どこまでも——



『……伊藤さん、もう起きないと』


耳に届いた声に、ふっと世界がほどけていった。


伏せていた腕の下から顔を上げる。

重たいまぶたをこすりながら、ゆっくりと体を起こした。


「伊藤さん、もう授業、終わったよ」


見慣れた大学の教室。

広い空間のあちこちで、学生たちが帰り支度をしたり、友だち同士で笑ったりしている。

夢の中の風景とは違う、くすんだ色が視界に広がっていた。


「先、帰るね。じゃあまた明日」

数人のクラスメイトが手を振って横を通り過ぎていく。

「またね……」

ぼんやりと返事をしながら、まだ夢の名残を胸の奥に抱えていた。


(こんな夢、見るなんて……)


鼻の奥には、草の匂いがほんのりと残っている気がした。

凛々花は小さくため息をついた。


◇◇◇


その頃、カフェ・ラフォーレ リーヴルス。


詩音と沙織、ユキの正社員三人組が、本棚エリアの奥にある倉庫にいた。


そこそこ広い倉庫には、折りたたみ椅子や段ボール箱、ハロウィンイベントで使った装飾品なんかが所狭しと積まれている。


「結構あるね……」

詩音がポツリとつぶやく。


「これ、全部控室に持っていくのかぁ」

ため息混じりに沙織が肩を落とす。


「でも、ここ空けないとサイン会場が作れない」

ユキはいつもの淡々とした調子で答えた。


沙織は手を合わせて大げさに言う。

「か弱い乙女に、力仕事は向いてないのよ〜」


「乙女……どこが?」

ユキの冷静なひと言に、沙織がむっとする。


「ユキ、おまえなぁ〜」


そんなやり取りに笑いながら、詩音は倉庫と本棚エリアを仕切る壁を軽く押した。

「でも、この壁、取り外せるとは知らなかったな」


「もともとは本棚エリアだったのを、倉庫にするために仕切ったらしい…」

ユキがさらりと説明する。


「へぇ〜、さすが物知りユキちゃん」

沙織が茶化すように言った。


「本棚を二つどかして、この壁を外せば……けっこう広いスペースになるよね」


「そうそう。でも大変だぞ、こりゃ」


「やるっきゃないよ、沙織ちゃん!」

詩音は目をキラキラさせて言い切った。


「カイ・イトウさんが来るんだよ。お客さんに楽しんでもらいたいし、頑張らなきゃ!」


「分かったよ、詩音」

その勢いに沙織が肩をすくめる。


「でもさ、そのカイなんとかって人、正直よく知らないんだよなぁ」


「私は少し知ってる。そこそこ有名なカメラマン」

ユキが口を挟む。


「さっすがユキちゃん!」

詩音が嬉しそうに笑ったあと、沙織の方へ向き直る。


「『風のあとを、歩く』って写真集、覚えてるでしょ? あれを撮った人だよ!」


「ああ、詩音が好きだーって言ってたやつね」


「そうそう!」


「トークショーの整理券、希望者が多くて抽選になったみたい」

ユキがサラッと補足する。


「そんなすごい人、よくこのラフォーレに来てくれたな」


沙織が感心したように言うと、詩音は声を弾ませた。


「麗佳社長の力なんだって。敦子店長が言ってた」


「なるほど、さすが麗佳社長。人脈広そうだもんな」

沙織は苦笑し、ユキは静かにうなずいた。


「じゃあ、とりあえず毎日少しずつ片付けていこう!」

詩音の掛け声に、ふたりも顔を見合わせて頷いた。


◇◇◇


次の日のお昼過ぎ。


午前中にふれあい文学館の仕事を片付けたメイは、午後からラフォーレへ向かった。


「おはようございます」


そう言って裏の通用口から控室に入ると……そこには段ボールが山のように積まれていた。


「なに、これ……」


ちょうどその時、通用口から大きな段ボールを抱えた詩音が入ってきた。


「あ、メイちゃん! おはよう!」


「どうしたの、それ?」


「倉庫の荷物をこっちに運んでるんだよ。サイン会場を作るためにさ」


「ああ、クリスマスイベントのやつかぁ」


「そうそう。

営業中にお店の中通って、こんなの運んでたら邪魔でしょ? 

だから非常口から外を通って運んでるんだ」


詩音は段ボールをドサッと床に置きながら言った。


「でもね、あれがあって助かったんだよ」


「え、なにが?」


「いいから、こっち!」


詩音に手を引かれて外に出ると――。


「ジャジャーン!」


通用口の脇に停められていたのは、大きなキャリーワゴン。

キャンプ場でよく見かけるタイプで、ごついフレームにカーキ色の布地が張られている。


「……わぁ」


メイは思わず声を漏らした。


「ね! キャンプみたいでしょ!」


詩音は楽しげにワゴンを前後に揺らしてみせる。


「荷物運ぶのにって、敦子店長がどっからか借りて来てくれたんだぁ」


「いいね、これ……。見てるだけでキャンプ気分になる」

メイも自然と笑顔になった。


「お店の裏ってデコボコしてるでしょ? でもこれならスムーズに運べるんだよ」


「キャンプ場でも大活躍しそうだね」


「まあ、運んでるのは段ボールなんだけどね〜」


ふたりは顔を見合わせ、ふふっと笑い合った。


◇◇◇


その日の夕方。


メイと詩音はラフォーレでの仕事を終え、並んで歩きながらサイン会の会場準備について話していた。


「そっか。本棚を動かして、倉庫とつなげてスペースを作るんだね」


メイが納得したように頷く。


「そうそう。そうすれば、けっこう人が入れそうでしょ」


「あの大きな本棚ふたつも動かすんでしょ? 大変そうだなぁ」


「本棚の移動は本社のスタッフがやってくれるみたい。

 だけど、倉庫の片付けは私たちの担当なんだぁ」

詩音は小さく拳を握ってみせる。


「重労働だね」


「でもさ、私、イベントとかって好きなんだよね。なんかいつもと違うって感じで」


「イベントはイベントで、大変なんだけどね」


「おぉ、展示イベントのスペシャリストの言葉、重みが違う!」


「……なにそれ」

メイはクスッと笑った。


「ま、そんな訳で、当分は控え室が荷物でいっぱいになっちゃうけど……

 どうかよろしくお願いします!」


詩音はぺこりとうやうやしく頭を下げる。


「了解しました、副主任殿〜」


ふたりは顔を見合わせ、ケラケラと笑った。



「そういえばメイちゃん、ソロキャンはどうなったの?」


「まだ全然すすんでないよ」


「いいなぁ〜、ソロキャン。私も一緒にいきたい!」


「一緒に行ったらソロじゃないでしょ」


「あ、そっか!」


本気でボケた詩音に、メイはクスッと笑った。


「いつ行くかとか、もう決めてるの?」


「ううん、まだ。

明後日、また梓ちゃんにいろいろ聞こうかなって。ラフォーレで」


「また来てくれるんだ、梓ちゃん」


「こっちから行くよって言ったんだけど、バイクだからって…」


「きっと梓ちゃん、ラフォーレに来たいんだよ!」


「そうなのかなぁ…」


「ほら、ああ見えて案外、寂しがり屋さんかもよ〜」


「それ、ちょっと分かる!」


「でしょでしょ!」


ふたりは梓の話で盛り上がり、笑い声を弾ませた。


──もちろん、その声が梓に届くことはない。



その頃、梓の部屋では……


「ハックション!!」


豪快なくしゃみ。


「……このところ冷えてきたからな。気をつけよう」


ぽつりと独り言をもらす。


メイと詩音が自分の話をしているなんて、思いもよらない梓であった。



ここまで読んでくださってありがとうございます!

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