第12話 再出発
晴れた朝の公園は、やっぱり気持ちがいい。
いつもなら憂鬱な通勤路なのに、今日は、なんだか空気までやわらかく感じる。
ふれあい文学館のレンガ風の建物が見えてきた。
いつもと同じ景色なのに、少しだけ色が明るく見えた。
メイの足取りも、いつになく軽い。
◇◇◇
「あら、おまんじゅう!!」
前の席のおばちゃん・杉山さんが、目を輝かせた。
昨日の帰りに道の駅で買った、温泉まんじゅうのお土産。
杉山さんの大好物。
「メイちゃん、伊豆に行ってきたんだね?」
「うん、おじいちゃんのお見舞いで、ちょっとだけ」
「そりゃご苦労さんだったねぇ」
杉山さんの気持ちは、すでにおまんじゅうに全集中だった。
「あ、田中部長もおひとつどうぞー」
「オレはあとでもらうよ」
背中を向けて出ていく田中部長。
タナ坊、実はおまんじゅう苦手なんだよね。フフッ。
この前の「資料まとめ地獄」への、ちいさな仕返し。
私、いま、メイ・イン・ブラック発動中。
昨日の夜、妹のマイにはもう電話で報告済みだ。
『ほらね、大丈夫だったでしょー』
……なんて得意気だったけど、いやいや、あなた、大丈夫だってひと言も言ってなかったんですけど。
でもまあ、マイはいつもそんな調子だし、
軽く流して、さくっと電話を切った。
……そのあと。
疲れがどっと出て、あっという間に寝落ちしたっけ。
おまんじゅうを頬張る杉山さんを横目に、メイは、昨日の黄金崎公園の夕日を思い出していた。
赤く染まる海と、浮かぶ富士山。
全部が、温かく包み込んでくれるみたいだった。
そして、
ちいさな一歩だけど、前に踏み出せた自分が
ちょっとだけ、誇らしかった。
——さあ、ここからだ。
◇◇◇
昼休み。
いつもの公園のベンチで、サンドウィッチをかじりながら、考えごと。
キャンプ……
まったくの初心者が何か始めるなら、やっぱり”教科書”がいるよなぁ。
ネット検索もアリだけど、
わかりやすく、順番に教えてくれるやつが欲しい。
……やっぱ、本だな。
仕事帰り、ちょっと寄り道して葛城書店へ。
アウトドアコーナーを探して、
「ゼロからはじめるキャンプ」という本を見つけた。
帯には、
「初心者でも大丈夫!」
「ソロキャンプにもおすすめ!」
みたいな文字。
しかも著者は女性。なんか心強い。
よし、これにしよう。
本を手にしてレジへ向かう途中。
雑誌コーナーを通り抜けるときに、ふと気づく。
あ、月刊ミュー……
まだ読んでなかったな、私。
ベッド脇のテーブルに、袋に入ったままのミューが思い浮かぶ。
思わず、くすっと笑った。
「平瀬ちゃん、またキャンプの本?」
レジで、柳森さんが声をかけてくれた。
(ああ、また聞かれた……)
『はい!私、キャンプはじめます!』
って、言えたらどんなにいいか。
なのに、口から出たのは、
「あのぉ……田中さんに頼まれて……」
(あ、またごまかしてしまった……)
「そっかぁ〜」
柳森さんは、にこにこしながら本を袋に詰めてくれた。
それから、ふわっとウインク。
「平瀬ちゃん、キャンプ、がんばってね」
心臓、ズキューン。
ばれてるし。
顔が熱い。
たぶん、いま、耳まで真っ赤だ。
「あ、はい、どうも…」
蚊の鳴くような声でぺこりと頭を下げ、逃げるようにレジを離れる。
「ありがとー!またねー!」
背中越しに届いた柳森さんの声。
それすらまともに返せないくらい、照れてた。
でも——
すっごく、うれしかった。
書店を出ると、まだ空は明るかった。
顔を上げて、大きく深呼吸。
……よし。
人間なんて、そう簡単に変われないけど。
でも、きっと少しずつなら、変われる。
「…よし、やるぞ、私!」
そう思ったとき、
「ガッシャーン!」
振り向くと、女の子が自転車をドミノ倒しにして、あたふたしてた。
……このタイミングで、それかい。
思わず小さく笑って、私はまた歩き出した。
でも、不思議と——その笑顔のまま、前を向けていた。
第1章が完結しました!
第12話を公開して、ひとまず第1章が終わりました。
最初から読んでくださった方、本当にありがとうございます✨
第2章からは、もう一人の主人公・詩音の物語が始まります。
キャラクターたちが少しずつ動き出すので、ぜひ一緒に楽しんでもらえたら嬉しいです。
更新は明後日から再開予定です。
次の章も、のんびり更新していきますので、気軽に遊びにきてください!




