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第116話 キャンプのあとで 〜デュオキャン XIV〜


メイと詩音が初めてのキャンプから帰って、数日後——。


夕暮れどき。仕事を終えた梓は、ホンダ・レブルにまたがって矢鞠の街へ向かっていた。

待ち合わせは、いつものファミレス。久しぶりに、メイと詩音に会える。


低いエンジン音を響かせて駐車場に入ると、ちょうど時計は午後6時半。

エンジンを止めてヘルメットを外し、梓は息をつくように階段を上っていった。


自動ドアが開くと、ピンポーンとチャイムの音。

夕方のファミレスはそこそこ混んでいて、食器の音と人の話し声が心地よく重なっていた。


目を凝らすと——


「あずさちゃーん、こっち、こっち!」


大きな声に思わず目をやる。窓際で詩音が立ち上がり、大きく手を振っていた。

その隣には、少し照れくさそうに微笑むメイの姿。


梓は軽く会釈して、二人のもとへ歩いていった。


「梓ちゃん、久しぶり! 座って座って」


「……わざわざ呼んでごめんね。本当はこっちから行こうかと思ってたんだけど」


メイが小さく笑う。


「大丈夫。バイクだから」


そう言って、梓は向かいの席に腰を下ろした。


じっと梓の顔を覗き込んで、詩音が声を上げる。


「ねぇ梓ちゃん、髪伸びた?」


「……ああ、最近カットしてないだけ」


「え、伸ばすの? なんかあった? 女子力アップ?」


「うるさい、そんなんじゃないから」


「ほえ〜、じゃあ男子力アップ?」


メイが思わず吹き出した。


「ふふ。でもちょっと会ってないだけなのに、なんだかすごく久しぶりな感じするね」


「そう? ……私は普通だけど」


そんな話をしていると、またチャイムが鳴った。


入口に目をやると、ふわりと風をまとったように凛々花が立っていた。

淡いベージュのニットワンピースに、くすんだピンクのストールを肩にかけている。

その柔らかな装いが、店内の照明にやさしく映えていた。


「あ、凛々花ちゃん……」


メイがそうつぶやいた時——


ゴンッ!


「痛っ!!」


立ち上がろうとした詩音がテーブルに膝をぶつけた。


「おまえ、少しは落ち着け」


梓が呆れ顔でつぶやく。


そんな騒ぎを感じ取ったのか、凛々花はメイに気づいて、小さくニコッと手を振った。

メイもそっと手を振り返し、合図を送った。


「ごめんね〜、遅くなっちゃった」


そう言って凛々花は、梓の横にちょこんと腰を下ろした。


「凛々花ちゃん、いま帰り?」


メイが声をかけると、凛々花はにっこり笑って答えた。


「うん、課題があって。

“透明な色”を撮るのに、ちょっと時間かかっちゃって」


「……透明なのに、色?」


梓の頭の中に疑問符が浮かぶ。

向かいのメイと詩音は普通にうんうんと頷いている。


「そうだったんだぁ」


「大変だねぇ〜、学生さんは」


(……いや、さっぱりわからん)


梓は心の中でぼやきながら、小さくため息を落とした。


ーーー


「じゃじゃーん! 私たちから、キャンプのお土産でーす!」


ニコニコ顔の詩音が、勢いよく声を上げた。


「梓ちゃんには、これ!」


テーブルの下から取り出したのは、木刀のような形をした杖。

柄には「山梨」の文字が堂々と刻まれている。


「……なに、これ?」


怪訝そうに眉をひそめる梓に、詩音は胸を張って言う。


「杖だよ! 梓ちゃん、強そうだから似合うと思って!

ほら、これで悪を倒して!」


「人を勝手に戦わせるな!」


呆れ顔で突っ込む梓。


そんなやり取りを横で見ていたメイは苦笑しながら袋をもうひとつ差し出した。


「それ、詩音がどうしてもって言うからさ……

でも、こっちが本命。“南部茶そば・二人前”だよ。

お兄さんと一緒に食べてね」


「あ……ありがとう……」


梓は少し照れたように目を伏せ、包みを両手で受け取った。


ーーー


「凛々花ちゃんには、これ!」


得意げに詩音が差し出したのは、

ご当地ヒーローの真っ赤な“覆面マスク”だった。

プロレスラーが被るような、頭からすっぽり覆うタイプ。


「ね? これ、かなりエモいでしょ! フォトジェニック間違いなし!」


詩音は胸を張る。


「ありがとう……」


凛々花は少し遠慮がちに受け取った。


その様子を見て、メイが慌てて口を挟む。


「ほら詩音、やっぱり凛々花ちゃん困ってるじゃん」


ガサゴソと袋を探って、メイが別の包みを取り出した。


「ほんとのお土産はこっち。インスタントの南部茶ラテで——

 って、もう被ってるじゃん!」


気づけば凛々花は、

真っ赤な覆面マスクを頭からすっぽり被って

ちょこんと座っていた。


「これ、ぼんやりしてて落ち着くよ」


のんびりした声でつぶやく凛々花。


「ほらね、似合うでしょ〜! 私の目に狂いはない!」


詩音が誇らしげに胸を張り、梓は呆れたようにため息をついた。



その直後——「ご注文はお決まりですか?」


店員のお姉さんが来た。


凛々花は覆面姿のまま、にこやかに言った。


「カルボナーラ、セットで」


店員の戸惑った笑顔に、メイはそっと額に手を当てた。


「……私の価値観がおかしいのかな」



「で、キャンプ、どうだった?」


梓がさりげなく切り出すと、詩音がスマホをタップした。


「うん、楽しかったよ! ほら、これ見て!」


四人はテーブルに顔を寄せる。


「……よく見えない」


凛々花がぽつり。


「お前、覆面取れよ」


梓が呆れたように言うと、凛々花は素直にマスクを外した。


「あ、見えそう」


ふわっと笑って画面を覗き込む。


富士山の写真、タープの写真、サイトの写真……


「案外うまく立てられてるじゃん」


「いやいや! 風が強くて大変だったんだよ〜!」


「麓高原は風きついとき、本当大変だからな……」


詩音の大げさな説明に、梓が苦笑しながら頷いた。



そして、自撮りの写真。


「詩音ちゃん、すっごく楽しそう」


「だよね! 富士山ドーンだよ!」


「……メイちゃんも、すごく笑ってる」


凛々花がぽつりとつぶやいた。


「キャンプって、そんなに楽しいの?」


メイは少し恥ずかしそうに微笑む。


「うん……すごく楽しかったよ」


ーーー


食後のコーヒーを飲みながら、凛々花がメイを見つめてぽつり。


「キャンプって……私でもできるのかな?」


「うん、できるよ。やりたいって思えば誰でも。ね、梓ちゃん」


「そうだな。できるかできないかじゃなくて、やりたいかどうかだ」


「うんうん! 凛々花ちゃんも行こうよ、キャンプ!」


詩音が満面の笑みで乗り出す。


「詩音とも話してたんだけど、今度はみんなで行こうよ。グルキャン!」


「……私はちょっと」


梓は言葉を濁した。


すると凛々花がぽそり。


「でも梓ちゃん、本……買ってたよね。“グルキャン処方箋”」


「おまっ……! 言うなって言っただろ!」


真っ赤になって抗議する梓を見て、三人は吹き出した。


「行こうよ、梓ちゃん!」


「新しい世界が待っておりますぞ!」


「お前は黙れ!!」


梓が叫び、さらに笑いが弾けた。


◇◇◇


ファミレスの駐車場へ。


梓がレブルにまたがり、エンジンに火を入れる。

低い重低音が静かな夜に響いた。


「今日はありがとう、梓ちゃん!」


「お土産もね!」


「……まぁ、うん」


ヘルメットを深くかぶる梓。


その背には——


堂々と木刀型の杖が、忍者の武器のように斜め掛けされていた。


「梓ちゃん、めっちゃ似合う!」


「忍者のヒーローみたい……!」


詩音とメイの声に、梓はため息をつきながらも口元をゆるめた。


ふと横を見ると——

凛々花は再び 覆面マスクを被ったまま 静かに手を振っていた。


「……ほんと、それ気に入ったんだね」


忍者ルックで走り去っていく梓に向かって、

詩音が大声で「バイバーイ!」と手を振り、

その隣では覆面姿の凛々花がひっそりと手を振っている。


そんな二人につられて、メイも自然に手を振った。


——なんだか、すごいキャンプになりそう。


メイは心の中でつぶやき、ふっと笑う。


見上げた矢鞠の夜空には、丸い月が輝いていた。

まるでこれからの賑やかな日々を、そっと照らしているかのように。



第8章は、この第116話でおしまいです。


メイと詩音、念願の初キャンプをここまで綴ってきました。

読んでくださるみなさんが、ふたりと一緒に旅しているような気持ちになってもらえていたら、とても嬉しいです。


このデュオキャンプは、気づけばふたりの“気持ち”がぐっと近づく時間になったと思います。

焚き火で笑って、朝の富士山に感動して、まんじゅうに一喜一憂して。

そんな小さな出来事の積み重ねが、思い出ってこんなふうに生まれていくんだなぁ、と書きながらしみじみ感じました。


ふたりの初キャンプを終えて、物語はこれからどんな道を進むのか──

実は、私自身もとても楽しみにしています。


次のお話では、また少し違った空気が流れます。

これからも楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。


ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。


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