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第115話 旅の終わりに想いを重ねて 〜デュオキャン ⅩⅢ〜


「内船って書いて“うつぶな”って読むんだよね。ゆるキャン見るまで知らなかった」


「存在すら知らなかったからね。アニメの力、すごいよね」


そんな話をしながら歩くうちに、白い外壁に「JR 内船駅」と掲げられた駅舎が見えてきた。

少しくすんだ建物は素朴で、けれどどこか懐かしさを感じさせる。


駅舎に入ると、思いのほか広い。

ガラスで仕切られた待合室には木のベンチが並び、誰もいない静けさが昼下がりの時間を際立たせていた。


「うぉー、ここが、なでしこの使っている駅かぁ!」


詩音の声が弾む。


「なんかこじんまりしてていいね」


「でしょでしょ! なでしこの駅だよ!」


「……でもアニメじゃ、あんまり映ってなかった気がする」


「背景だって大事なんだよ! 生活感の証拠なの!」


「……力説するほど?」


ふたりは顔を見合わせ、ぷっと笑った。


ふとメイが、壁の時刻表に目をやる。


「一時間に二本って……大変だぁ」


詩音も覗き込み、指を差した。


「ほら、もうすぐ電車来るよ!」


ふたりは駅の外へ出て、近くの踏切へ向かった。

ホームが見えるスロープを見つけて、詩音が声をあげる。


「あのスロープ、なでしこが登ってたやつだ!」


「ほんとだ、見覚えある!」


夢中でスマホをズームしていると、カンカンと踏切が鳴り出す。


「電車来た!」


遮断機が下りる踏切の少し離れた場所から、JR身延線の電車を写真に収めた。


「これって貴重かも」


「一時間に二本だもんね」


電車も撮って満足したふたりは、駅を後にしてなんぶ里の湯の駐車場へと歩き出す。


遠くには山並みが連なり、雲の切れ間からこぼれる淡い陽ざしが晩秋の斜面を照らしている。

時折吹き抜ける風に、電線がかすかに鳴った。


「ねぇ、こうして歩いてみると……聖地巡礼って、いいもんだね」


詩音がぽつりと言う。


「うん。アニメの中の景色に、自分たちが重なってる感じ……ちょっと不思議だけど、なんか嬉しい」


「ね。作品を好きでよかったって、思えるよね」


ふたりはしばし黙って歩いた。

冷たい空気を胸いっぱいに吸い込むと、ひんやりした感じがとても心地よかった。


メイが大きく伸びをしながら、声を弾ませる。


「さあーて、お土産買いにいこっか」


「了解〜!」


「あれ? カビラじゃないんだ。さてはもう飽きたな」


「えっ……飽きてないもん!」


「絶対飽きてるでしょ」


「ちがうもん! カビラー!」


開けた土地の向こうに連なる山々。

のどかな道に笑い声が響いた。


◇◇◇


なんぶ里の湯の駐車場を出て、「道の駅なんぶ」に立ち寄ったふたり。


手にはそれぞれたくさんのお土産袋。

リアハッチを開けて後ろに積み込み、バタンと閉めた瞬間、ちょっとした達成感が胸に広がった。


「これですべてのミッション完了ってとこだね」


「だよねー!」


「……あとは帰るだけかぁ」


詩音がちらりとメイの横顔をのぞき込む。


「メイちゃん、疲れてない? 運転、変わろっか?」


「え、大丈夫だよ! ……それだと帰れなくなりそうだし」


「もー! メイちゃん、私の運転、信用してないんだから」


言い合いながらも、どちらも笑顔のままシートに収まる。


メイがキーを回すと、エンジンが低く唸りをあげた。

お土産袋を後ろに積んだプジョー208は、柔らかな午後の日差しを浴びて、静かに駐車場を後にした。


---


「ふぅ〜、買った買った」


助手席でシートベルトを締め直しながら、詩音が満足げに言う。


「ねぇ、詩音さぁ。あの大きな袋、何買ったの?」


メイがバックミラー越しにちらりと、大きな袋に目をやる。


「え? あぁ、あのお土産ね!」


詩音はくるりと体をひねり、後部スペースから袋をゴソゴソと引っ張り出した。


「メイちゃん、見て見て!」


紫色の物体がひょっこり顔を出す。

ぶどうの粒一つひとつに顔がついた、なんとも言えないキャラクターのぬいぐるみだった。


「……なにそれ」


メイが眉をひそめる。


「ほら、顔がブドウのキャラだよ! かわいくない?」


「いや……ぶどうっていうか、粒に顔ついてるだけじゃん。それ、誰用?」


「え、お姉ちゃんにって!」


「……知〜らないっと」


メイが冷ややかに返すと、詩音は「可愛いのに〜!」と頬をふくらませた。


プジョーは南部インターから中部横断自動車道へ。山並みが後ろに流れていく。


助手席の詩音は、流れるBGMに合わせて鼻歌まじりに口を開いた。


「でもさ〜、楽しかったよね! キャンプして、聖地巡礼して」


「うん。……タープはしんどかったし、ドリップペーパー忘れるし」


「うわ、それ言わないで〜! 私の人生最大の落ち度だから!」


慌てて抗議する詩音に、メイがクスッと笑う。


「でも、おかげでBMWのお姉さんにまた会えたし」


「そうそう! 私、落ち度が武器なんだよ、メイちゃん!」


「なにそれ」


思わず吹き出すメイ。


「お鍋も上手く作れたし」


「焚き火も良かったよねぇ」


「朝の富士山も最高だった」


重なる言葉に、車内は笑い声で満たされる。


「聖地巡礼も、ほんと楽しかった」


詩音が窓の外を見ながら、しみじみとつぶやいた。


両脇には畑や民家が広がり、その向こうには迫るように山の稜線。

フロントガラスの先には、山へと真っすぐ伸びる道。


やがて景色から生活の気配が薄れ、長いトンネルの入口が口を開けていた。


「樽峠トンネル、五千メートルだって!」


詩音が案内板を見て目を丸くする。


「長いトンネルだね。この辺、山深いんだよ」


車がトンネルへ吸い込まれると、景色は一気に暗転した。

フロントライトが自動で灯り、夜のような静かな闇が車内を包み込む。


さっきまで笑い声で満ちていた空気が、すっと落ち着きを帯びる。

その沈黙を縫うように、メイがそっと口をひらいた。


「私さぁ……焚き火動画見て、キャンプに興味もったって言ったでしょ」


「うん」


「あの頃はさ、自分ができるなんて思ってなかったんだぁ……」


メイの声は、どこか照れくさそうに響いた。


「“やりたい”って言ったら、おこがましいとか、何も知らないくせにって思われるんじゃないかって、不安でさ」


「……でも、気持ちは本物だったんだよね」


詩音がやさしく話す。


「うん。いろいろあったけど」


メイは小さく笑った。


「私もね。メイちゃんに勧められて、ゆるキャン見るまでは、キャンプなんて全然知らなかった」


「そうだったよね。富士山ドーン見たいって、電話してきて」


懐かしそうに微笑むメイ。


「そうそう! で、こうして実際にやってみたら、本当に楽しかった……」


言葉を切って、詩音は少しだけ窓の外に視線を向けた。


「思い切って“行きたい”って伝えて良かったなって」


「……私も。好きを伝えるの、すごく怖かったけど、思い切ってやってみて良かった」


「でしょ! 勢いって大事なんだよ!」


「詩音は勢いありすぎだけど」


「もー、メイちゃんのいけずー!」


車内にふたりの笑い声が弾む。


やがて、笑いが落ち着いたころ——


「初めてのキャンプ、詩音と来れてよかった」


「私も、メイちゃんとでよかったよ」


ほんのりやさしい笑顔を乗せて、車はトンネルの先へと進んでいった。


いくつかの長いトンネルを抜けると、視界がふっと明るく開けた。


「トンネル、多かったね〜」


「だね。でも……もうトンネルは終わり。もうすぐ新東名だよ」


メイはハンドルを握り直し、速度を少し落とした。


そのとき、前方の案内板に「東京」の文字が現れる。

二人の胸に、ふっと小さな寂しさがよぎった。


やがてハンドルを切り、新清水ジャンクションを抜けて、新東名高速道路へと進んでいく。


「終わっちゃうんだね」


ポツリと詩音がつぶやいた。


「……そうだね」


メイは少し窓の外を見つめ、それからふっと口元をゆるめた。


「でも、また来ればいいんだよ」


その言葉を聞いて、詩音がぱっと笑顔を返す。


「そうだね! 今度は梓ちゃんと凛々花ちゃんも一緒に!」


「うん、それ、いい」


そのとき、フロントガラスの向こうに姿を現したのは──

夕日に染まる大きな富士山。


「見て、メイちゃん!」


「……きれい」


二人はしばし言葉を忘れ、ただその姿を目に焼き付けた。


そして、同時に。


「また行こうね」


ほんのり温かな余韻を抱えたまま、プジョー208は二人を乗せ、しなやかに新東名を走り続けていった。


こうして、メイと詩音の初めてのキャンプは、静かに幕を下ろした。



ここまで読んでくださってありがとうございます!

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