第114話 森の温泉、最高かも! 〜デュオキャン Ⅻ〜
身延駅の駐車場から車を出したメイと詩音は、県道10号を南へ走らせていた。
「これから行く温泉って、なんてとこ?」
「なんぶ里の湯っていうんだ。高濃度アルカリ温泉で、美肌の湯って呼ばれてるらしいよ」
「あらぁ〜、これ以上キレイになっちゃうなんて……どーしましょ!」
「はいはい、キレイ、キレイ」
呆れ顔を見せつつも、メイの口元は思わずゆるむ。
「なんぶ里の湯……っと。あ、これだ」
スマホをスクロールしながら詩音がつぶやく。
「“森のなかの温泉”がコンセプトで、漫画とかボードゲームもあって一日遊べるんだって」
読み上げる声に、なんとなく気分が高まる。
富士川に沿って伸びる県道10号は、相変わらず前後に車は見えず、忘れた頃に対向車が来る程度。
メイはハンドルを握りながら、右手に広がる景色へちらりと目を向けた。
川の流れは穏やかで、その向こうには山の稜線が幾重にも重なる。自然に包まれるような心地よさがあった。
「ねぇ、窓、全開にしてみない?」
「お、気持ちよさそう!」
左右の窓を下ろすと、冷たい空気が一気に流れ込んできた。
「うわぁ〜寒い〜! でも気持ちいい〜!」
詩音が風に負けない声で叫ぶ。
「空気が美味しい感じ、しない?」
「分かるー! でも空気じゃお腹いっぱいにならないよー!」
窓全開のまま大騒ぎしながら、プジョー208は県道を軽やかに走り抜けていった。
十五分ほど走り、県道を少し右に入ると「なんぶ里の湯」が姿を現した。
広い駐車場は車もまばらで、奥にはかまぼこのような屋根の白い建物。その壁に大きく「なんぶ里の湯」と描かれている。
「到着〜!」
メイがサイドブレーキを引く。時刻は午後一時を少し過ぎたところだった。
「ほぼ予定通りだよ〜」
「さすが、信頼のメイちゃんツーリスト!」
「なにそれ」
笑いながら車を降り、リアハッチからお風呂セットと着替えの入ったバッグを取り出す。
ふたりは軽い足取りで建物へ向かった。
玄関の自動ドアをくぐると、ふわりと温かい空気と、ほのかな木の香りが漂ってくる。
靴のロッカー近くには、ゆるキャンのなでしこのパネルが立てかけられていた。
「ここにも、なでしこだぁ」
「すごいね、ゆるキャン……」
靴を仕舞って受付へ。笑顔のおばさんがカウンター越しに迎えてくれる。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは〜」
受付を済ませると、おばさんが柔らかく問いかける。
「今日はどちらから?」
「神奈川です」
「まあ、それは遠くから……ありがとうございます。ゆっくりしていってくださいね」
「ありがとうございます」
ほんのひと言。でも、そのやり取りだけで胸の奥がじんわり温まった。
「なんか、うれしいね」
「うん、もうすでに癒された気がする」
旅の途中で見つけたオアシスに、やさしく迎え入れられたような気がした。
館内は明るくポップな雰囲気で、清潔感にあふれていた。
廊下脇のスペースには大きなクッションが並べられ、壁一面の本棚には漫画がぎっしり。
「わぁ〜、漫画、読み放題じゃん!」
「同じ“森”をテーマにしてるけど、ラフォーレとはまた違った感じだね」
そんな話をしながら、ふたりはお風呂の入口へ向かう。
暖簾のかかったその佇まいは、どこか可愛らしい雰囲気だった。
「女湯」「男湯」と書かれた白地の布にはゆるいタッチの動物キャラが描かれ、壁には「MILK」と「お風呂」のネオンが光っている。
「なんか可愛いね」
ニコニコしながら、ふたりは女湯の暖簾をくぐった。
脱衣所に入るとロッカーがずらりと並び、昼どきのせいか誰もいない。
「ねぇ、選び放題だよ!」
「こういうときって、かえって迷うよね」
結局、広いのに隣同士のロッカーを選び、服を脱ぎ始める。
タオルを持った詩音が、ひょいとブラを外した。
その瞬間、メイの視線が止まる。
(……すご)
ラフォーレの更衣室で下着姿は見慣れているはずなのに、直に見ると圧倒的な差。
気づけば自分の胸に視線を落とし、ため息がこぼれる。
「……やっぱ大きい」
小さくつぶやいた声に、詩音が振り返る。
「え? なに?」
「あ、いやっ、なんでもない!」
顔を真っ赤にして、慌ててタオルで胸元を隠すメイだった。
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お風呂のドアを押し開けると、ふわりとした湯気が肌を撫でる。
白い壁と高い天井に囲まれた広い浴場では、おばあちゃんが二人のんびり浸かっていた。
「うわぁ、広いねぇ」
「きれいだね」
洗い場に並んで腰を下ろす。シャワーの音が心地よく響き、湯気がふわりと立つ。
「昨日はお風呂入れなかったから、ありがたいね」
「だね。寒かったけど、案外汗かいてたし」
体を洗い終えると、ふたりは湯船へ。
「ぷはぁ〜、気持ちいい〜」
「体、とろけるわぁ〜」
幸せそうな声が浴場に響く。
「メイちゃん、ジャグジーあるよ!」
「いいね、入ろうよ!」
ジャグジーに腰を下ろした瞬間、詩音が叫ぶ。
「わっ、強っ!」
押し上げる泡に体が持ち上がり、そのまま頭までドボン。
「ぶはっ! 鼻に入ったぁ〜!」
腹を抱えて笑うメイ。
「あはは〜、ジャグジーで溺れる人、はじめて見た〜」
「笑いごとじゃないよぉ!」
――そして次は寝湯。
仰向けになって伸びをする詩音の横で、メイのお尻がふわりと浮く。
「ん、あれっ……わぷっ!」
そのままゴボゴボと顔まで沈む。
「ぶふぁっ……鼻に入った!」
今度は詩音が爆笑した。
「メイちゃんも溺れてるじゃん!」
「……なんか、くやしいかも」
目が合い、ふたりは吹き出す。
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「外に露天風呂あるよ!」
「いこう、いこう!」
ガラスの重いドアを押すと、ひやりとした空気が肌を刺す。
「うわっ、寒っ!」
「早く湯船に避難しなきゃ〜!」
慌てて肩まで浸かると、じんわりと体が温まった。
「ふわぁ〜、気持ちいい!」
「露天、最高だぁ〜」
まわりは木の柵に囲まれ、背後にはこんもりとした木々。
まるで森の中にいるような落ち着いた雰囲気だった。
「なんかいいよね〜、森のお風呂って」
「お昼から温泉なんて、贅沢ぅ〜」
湯けむりの向こうに穏やかな空。ふたりはしばらくのんびり浸かっていた。
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お風呂から上がると、脱衣所の隅に自販機があった。
「メイちゃん、牛乳あるよ! お風呂上がりはコレが格別なんだよねぇ〜!」
「でも詩音、このあとご飯でしょ?」
「うっ……究極の選択……」
悩む詩音に、メイが吹き出す。
「やっぱ、ご飯だよね! お腹ペコペコだし」
「その方がご飯美味しいよ〜」
笑い合いながら、お食事処へ向かった。
入口には料理写真がずらり。
富士桜ポークの定食、信玄鶏、ほうとう、海鮮——そしてトロ丼。
「ねぇメイちゃん、山梨なのにトロ丼って、不思議じゃない?」
「ふふっ、実は山梨ってマグロの消費量が全国トップクラスなんだよ」
「えっ、海ないのに!?」
「昔から流通が良かったらしくてね」
「なるほど〜……じゃあ本場ってことにしとこう!」
詩音が勢いよくメニューを指差す。
「決まり! 私はトロ丼!」
「じゃあ私も。もう食べる前からおいしそうだし」
畳敷きの座敷に座り、番号が呼ばれ料理を取りに行く。
「わ〜、お刺身溢れてる!」
「まさに“とろとろトロ丼”だね」
儀式のように撮影してから、
「いただきまーす!」
濃厚な旨みが口いっぱいに広がり、ふたりは瞬時に無言。
「これ、ヤバい!」
「うまっ!」
「トロ、ぷりぷり〜!」
夢中でかき込んだのち、メイが言う。
「詩音、お刺身とごはん、ちょっと残しておいて」
「え、なんで?」
「出し汁かけてもらえるんだって」
「ほぇ〜!」
厨房のおねえさんが笑顔で出汁を注ぎ、あったかいお茶漬けに変身。
「うおっ、一粒で二度おいしい!」
「うん、得した気分〜!」
最後までサラサラっと平らげた。
「やっとお腹が落ち着いたよ〜」
「メイちゃん、戦いはまだ続くんだよ」
「戦いって、誰と……?」
「デザート! 負けられない戦いだよ!」
すでに立ち上がっている詩音。
メイも慌ててついていく。
「これ、気になってたんだよね」
詩音が指差した“ナンブランソフト”。
南部茶とバニラのミックスに、葉っぱ型クッキーまで乗っている。
「美味しそうだね」
ミックスソフトを手に座敷へ戻る。
「お風呂上がりのソフトクリームは格別だねぇ」
「え、牛乳じゃなかったっけ?」
「ん? ソフトクリームと牛乳は親戚関係だから」
「……強引な血縁関係だなぁ」
「えー! ちゃんと繋がってるもん!」
笑い合いながら、ふたりはペロリと平らげた。
「うわ〜食べた食べた」
「満足すぎるぅ〜」
詩音はそのまま座敷にゴロン。
「食べてすぐ寝ると、牛になるよ」
「うーん……ベコ、最高〜」
幸せそうに目を閉じる詩音につられ、メイもゴロン。
「ベコ、最高かも……」
ふっと目を閉じると、意識が吸い込まれた。
森の中。遠くから誰かが呼んでいる。
「おーい、メイ!」
(あ、梓ちゃん……どうしたんだろ)
「おい、メイ! ここで寝たらダメだ!」
(え? なんで……)
「いいから起きろ!」
コツン、と頭を小突かれる。
「イタッ!」
はっとして目を開けると、テーブルの足に頭をぶつけていた。
「うわっ、寝ちゃった……」
スマホを見ると、五分も経っていない。胸をなで下ろす。
「なんで梓ちゃんなんだろ……」
クスッと笑い、隣を見ると詩音が本気寝。
「詩音、起きて!」
「う〜ん……もう食べられないよ……」
「寝言? いいから起きてってば」
肩を揺すっても起きない。
「まあ、いっか」
よだれを垂らす詩音を見て、思わずスマホでパシャリ。
そのまま何気なくマップを開いた。
「ここ、南部町……なでしこも南部町なんだよね。あ、内船駅……歩いて行けそうじゃん」
ガバッと詩音が起き上がる。
「内船! 見てみたいです! 行きたいです!」
「……なんだ、起きてたの?」
「デヘヘ……でもさっきマジで落ちてたんだよ」
「メイちゃん、内船駅近いんでしょ! 行こうよ!」
「わかったよ。でもまずは……よだれ拭こうか」
「え?……うわ、たれてる!」
慌てて拭う詩音を見て、メイは小さく笑った。
◇◇◇
受付へ戻る途中、お土産コーナーが目に入る。
「わっ、ここにもゆるキャン!」
「ホントだ」
少しだけ眺めたのち、
「このフィギュア、可愛いね」
「うん……でも、さっき買いすぎちゃったし」
名残惜しく笑い合う。
精算を済ませると、おじさんがにこやかに「ありがとうございました」と声を掛けてくれた。
「ありがとうございました」
二人もぺこりと頭を下げる。
なんぶ里の湯の建物を出ると、昼下がりの陽ざしがぽかぽかと心地よい。
「いいお風呂だったね。おじさんもおばさんも温かかったし」
「だね。また来ようよ」
そんな会話を交わしながら、ふたりはプジョーの停まる駐車場とは反対方向へと歩き出した。
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