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第113話 身延まんじゅうと二人のベンチ 〜デュオキャン Ⅺ〜


本栖高校と甲斐常葉駅を巡り、常幸院をあとにしたメイと詩音。


国道300号に出ると、片側一車線の道はすっと伸びていて、相変わらず前にも後ろにも車影はない。


「快調だねぇ〜」


「うん、すごく走りやすいよ」


左手には、のどかな下部温泉郷の町並みがちらりと見える。

やわらかな秋の陽射しを浴びて、プジョー208は軽やかに駆け抜けていった。


「次の目的地は、身延だよね!」


助手席の詩音が、わくわくした声でハンドルを握るメイの方を振り向く。


「うん。身延駅に行くよ」


「食べたかったんだぁ、身延まんじゅう!」


「私も! 楽しみだね」


ふたりの胸は、もうすっかり“まんじゅうモード”。

車内は、甘い期待でいっぱいに満たされていった。


県道9号から10号へ入り、富士川沿いを走っていると、まわりに建物が少しずつ増えてきた。

通りの両脇には街路樹が並び、景色が町らしく変わり始めたそのとき――


「メイちゃん、見て! “みのぶ”って書いてある!」


詩音が身を乗り出して指さした先。

白壁の建物の門のそばに、大きな縦看板。力強い文字で「みのぶ」と掲げられている。


「ホントだ! めちゃあがる!」


思わずメイも声を上げ、笑みがこぼれる。


興奮を抑えながら速度を落とし、商店街の駐車場を見つけるとゆっくり左折。

プジョーは、しっかりと整備された駐車場に滑り込んだ。


「着いたー!」


「おつかれー!」


車から出ると、風は少し冷たいけれど、陽射しに包まれて心地よい暖かさがあった。


「ダウン、いらないよね」


「うん。本栖湖とはぜんぜん寒さが違うね」


サコッシュを肩にかけると、詩音が上機嫌で歌い出す。


「みのぶまんじゅ〜、みのぶまんじゅ〜♪」


スキップまでしながら、訳の分からない唄を口ずさむ姿に、メイは思わずクスッと笑った。


JR身延駅の周辺はきれいに整備されていて、大きめの歩道の脇には街路樹が並んでいる。

平日のお昼どきのせいか、人通りは少なく、のんびりとした空気が漂っていた。


ふたりが目指すのは、駅前の栄華堂。

――ゆるキャン△で、なでしこたちが身延まんじゅうを買い、すぐ隣で頬張っていたあの場所だ。

今回ここに寄ったのも、同じベンチに腰かけて食べるのが目的だった。


「……あ、あのベンチ、そうじゃない?」


「そうかも!」


確信した二人は、早速スマホを取り出して写真を撮り始めた。


街路樹の下、歩道脇にぽつんと置かれた石造りのベンチ。

ごくありふれたものなのに、ふたりにとっては特別な“聖地”なのである。


「ムフッ……上手く撮れた」


スマホを見て満足げにニヤつく詩音に、先に進んでいたメイが手招きする。


「詩音、ちょっとこっち来て!」


「え、なに?」


ベンチの奥へ進むと、視界が一気に開ける。

青空の下、遠くの山々を背景に広がる大きな河原。

その真ん中を、幅広の富士川がゆったりと流れていた。


「うわ〜、きれい!」


「癒されるよね」


柵に腕をかけて身を乗り出しながら、ふたりはしばし川の流れを眺めていた。


ふと時計を見て、メイがぽつりとつぶやく。


「もうお昼なんだね……ってか、まだお昼なんだ」


「朝早かったからね。なんか得した気分」


詩音はお腹をさすりながら笑う。


「でも、ちょっとお腹すいたかな」


「じゃあ、そろそろいきますか!」


「いっちゃいますかー! 身延まんじゅう!」


顔を見合わせ、同時ににっこり。

軽い足取りで栄華堂のほうへ歩き出す。


「お昼ごはんってわけじゃないけどね」


「お腹すいてるから、きっと三倍おいしいよ!」


そんなやり取りを交わしながら、店の前にたどり着いた――そのとき。


目に飛び込んできたのは、無情に降ろされたシャッター。

そこに貼られた一枚の紙。


『水曜定休日』


「……えっ」


「……マジで……」


ふたりの声が重なった。


その瞬間、頭が真っ白になる。

呆然と立ち尽くし、文字を凝視するメイ。


「……そこまでチェックしてなかった」


隣では、詩音がふらりと膝に手をつき、力なくつぶやいた。


「みのぶ……まんじゅう……」


深いため息と一緒に、二人の肩が同時にストンと落ちた。

ただ、静かな昼下がりの商店街だけが、二人の落ち込みとは無関係に穏やかに佇んでいた。


そのとき――


「……ん?」


詩音が目を細めて指をさす。


「メイちゃん……あそこ、“身延まんじゅう”って書いてない?」


道路の反対側。

お土産屋さんの前で、赤い文字ののぼり旗が風にはためいていた。


「……あ、ホントだ……!」


「ほら! あそこで売ってるかも!」


一気に顔が明るくなる。


「いってみよ!」


「うん!」


ふたりは横断歩道へ駆け寄り、小走りで渡っていった。


目に入ったのは「身延水晶堂」と書かれた看板。

壁にはゆるキャン△のポスターやのぼり旗が並び、賑やかな雰囲気を醸し出している。


「水晶……お土産屋さん?」


「でも、ゆるキャンめっちゃ推してるよね」


店の中に入ると、視界に飛び込んできたのは水色のバイク。

その横には、リンとなでしこの等身大パネルが飾られていた。


「うわっ! これ、リンちゃんのバイクだよ!」


「グッズの量、すごくない!?」


勢いよく声を上げたふたりに、店員さんが「いらっしゃいませ」と柔らかく微笑む。

少し照れたように、詩音が小声でつぶやく。


「ヤバい……グッズ、ゆっくり見たいかも」


「気持ちは分かる。でも、まずは身延まんじゅうでしょ」


「あ、そうだった!」


「すみません、身延まんじゅうありますか?」


「はい、こちらになります」


店員さんが指し示した先には、6個入りのお土産仕様の箱。


「あ、あった!」


「でもバラじゃないんだぁ」


「いいじゃん! 買っちゃおうよ」


「そうだね……じゃあ、これお願いしまーす!」


やっとの思いで手に入れた箱を抱え、ふたりはホッとした顔で店を出た。


「よかったね、あって」


「早く食べようよ!」


「ちょっと待って、お茶買いたい!」


自販機で温かいお茶をゲットして、詩音は満足げにうなずく。


「よし、これで完璧!」


「じゃあ、ベンチ行かなくちゃだね!」


ふたりはドタバタしながら、再び横断歩道を小走りで渡り、さっきのベンチへ戻った。


仲良く腰を下ろし、包装紙をペリペリとはがす。


「いよいよご対面だねー!」


小さめの白い箱を開けると、茶色い楕円形の小さなお饅頭。

表面には「みのぶ」と刻印されている。


「これが身延まんじゅうかぁ〜」


ひとつずつ手に取り、ビニールをはがす。


「いっただきまーす!」


パクッ。

頬張った瞬間、ふたり同時に目を丸くする。


「んー! 美味しい!」


「薄皮で……甘さもちょうどいいね」


あっという間にひとつ目を完食。


「こりゃ、なでしこがおかわりするのも分かる」


「だね。あっさりしてて食べやすい」


「もうひとついい?」


「私も!」


結局、6個入りはあっという間に空っぽ。


「えっ、もうないじゃん」


「今なら、わんこそばじゃなくて、わんこ饅頭でいけそう」


「なにそれ!」


メイが笑いながらツッコむと、ふたりの笑い声が静かな遊歩道に響いた。


「でも、ホント美味しかったね。お腹空いてたし」


「朝からロールパンとスープとソフトクリームしか食べてないもんね」


温かいお茶をゴクリと飲んでひと息。

ふたりの目の前には、富士川の向こうに広がる山々の景色が、秋の陽射しにやわらかく輝いていた。


「ねぇ、メイちゃん」


詩音がじっと顔をのぞき込む。


「なに?」


「さっきのお店、もう一度いかない?」


ニヤッと笑う詩音に、メイも同じ笑みで返す。


「私もそう思ってた! いこう!」


ふたりはすくっと立ち上がり、またしても横断歩道を小走りで渡った。


「ここって、水晶屋さんだったのかな?」


「どうなんだろうね……」


そんな話をしながら店内へ。

さっきは興奮しすぎて見えていなかったが、ガラスケースには装飾品や宝石類が並んでいる。


「やっぱり、水晶屋さん?」


メイがぽつりとつぶやく。


「いやいや、どう見てもゆるキャン屋さんだよ!」


売り場の大半を埋め尽くすゆるキャン△グッズは、まさに“ゆるキャン屋さん”そのもの。

入口横に置かれたリンの水色のバイクが、その象徴のように輝いていた。


「このバイク、可愛いよね」


「すみませーん、写真撮ってもいいですか?」


詩音が声をかけると、店員さんは「どうぞ〜」とにこやかに答えてくれる。


「メイちゃん、バイクの横、並んで!」


メイが少し緊張した面持ちでピースを決めると、そこからは記念撮影大会に突入。

思い思いに写真を撮り合い、最後は詩音お得意のツーショット自撮りで締めくくられた。


上がりはじめたふたりのテンションは、もう止まらない。

そのまま、ゆるキャン△グッズコーナーへ突入する。


棚にはキーホルダーやワッペン、文房具にバッグ。

さらにシェラカップやマグといった、実際に使えるキャンプ用品まで並んでいる。

色とりどりのグッズが視界に飛び込むたびに、胸が躍った。


「うわ、このTシャツ可愛くない?」


「このマグカップも可愛い!」


「チクワ、可愛すぎるー!」


「これ、限定商品だって!」


声を弾ませながら、あれこれ手に取っては大騒ぎ。

ふたりのワイワイぶりで、売り場そのものがイベント会場みたいになっていた。


そんな中、メイが三角テントマークのキーホルダーを手にポツリ。


「どうしよう、買っちゃおうかな……」


すると詩音が即答する。


「自分へのご褒美だよ、メイちゃん!」


すでに、バイクに乗ったリンちゃんイラストのトートバッグを抱えていた詩音は、胸を張って言い切った。


「これはね、自分への“投資”だから!」


そのひと言に、メイの目がキラリ。


「そっか……そうだよね!」


キーホルダーをカゴに入れた瞬間、もうブレーキは効かなくなった。


「やっぱリンちゃんTシャツにする!」


「うわ、とられた! じゃあ私はチクワTシャツ!」


「シェラカップもいいよね!」


「私も欲しい〜!」


数分後――。


ふたりはホクホク顔でビニール袋を下げて店を出た。


「ヤバい、買い過ぎたかも」


とニコニコ顔のメイ。


「いやいや、投資だよ、投資!」


と、これまたニコニコ顔の詩音。


JR身延駅前でも記念写真を撮って、ご満悦のふたり。


「満足したら、なんだかまたお腹空いたよー」


「だよね。このあと温泉だけど……先にご飯にする?」


「うーん、先にお風呂入りたい!」


「じゃあ、温泉に出発だね〜!」


笑いながら歩き出した足取りは軽い。


メイはふと空を見上げる。

街路樹をやさしく揺らす風が頬をなで、胸の奥にまで心地よさを運んでくる。


静かで、穏やかな身延の町――。

その空気そのものが、ふたりを歓迎して微笑んでいるように感じられた。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

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