第11話 夕日と公園と空の色
おじいちゃんは、思ったより元気そうだった。
おばあちゃんと一緒に、隣町のスーパーで少し買い物をしてから病院へ。
病室に入ると、おじいちゃんは車椅子に座って、テレビで時代劇を見ていた。
「おじいちゃん……」
顔を出した私を見ると、ちょっと照れくさそうに笑って、
「メイか。おー、来たか、来たか」
むかしと変わらない調子で迎えてくれた。
足はギプスに包まれていたけれど、顔色はよくて、同じ病室の人とも楽しそうに世間話をしている。
その姿に、ほっとする。
「早く治して、おうちに戻ってね」
って言ったら、
「戻るのがこえぇなあ」
なんて冗談まで言ってた。
◇◇◇
病院からの帰り道。
助手席でおばあちゃんがふいに、
「神奈川に帰るときにさ、ひとつ、いい場所があるずらよ」
と切り出した。
「夕日がきれいなんよ。こんだけ晴れてりゃ富士山も見えるし、今日なんかちょうどいいかもしれんね」
教えてくれたのは「黄金崎公園」という場所だった。
少し寄り道になるけど、車で行けばそんなに時間はかからない。
「ありがと、おばあちゃん。行ってみるね」
「とうふや」の前まで送って、軽くハグして、「また来るね」と手を振る。
おばあちゃんは、いつものように柔らかく笑って、
「メイちゃん、行ってらっしゃい」
と声をかけてくれた。
“またね”でも“バイバイ”でもない、“行ってらっしゃい”。
その響きが、そっと背中を押してくれた気がした。
◇◇◇
黄金崎公園の駐車場に車を止め、海沿いの小道を歩く。
潮の匂い。風に揺れる松の音。遠くで聞こえるカモメの声。
やがて視界がひらけ、断崖の上に出た。
そこには、誰もいない空と海。
夕日に照らされて、海が金色に揺れていた。
水平線の向こうには、絵のように浮かぶ富士山のシルエット。
オレンジと藍色が溶け合うグラデーションに包まれて、空と海と山がひとつにつながっている。
きれいだ……
言葉が出ない。
ただ立ち尽くして、胸の奥に広がっていく熱を受け止めていた。
そのとき、ふとおばあちゃんの顔が浮かんだ。
黄金崎のことを教えてくれたとき——。
ほんの一瞬だけ真顔になって、助手席から私の横顔を見たおばあちゃん。
そして、少し間を置いて、ぽつりと呟いたあの言葉。
──「メイちゃん。……ちょっと耳をすませば、ちゃんと声は聞こえてくるずら。
聞こえたときには、大事にしてやってな」
……なにも言ってなかったのに。
おばあちゃん。
どうして、胸の奥の小さな隠れ場所まで見つけるの。
どうして、そんなに優しくて、まっすぐなの。
次の瞬間、胸が焼けつくように熱くなって、息が詰まった。
もう我慢できなくて、視界が一気にぼやける。
「っ……ぐ……っ……!」
嗚咽が勝手に漏れて、肩が震えた。
あの日から——お父さんが死んでから、私はずっと怖かった。
好きなものは、また失うかもしれない。
だから距離を置いた。
何もなかったふりして、笑って、全部ごまかしてきた。
でも、ほんとは。
ほんとは――
「変わりたいんだよ……! 私、変わりたかったんだよっ!」
声にした瞬間、涙が堰を切ったみたいに溢れた。
喉が震えて、声が裏返って、言葉にならなくても、もう止められない。
「すき……なこと……好きって……言いたいんだよ……っ!」
最後は嗚咽で言葉にすらならなかった。
わんわん泣くなんて、いつぶりだろう。
声が漏れても止められなくて、鼻もすすって、顔ぐしゃぐしゃで……
でも、なんか、それでよかった。
やっと、自分に正直になれた気がした。
私は、変わりたい。
好きなこと、本気で好きって言いたい。
やりたいこと、やりたい……
その気持ちを、ようやく認められた。
涙はまだ止まらない。
でも、胸の奥は少しだけ軽くなっていた。
——これで、いいのかもしれない。
夕日がまだ空に残っていた。
霞んで見えたけど、きっときれいだったと思う。
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