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第106話 風と笑顔と、富士山と 〜デュオキャン Ⅳ〜


Mサイトに設営スペースを見つけたメイと詩音。

メイはそのスペースの隅っこに、富士山に鼻先を向けるようにプジョー208をゆっくり移動させた。


車から降りて、リアハッチを開ける。


「まずはタープからかな」


メイがスタックバッグを取り出し、ハンマーと軍手を取りながら言うと、詩音も自分のリュックから軍手とトンカチを取り出した。


ふたりは富士山を背に、設営スペースをじっと見渡す。

風が吹くたび、頬にひやりとした感触が走る。


「風があると、ちょっと肌寒いね」


詩音が手で髪を押さえながら言う。


「さっき外気温計見たら、十二度くらいだったよ。明日の朝はマイナス二度予報だって」


「うわ……寝袋、しっかり閉めないとヤバいやつじゃん」


詩音の苦笑いに、メイも風に乱れる前髪を抑えながら笑った。


「どんな感じにタープ張るの?」と詩音。


「タープ真ん中にして、その後ろにテントを並べるとか?」


「あ、それいいねー、運動会の本部席っぽいし」


「……それは違くない? ……まぁ、いっか」


メイはそんな詩音を見て微笑んだ。


---


メイは軍手をつけて、スタックバッグからタープを引っ張り出す。


「タープは、メイちゃんちで一度立てたことあるもんね〜」


詩音は得意げに言う。


ふたりは手分けして、タープをきれいに広げた。


そのとき。


風がビューッ!と吹き、広げたタープがバサッと大きくあおられた。


「飛ぶ飛ぶ飛ぶーっ!」


詩音が叫ぶ。


「やばい、詩音、押さえて!」


ヒーローのごとく、詩音は助走もなくタープへダイブ。

──「ドサッ!」


「……あ、詩音が飛んだ」


メイがポツリとつぶやく。


「セーフ!」


タープの上で大の字になった詩音が、風に揺れる髪のまま笑っていた。


---


タープを地面に広げ、四隅をペグで仮打ちして押さえる。


「これで良しっと」


メイがハンマーを置き、息をひとつつく。


「これなら飛ばないね」


「じゃあ次は、ペグを打つ位置を決めるよ。ポール組み立てて」


ふたりはカチャカチャとポールをつなぎ合わせた。


「ここにポールを合わせて……」


メイはタープの先端にポールを立て、それを倒して距離を測り、さらに直角に倒してペグの位置を示す。


「このあたりだね」


「おー!」


「梓ちゃん直伝の位置出しだよ」


「如意棒を操る悟空みたいだ!」


詩音の声に、メイは思わず笑みを浮かべた。


「詩音、反対側やってきて」


カンカンとペグを打ちながら指示を飛ばす。


「カビラっ!」


元気よく返事をして、詩音はポールを抱えて反対側へ。


そして、ポールをくるくる回しながら「オラ、悟空だ!」とモノマネを始める詩音を見て、メイは思わず吹き出してしまった。


---


前後4か所のペグ打ちが完了した。


「じゃあ、ロープに輪っかを作りまーす」


メイが器用にロープを扱い、“もやい結び”で輪を作る。


「メイちゃん、すごい! 上手くなってる!」


詩音が感心したように声をあげる。


メイの自宅の庭でタープを張ったときは、なかなか結べなかった“もやい結び”。


「動画見て、かなり練習したからね」


少しドヤ顔を見せるメイ。


「私も作りたい!」


「うん。じゃあ、ここをこう持って……」


「こう?……あれ、指の血行が止まりそうなんだけど」


「強く引っ張りすぎだよ」


メイがクスッと笑う。


「こうかな……?」


「そうそう。で、ここに入れて、引っ張る」


「……あ、出来たっ!」


詩音は嬉しそうにロープを掲げた。


ふたりはワイワイ言いながら、もやい結びで次々と輪っかを作っていく。


---


ポールにタープのハトメとロープを引っ掛ける。


「じゃあ、私は向こう側に行くね」


詩音がロープを持って配置につく。


「じゃあ、立てるよ!」


タープを引っ張りながら、前後同時にポールを立てる。


「せーの!」


――その瞬間。

風がビューッ!と吹き抜け、タープがバサァ!と大きく暴れた。


「わ、わわわわ!」


後方で詩音が尻もち。


「うわっ!」


引っ張られたメイも前方で尻もち。


「いったぁ……!」


ふたりの声が重なる。


次の瞬間、後ろのペグからロープがスルッとはずれ、タープが「バサバサバサ!」と大空に舞い上がりかけた。


「うわああ! カイトになるぅぅ!」


詩音が叫ぶ。


慌ててふたりはタープの端に膝をつき、必死で押さえ込む。


「……危なかった」


「上手くいかないねぇ」


風にあおられる布を抑えながら、ふたりは同時にため息をついた。


メイの自宅の庭で張ったときは、梓がテキパキと指示を出していた。

梓がいないことを、ここにきて痛感するのだった。


---


気を取り直して、再び挑戦することにした。


「今度はしっかり持ってね」


メイが念を押す。


「カビラっ!」


詩音が元気よく返事をする。


「せーの!」


掛け声とともに、前後同時にポールを立ち上げる。


「先にこっちの金具、調整するね」


メイが前方の自在金具を締めていると、詩音がふと足元に目をやった。


「あれ?……ロープ、外れてる」


ペグから外れたロープが、芝の上にタランと転がっていた。


詩音が直そうとポールから手を離した瞬間、支えを失ったポールが、ゆっくり、しかし確実に傾き始める。


「うわっ! 待って待って!」


慌ててポールをつかもうとするも空振り。

勢い余って、そのままタープの下へ倒れ込む。


反動で反対側のポールも引っ張られ、


「ちょっ……ああっ!」


メイも叫びながらタープの下へ吸い込まれるように倒れた。


バサァッ──。


一瞬、風の音だけが聞こえる。


薄暗いタープの中で、ふたりはしばし固まっていた。


「……タープに捕まった」


詩音がぼそり。


「前にも捕まってたよね」


「でも今度はメイちゃんも一緒だから、怖くないよ」


一瞬の沈黙のあと──ふたりは同時に吹き出した。


モゴモゴとタープの下から出てくると、近くで見ていた小さな女の子の姉妹と、そのお母さんが立っていた。


「がんばれー!」


と女の子たち。


詩音はピースサインを返し、メイは小さく手を振った。


---


「作戦変更!」


抜けたペグを見つめながら、メイが宣言する。


「片方ずつ立てよう」


「初めての共同作業です」


「結婚式のケーキ入刀かいっ!」


笑ってツッコミを入れながら、メイは抜けたロープを掛け直す。


「この前、うちの庭でタープ立てた時、梓ちゃん、ペグの打つ角度、気をつけろって言ってたっけ」


ロープに対して直角になるよう、慎重にペグを打ち直し、ロープをかける。


詩音がポールをしっかり握り、メイが金具を締めていく。


ふらつくポールに、


「詩音、ポール少し斜めにして!」


「こんな感じ?」


「うん、そのまま」


さらにもう一本のロープも調整し、左右のバランスを整える。


「じゃあ……離してみて」


「うん」


恐る恐る、そっと手を離す詩音。


「おお、3点倒立! 立ってるよ〜!」


「やった! 今のうちに、反対側も!」


メイの声に合わせ、ふたりはすぐ反対側へ回る。


詩音が支え、メイが金具を締める──もう、動きは息が合ってきた。


「離すね……」


ゆっくりと詩音の手が離れると、後方のポールも無事に自立。


風にユラユラと揺れながらも、2本のポールの間にタープがしっかりと立っている。


「おー! 立ったぁー!」


目が合ったふたりは、ニコッと笑ってハイタッチ。


さっきの親子も「できたー!」と手を叩いてくれる。


「ありがとー!」


詩音は両手を振って、満面の笑みを返した。


横面もロープを張ってペグダウン。

詩音も、自慢の“マイ・トンカチ”で反対側をカンカンと打ち込む。


「シワのないように…っと」


引っ張りながら、メイもハンマーを振るう。


カン、カン、カン──風の音とリズムが混ざる。


「できたー!」


ふたりの前に現れたのは、きれいな六角形を描くタープ。


時折吹く強い風に、バサバサと音を立てながらもしっかりと立っている。


「案外、上手く張れたんじゃない?」


「うん、カッコいいよ!」


汗ばんだ額を風が抜ける。


ふたりは顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれた。

こうして、ようやくタープが完成した。


---


テント設営へ移る。


まずはオレンジ色のメイの山岳テント。


「何回か張ってるから、これはサクッといけるはず」


メイが笑い、ふたりで作業に取りかかった。


タープとの位置関係を見ながら、ブルーシートを敷く。

その上に骨組みを組んだテントを移動させ、四隅をペグダウン。


「せーの!」


ふたり同時にオレンジのフライシートを持ち上げ、上からふわりとかぶせる。

四隅のバックルをカチリと留め、形が整っていく。


「ロープも張らないとね」


ふたりは手分けして、ハンマーでペグを打ち込み始めた。


カン、カン、カン──「痛っ!」


「……詩音、お約束?」


「デヘヘ」


そんなやり取りのうちに、メイのテントはあっという間に完成。


「おー、出来た!」


「次は詩音の番だね」


スタックバッグから、テント一式を引っ張り出す詩音。

手にした説明書をじっと見ながら、


「へぇ〜、なんだか簡単そう」


「このテント、立てるの初めてだっけ?」


「うん、忙しくて…なかなかね」


ふたりでインナーテントを芝の上に広げる。


「また飛んでっちゃうからね」


そう言いながら、メイがペグで四隅を仮止め。

カシャカシャとポールをつなぎ合わせると、


「うおー、なんか生き物みたい〜」


と詩音。


そのポールを四隅のハトメに差し込み、インナーを吊るしていく。


「さすが“月灯りの下でも設営できる”テントだけあるね」


あっという間にインナーテントが完成。

メイのテントの横に並べるように配置し、しっかりとペグダウン。


「楽勝だよ〜」


と詩音がベージュのフライシートを広げた、その瞬間──


ビューッ!


突風が吹き抜け、フライシートがふわりと浮き上がる。


「あーっ!」


詩音の手を離れたフライシートは、大きな羽のように舞い上がり、

横に立っていたメイの頭上へ──バサッ!


「うわっ!」


顔まで覆われたメイは、反射的に両腕で包み込むように抱きしめた。


「……捕まえた!」


「ナイスキャッチ、メイちゃん!」


笑いながらふたりでフライシートをかけ直し、インナーに取り付ける。


最後にロープを張って、手分けしてペグを打ち込む。


カン、カン、カン……「痛っ!」


「メイちゃん、お約束?」


「……詩音のこと、言えないや」


ペグを打つ音と笑い声が芝生に響き、最後の一本を打ち終えて──

詩音のテントも完成。


「これで私たちのサイト、完成〜!」


とメイ。


「うぁ〜疲れた〜!」


と詩音。


すでに設営開始から二時間が経っていた。


ーーー


タープの正面に回ったふたりは、腰に手を当て、並んで設営を終えた自分たちのサイトを眺めた。


芝の上に寄り添うように立つ二つのテントと、その中央に構える六角形のタープ。


「おー! なんかいいじゃん、秘密基地っぽい」


詩音が目を輝かせる。


「……ここが、今日の私たちの住まいだね」


メイは満足げに、少し誇らしげに言った。


その時——


「ねえ、メイちゃん! うしろ、うしろ!!」


はっと振り返ったメイの目に飛び込んできたのは、

先ほどまで帽子のようにかぶさっていた雲が、いつの間にかゆっくりと退き、

裾野までくっきりと稜線を描いた富士山の姿だった。


日本一の山が放つ静かな威厳と、包み込むような存在感。

ただそこにあるだけで、胸の奥に何かが満ちていく。


「……すごい」


言葉が自然に漏れる。


「富士山……ドーンだ」


隣でつぶやく詩音の声は、かすかに震えていた。


メイがふと詩音を見ると、その頬を一筋の涙が静かに流れていた。


「詩音……」


「あれ?……なんか、感動しちゃって」


詩音が恥ずかしそうに笑う。


その瞬間、メイも自分の頬に温かいものが伝うのを感じた。


「メイちゃんも……」


互いの表情を見た途端、ふたりは泣き笑いになり、そっと肩を寄せ合う。


風に揺れるタープと二つのテントを背に、

富士山は変わらぬ姿でふたりの正面にそびえていた。


まるでこの瞬間を祝福するかのように。

静かに、そして力強く、ふたりを見守っていた。



ここまで読んでくださってありがとうございます!

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